第4話

 早々に片付けて向かった先は、電車で三十分ほどの繁華街。人であふれかえる駅前で他校の男子生徒と待ち合わせ、カラオケ店に向かった。

 

朱莉のほかに、リーダー格の本村、取り巻きの女が二人、三井とか言う他校の女子生徒。

 

 男どもは、本村の彼氏とかいう立川という男子生徒、他校の男子生徒が四人ばかり。

 

 茶髪やツーブロ、夏服を派手に着崩した服装で頭の中身がスカスカな連中だ。

 

 朱莉は必死で鳥肌が立つのを堪えて、愛想笑いを浮かべ、周囲の女たちと同じような反応をして見せた。

 

 朱莉の近くに寄って来たのは、野球部に所属する何とかという坊主頭の男だった。

 

 隙あらば体のどこかに触ろうとして、視線は常に胸かスカートのほうに向いている。

 

 話すことは有名人のSNSからフォローをもらったことがあるとか、野球で何とか大会に出でて、プロ野球のスカウトに声を掛けられたとか、頭が悪すぎて吐き気を催すほどだ。


「え、そうなの? すご~い!」


 必死に笑顔を貼り付け、話を合わせる。何故か? 周りの女どもも盛り上がっていて、この場をしらけさせることなどできない。そんなことをしたらどうなるか。


 面白おかしく、あることないことSNSに書かれてクラスから孤立してしまう。いや、本村の影響力なら学年中から孤立してしまう。


――また、惨めなあの日に戻ることなんてできない。海外に出稼ぎに行ったお母さんに、そんな姿見せられない。天国のお父さんにも元気一杯で、楽しく暮らしている姿を見せたい。


「朱莉ちゃん、これ飲んでよ~!」

「え?」


 立川が、謎のグラスを差し出してきた。混ぜ物を入れられると怖いので、全てのグラスに目配せしていたが、ぼーっと考え事をしてしまったせいでそのグラスは見逃していた。


「ダイジョブだって!」


 朱莉のとなりに座っていた野球部の男が、グラスをひったくると半分ほど一気飲みした。


「はい!」

「……」


 なぜ貴様の口を付けたグラスを私が飲むんだ。今すぐそのグラスの液体をぶっかけて、グラスで頭をカチ割りたい。


「じゃ、ちょっとだけ……」


 心を無にして、奴が口を付けなかったほうからグラスを傾ける。おしゃれっぽくハンカチを当てて、飲んだフリをして一口の大半をハンカチに染み込ませる。


「ぐ!」


 とんでもないアルコール量だ。少し飲んでしまったが、人に勧めるものではない。


「やだー! 朱莉、ハンカチ口に当ててマジ、ブリッコじゃん!」

「カワイイー! あかりちゃん!」


 クソども。全員死ね!


「ごめん! 私、口緩くて良くこぼしちゃうんだよ~」


 朱莉はばれないように、そっとハンカチを捨てた。

 

 それから、幾度となく『これ飲んで』攻撃にあった。アレ以降は必至で見張って混ぜ物がないことを確認していたので、怪しげなものは誤ったふりして全部こぼしてやった。


 だが、部屋にデリバリーされるものには、猿どもが片っ端からアルコールをぶっ込んでいたので、ちまちま、口を付けるふりをして飲まざるを得なかった。


 意識がぼーっとし始める。


――掲示板のアイツ、面白い奴だったな。


 目の前の猿の話を適当に受け流しつつ、監視も並行しながら以前からのやり取りを思い返す。


――端々から頭のキレがうっすらと伝わる。話の内容もフツーじゃない。加えて、あの性格。暴力的で装飾がない。何も包まず、誰にも、何も気兼ねすることなく、思ったら直ぐに本質をぶっ込んで来る。


 うらやましい、と朱莉は強く感じた。


――私とは正反対。匿名掲示板だったら強いんだけどね。


 だけどそんなのは、リアルじゃない。


「じゃあ、これからクラブ行こうぜ!」

「いいね、いいねぇ!」

「賛成! あかりも行くっしょ?」

「え? ああ、うん! いくいく!」


――もう十時過ぎだよ。まだ続くの?


