少女が見る景色
おじさん(物書きの)
煙草の香りを知ったから
「ねぇ、海に連れてって」
声に振り返ると髪の長い少女が立っていた。制服を見るに近くの中学生であろうか。
「ねーったら」
洗車の続きを始めた俺に再び声が掛けられた。
「なんだい薮から棒に」
「ヤブがなに?」
少女は不思議そうに首をかしげた。あまり賢くはないようだ。
「いきなり海に連れてけと言われてもね」
「だっておじさん暇なんでしょ」
「どうしてそう思うんだ。第一おじさんて年じゃない」
「暇だからこんな時間に車洗ってるんでしょ?」
「洗車中だから暇じゃない。お前こそガッコ行け」
そう言って洗剤を含ませたスポンジを車のボディに擦り付けた。しばらく無視してれば飽きて立ち去るだろう。
「ねぇ、この車動くの? 壊れない? スピードでるの?」
無言で洗車し続けるも、やはり気まずいものがある。ちゃんと追い返すべきだろうか。
「ここちょっと錆びてるね」
バンパーの錆び付いてる部分を爪で引っかいているようだ。
「ねぇ、ずっと無視されると寂しいよ」
「う……」
無視などという子どもじみた行為が恥ずかしくなるほど辛辣な言葉だった。
振り返ると、少女はしゃがみ込んでこちらを見詰めていた。返す言葉が見当たらない。
「私海に行きたい」
「……危ないだろ」
「海荒れてるの?」
「いや、見知らぬ男とだな」
「おじさんが危ないんだ」
「一般論的にな」
「そっか」
少女は何事か考えるように黙り、ふらっと立ち上がったかと思うと、その足で立ち去った。やれやれと溜め息を吐くと同時に車のドアが閉まり、車体が揺れる。
運転席側から覗き込むと、助手席に座り込んだ少女の唇が海へ行きたいと動く。スポンジをパケツに放り込むとドアを開けた。
「早くいこ」
「乗り心地悪いね」
「まーな」
不本意ではあるが、わがままでどこか切羽詰ったような少女を放り出す事は出来ずに、結局のところ海へと向かう事になった。
「この車なんて言う名前なの?」
「さあ、なんだろうな」
「この車にこだわりがあってのってるんじゃないの?」
「オヤジのをそのまま乗ってるだけだからな」
「そうなんだ。CDもないんだね。この穴はなに?」
「カセットだな」
「カセットは?」
「ないな」
「えー」
「ないだろ、今時カセットとか」
「そうだけど、なんだかすごく暇」
「景色でも見てろよ。ほら、もう見えるぞ海」
「え、どっちどっち?」
「嘘だ」
「ぶー、危ないおじさんのバカー」
「もうおじさんでいいから危ないはつけんな」
それからどれくらい走っただろうか。少女は抜かれた車の数を数えたり、鼻歌を歌ったりして暇を潰したようだ。
海に着くと少女は無言で車を降り、砂浜に走っていった。車道から眺めていると微動だにしない少女の長い髪だけが潮風に揺らめいている。
少女の元に来たものの、話しかけられずに居ると少女から口を開いた。
「すごい寒いね」
「そうだな」
会話は続かずに再び沈黙したが、さすがに身体が冷えてきた。
「そろそろ戻ろうか」
「……もう少し」
「そうか。暖かいものでも買ってくるかな」
車まで戻ると潮風を避けるようにして煙草に火を付けた。少女を背にし、物語やなんかだとここで振り向くと少女は姿を消していたりするんだろうか。そんなことを思いながら煙草の煙を長く、長く吐いた。
少女が見る景色 おじさん(物書きの) @odisan_k_k
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