結託

 フロリアーヌの通っている学校は、マンモス校だった。

 外観を見ても分かるほど、どでかい。


 高さは五階建てで、横にも長い。

 校門を潜ると、まず目につくのは『校内地図』であった。

 地図が必要なほど、大きいのだ。


 見た限りだと、『射撃練習場』や『多目的グラウンド』に、『水上訓練場』なる川まである。


「軍事施設じゃねえか」


 そう。

 学校とは名ばかりの軍事基地。

 それがフロリアーヌの学び舎であった。


 カメラはあちこちに設置されており、カメラの下には銃口が付いている。悪さをすれば、容赦なく発砲か。


 どうやって識別してるかといえば、『チップ』だ。

 首筋に流し込まれた液体金属のチップ。

 これには情報が詰まっており、生体センサーを感知すると同時に、どこの誰なのかが、管理部の方に届く。

 さらにAI技術が飛躍的に向上してるため、「こいつ来たぞ」と管理部に報せると共に自動で発砲するか否かを判断するとのこと。


 巨大庭園になっている校内で立ち尽くし、ボクは緑に囲まれ、空を見上げる。


「……眩しいな」


 現実逃避したかった。

 暴力なんて生ぬるい。

 即刻死罪になるというのだから、肝が冷える。


「ほら。行くよ」


 フロリアーヌの後に続き、ボクは庭園の中を進んでいく。

 自然と科学が共存した世界。

 ガラス張りの広い入口に着くと、何やらフロリアーヌがビクついて足を止めた。


「どした?」


 フロリアーヌが苦虫を嚙み潰した表情で、生徒玄関を見ていた。

 ボクも同じ方向を見ると、ガラスの向こうには、ニヤついている女子グループがいる。


 ボクはそれだけで分かった。


「お前、……イジメられてんのか?」

「靴に、……蛇入れただけだもん」

「何してんのお前?」


 ボクはこのセリフを言うのは心苦しいが、あえて言わせてもらおう。

 この一件、どうやらイジメられっ子に非があるようだ。


 事情を聞いた手前、ボクの中にあった「可愛そう」という気持ちが薄れていく。


 フロリアーヌはビクビクして、あたかも迫害を受けているかのように、悲壮感漂う雰囲気で生徒玄関に入っていく。

 すると、向こうも動いて、フロリアーヌに近づいてきた。


「おはよ。フロリアーヌ」

「お、おは、……おは」

「こいつ、キョドってるよ。きゃはは!」


 きゃはは、なんて笑っているが、ボクは女子たちの体格に驚いていた。

 全員、まあまあデカい。

 あと、一見すると痩せているのだが、腕や太ももが若干筋肉質で、薄い筋肉のラインが見えている。


 周りを見れば、野次馬の女子たちも鍛えているだろうな、ということが素人目にも分かった。


 ふと、視線に気づき、ボクは顔を上げた。


「こいつ。誰?」

「あ、ども。坂田アタリと……」

「あんた、子供奴隷にしてんの? キモ。ショタコンじゃん」


 その瞬間、全員が笑う。

 ボクはなんだか、『ピキ』ときた。


 フロリアーヌは頭をグシャグシャと撫でられ、乱暴に突き飛ばされる。

 頭にはクリーム状の何かが塗られたようだった。


 その間、ボクはピキピキとしていた。


「つうか、アンタいると学校の空気悪くなるから。適当に早退しなよ」

「ぷっ。感じ悪ぅ」

「あははは」


 イジメっ子達は笑いながら、廊下を進んでいく。

 周りの女子たちは目を向けるが、誰も助けようとしない。

 今朝には憎たらしさで酷かったが、ここで見捨てるほど、ボクは鬼じゃない。


「フロリアーヌ。いや、長いな。この名前」


 目の前に屈み、膝を軽く叩く。


「フ―さんやい」

「……何よ」


 蛇を入れたことでイジメに発展したフロリアーヌ。

 親しみを込めて、改名。――フーさんは、膝を抱えて涙を流した。


「あいつら、……やっちまおうぜ」

「え?」


 弱弱しく見つめてきた。

 ボクは自信に満ち溢れた笑顔を作り、フーさんを説得した。


「この世にはさ。モラルとか、法律とか。気遣いとか、色々あるよね。うん。大事なことだ」


 ――クソアマぁ。誰が子供だよ。高校一年生だよ。エロ動画サイトでバンバンエッチな動画見てるわ。


 ピキ……ピキ……ピキ……っ。


「でもさ、ボク、思うんだ」


 パーカーを脱ぎ、フーさんの頭を拭いてやる。


「ぶっちゃけ、一線超えたら、どうでもいいよな」


 フーさんの表情に光が差した。

 救いの手が伸べられたかのように、目が潤み、唇がきゅっと噤む。


「今は元気出してくれよ。そして、……やろう」

「うんっ!」


 ボクとフーさんは、仲直りした。

 利害の一致というのは、時に絆を作る。

 ボクはそう信じている。

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