 猿と女どもは場所を移した。


$$$


「……」


 目の前で『ボス』が、両側に侍らせた露出度の高い女がベタベタとまとわりつくのを無視して饒舌に喋っている。


 彫の深い顔に、やや垂れ気味の鋭い瞳。いくつか皺が刻まれているが、概して若く見えるのは、その陽気さからだろうか。


 側面の短髪と頭頂部の長髪の髪型、唇と耳に嵌めたゴールドのピアスから、堅気ではない人間の雰囲気がありありと伺える。


 高級な仕立てのスーツに、燃えるようなオレンジ色の艶やかやワイシャツは、彼の趣味だろうか。組織の者は大抵がこの組み合わせだ。


 組んだ足を組み替え、茶色の液体が入ったグラスをあおる。


「おめぇの、そういうトコが素晴らしい。だが、まだまだだ!」


 『ボス』は、この前の一件の話をしているらしい。即死ではなかった男は回収して処分したとのこと。


 その即死ではなかった男に、止めを刺さなかったことが気に入らないという。


「大体、お前、昔は五人いたら四人は殺してただろ! なんで最近は殺してねぇんだ? バリソンの名が泣くぞ!」


「……昔は、それしか知らなかった。今は体の使い方を覚えた」


 命とは無駄に消費すべきものではない。カーネルの根源から〈俺〉に与えられた使命ともいえるものだ。今ここにいる理由でもある。


「かぁーっ! 体の使い方を覚えるんだったら、効率的に殺せる方法考えとけよ! この世は強えぇ奴が生き残るんだよ。昔は悪と書いて、強いと読んだ。悪りぃと思うやり方が強かったからだよ」

「……悪い=強い。了解した」

「俺がどれだけ強えぇか、腕っぷしだけじゃねぇ。昔、ある女の依頼で、いや、女ってとこが大事だ。俺はジェンダー差別はしねぇ、フェアな人間なんだよ」


 グラスの高級なアルコールを飲み干すと、『ボス』は両側の女の分を含めて注文した。


「ある女の依頼で、ある会社にサイバー攻撃を仕掛けた。架空の会社を仕立てて重要な取引を持ち掛けたのさ。セキュリティ関連だかなんだかだったかな。で、標的の会社にDDOS攻撃を仕掛けて、サーバーをダウンさせた。ダウンさせたことで、クラウド型のセキュリティが停止して、自分のところの、ありもしない暗号通貨が盗まれたことにした。その上で多額の賠償金を請求して、その会社を潰してやったのさ」

「サイバー攻撃で会社を潰した」

「そう! こっちは女の依頼金と賠償金の一部をせしめることに成功した。億単位の金だ。もちろんロンダリングするから目減りはしたが、今の組織の原資になってる。大事なのは、腕っぷしや度胸だけじゃねぇ。ここだよ」


 こめかみを人差し指でコツコツと叩く『ボス』 


「大事なのはここ」


〈俺〉は『ボス』と同じようにこめかみをコツコツと人差し指で叩く。


 だが、この話は以前にも聞いている。『ボス』はアルコールが入ると同じような話を繰り返し始める。全く同じではないので、インプットし活用できる情報もあるから、注意が必要だ。だが、どうやら今夜は活用できる情報は少ないようだ。


「黒ちゃんすご~い! お金持ちの黒ちゃんにお願い! ボトルいいかな?」

「おうおう、開けたれ開けたれっ!」

「キャー! 大好き!」


 女が『ボス』の頬に唇を押し付ける。〈俺〉は自分のスマートフォンに目を落とした。


 ロック画面にメッセージはない。


 あの掲示板でのやり取り以降、BMF556と思しき人物の書き込みは途切れている。


〈俺〉は『あの方法』とうやらが気になって仕方がなく、掲示板を監視するスマートフォンアプリ、監視用のボットを組んでインストールした。


 全ての掲示板を見れるわけではないから、確実とは言えない。だが、出没が予想される複数の掲示板を監視している。


――過去の書き込みと全く同じ言葉を入力したときのヒット率は八十パーセントを超える。該当の掲示板にさえ書き込めば見つかるはずだが。


「しかし、なんだ、おめぇもだいぶ成長したもんだな。あのクッソ寒い日にフラついてるおめぇを車に乗せたのは、本当に幸運だったぜ!」

「俺を拾ったことが幸運」

「そうだよ! 仕込みには一か月近くかかったが、クローバーをぶっ潰しに行ったときのおめぇの冷酷さと暴力には、俺もビビったぜ」

「冷酷さと暴力」


 あの日、あの車椅子から立ち上がった日、ボスに拾われ一か月近く〈俺〉とは何か、どのように体を動かすか、服を着る必要や食べ物を摂取する必要を『ボス』から学んだ。


 今は夏に近い時期だから半年近く前になる。


「俺には子供はいねぇが、いや、孕ませたガキはいるかもしんねぇが、お前は俺の息子みてぇなもんだよっ! 俺の全てをスポンジみたいに吸収していった。おめぇには期待してるぜ!」

「俺はアンタの息子みたいなもの」

「そうだよっ! 大事な跡目みてぇなもんだ! これからも頼むぜ!」


 またも同じ話。ちらっとスマートフォンを除くがメッセージはない。


「おめぇ、元兵士だろ? 銃の撃ち方は知ってんな?」

「知っている。大体の火器の操作要領はインプットされていて、実際に扱った」

「そうだろうと思ってたぜ。今度、アイアンクラブとかいうクソ野郎どもをぶっ潰して、シマを広げようと思ってんだ。大量の銃を仕入れるルートもあるんだよ。今度、若けぇ奴らに教えてやってくれよ」

「……銃の操作を教える。了解した」

「はは! そういうトコが好きだぜ! 銃を使った殺し方、教えといてくれ!」

『ボス』は人差し指を〈俺〉に向けると、親指で撃鉄を起こすマネをした。

「銃を使った殺し方を教える。了解した」


 ヴヴッ。スマートフォンのロック画面にメッセージが現れる。BMF556のものだ。


「お? どうした?」


 スマートフォンに視線を落とした〈俺〉が珍しいらしく、『ボス』がのぞき込む。


「どうということはない。調べものだ」

「へっ。女でも作ったか? いいじゃねぇかよ!」

「女は作られない。生まれることはあるが」


 なんのことか今イチ理解できないが、今はBMF556の書き込みだ。


 そちらに集中したい。


「ったく! そういう事じゃねぇ! 足りてねぇなぁ!」


『ボス』は乱暴にグラスをあおった。


$$$


 深夜近く、ダンスミュージックが爆音で流れる店内には、色とりどりの光芒が飛び交い、薄着の男女が身体を密着させて踊り狂っていた。


 朱莉は、さすがにそこまでは付き合えないと思い、テーブル席のスツールに腰かけて坊主刈りの猿と会話するふりをしていた。


 ほかの猿と女は踊り狂っているので、スマートフォンをいじることも出来る。


 体内に入れざるを得なかったアルコールのせいもあってとてつもなく眠い。だが、寝たら何をされるか分かったものではないから、目を瞑ることはできない。


『名無しさん:今動物園のオリの中。隣に猿がいて何か話してるけど、猿語だから解んない』


 返信はあるだろうか。アイツからの返信を期待しているのかもしれない。


『名無しさん:猿なら幾らでも楽しめるから、いいんでない』


 チッ。ゴミスレッドめ。


『名無しさん:猿語ということは、ALGOLか?』


――?


『名無しさん:ALGOLって何?』

『名無しさん:大昔のプログラム言語』


 くす。少しだけ口元がゆがんだ。このメッセージ。もしかして。


『名無しさん:マジうけ。それって何かのパクスレ?』

『名無しさん:パクスレの意味が解らない。人間の祖先は猿だから、古い言語かと思った』


 絶対、アイツだ、と朱莉は思うと、素早く指を動かしてメッセージを入力する。


『名無しさん:パクリスレッドの略。最新の言語で話したいから、こっから出して』

『名無しさん:今どこにいる?』


 ドキリとする。ネットでこの言葉ほど怖いものはない。だけど、隣で自慢話か、エロい話しかしていない猿どものオリから出してくれるなら、それも悪くはないと朱莉は思う。


 いま、と打とうとして、目の前にいる男に気が付いた。


「あかりちゃん。奥に行こうぜ」

「え? 奥って?」


 朱莉は間抜けに答えるしかなかった。本村の彼氏とかいう男を除いて三人が目の前に立っている。恐怖を感じて咄嗟に立ち上がろうとしたが、隣の猿に腕を掴まれた。


「あのっ! 本村さんたちは……」

「え? ああ、アイツらなら帰ったよ。あとは俺らだけ」


――クソっ! 騙された。


「みんなで楽しもうぜ。動画とか撮っちゃうからさ、思い出に!」

「はははは」「はははは」


 一斉に笑い出す猿ども。くそくそくそっ。嵌められた。


「痛っ」


 興奮した隣の猿が、なんだかわからないまま強く腕を握り締めてくる。じっとりした掌が、じっと見つめてくる盛りのついた猿の視線がひどく気持ち悪い。


「さぁさぁ、いこうよぉ!」


 手が振り払えない。人混みで逃げられない。朱莉は猿どもに囲まれる形で、奥に連れ込まれようとしていた。


「ごめん! ちょっとトイレ行きたいんだけど!」

「ええ~? 漏らしちゃっていいよぉ? 俺そういうの好き」


 げぇ! 吐き気がする言葉を野球部の猿が吐き出す。


「いやいやいや、お店に迷惑かかっちゃうでしょ!」

「いいじゃん! いいじゃん!」

「そうそう! 新しい世界に目覚めるかもよ!」

「いやいやいや!」

「早くいこうぜ!」


 クソ猿どもが!

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