第48話 想像よりもずっと




この国の人間にとって、魔力は生命力に等しい存在だ。使えばその分減って疲れるし、逆に休めば回復もする。

つまり、いくら魔力量が多いとはいえども限界はあるはずなんだけど……


「殿下、先程からずっと魔法を使いっぱなしですが、大丈夫ですか?」

「はい、この程度は問題ありませんのでお気になさらず」


最初の襲撃以降、経二メートルの範囲に薄く張られ続けている結界魔法。魔力を垂れ流しっぱなしなはずなのに、ノクスは平然とした様子だった。

ノクスと一緒にいれば居るほど、思い知らされる。天才というのは、まさにこういう人のことを言うのだと。


この学校の生徒たちにとっては今が一番夢見がちな年齢なはずだ。そんな中、ノクスのような突出した才能を持った人が居るとしたらどうだろうか。きっと全ての人間が、素直に憧憬を持ったり、賞賛を贈るのは難しいと思う。


だからノクスにも、もっと味方が出来てくれればいいのに。ひか恋でのノクスはいつも一人で居たけど、私はもっと沢山の人に囲まれていて欲しい。

大層なことを望んでいるわけではない。ただ、友達を作って、遊んで、美味しいものも沢山食べて、最後はアイリスと結ばれてくれたらそれで十分なんだけど。


推しの健やかな成長を願うこの気持ちは、例えるならそう、母性だ!恋愛もしたことがないのに、母親の気持ちを先に理解できるようになるだなんてね。


「ウォレス令嬢、手を」

「?」


どこを歩いているのかよく分からないまま、平坦な道程をひたすらノクスに付いて歩いていると、突然手を差し出された。

これは一体何の手だ。キオンならおやつを渡す所だけど、今は多分違う。

手を見つめて困惑する私にノクスは、躊躇いがちに説明した。


「その、余計なお世話かもしれませんが、この先は足元が悪いので……」


その言葉に、私は視線を下へ向ける。ノクスの言う通り、この先の道はデコボコしていて、歩きにくそうだった。誰かが暴れた後なのか、それとも最初からなのかは分からないけど。


推しの素晴らしい気遣いを是が非でも受け入れたい気持ちは当然ある。心のまま差し出された手を今すぐ取りたい。

しかし、アイリス以外の女と手を繋ぐ推しを見たくもない。その相手が自分だとしてもだ。

なぜなら私は、推しカプ固定派なので。


「ありがとうございます。ですが一人でも歩くことはできそうなので、お気持ちだけ頂きます。それに、誤解されてしまえば大変でしょう」

「……そうですよね。そこまで考えが及ばず失礼しました」


自分のせいで私とアイリスが仲違いでもするのかと思ったのかな。差し出した手をぎゅっと握り締めて、ノクスは謝罪を口にする。


「いや、殿下が謝ることでは……」

「いいえ。兄さん――第一王子との事を知っていたのに、私の行動は浅はかでした」

「???」


私はアイリスに誤解されたら大変だと言ったはずなんだけど、一体どうしてここでカイルの名前が出てくるのか。


「第一王子殿下との事とは、何の話でしょうか?」

「その……」


グッと、ノクスは一度押し黙ってから、申し訳なさそうにゆっくりと口を開いた。


「実は少し前に、裏庭での姿を見てしまいました。決して盗み見るつもりはなかったのですが」

「…………まさか、それはテスト前のことですか?」

「はい」


紛れもなく、私が先輩たちを脅迫した時の話題だった。どうせならアイリスが詰め寄られてた所を目撃してくれれば良かったのに、よりによってあんな場面を見られてしまうだなんて。

このままでは推しにまで、とんでもない悪女だと思われてしまう。私は慌てて弁解を試しみる。


「あれは違うんです。決して脅したりは……」


した。めちゃくちゃした。これは不味い。私はすぐに話を切り替える。


「だから、第一王子殿下を働かせようとは……」


うーん、したね。これもダメだ。事実、最初からそのつもりでカイルを呼び出したわけだし。今更弁解の余地はなかった。


だからと言って後悔はしてないけど。例えノクスに見られると知っていたとしても、私は同じことをしただろうから。

結局、言い訳するのは諦めて、素直に認めた。


「確かに先輩たちと少々揉めてしまいましたが、いつもあんなことをしている訳ではありません。誰かを脅すのも初めてでした。第一王子殿下を呼び出した件についても、一応本人から許可も頂いております」


まぁそれは後付けだけど、事実だ。

私が説明している間、ノクスは黙って聞いてくれた。これで悪女だと思われずに済んだよね?安心していれば、ノクスは躊躇いながら問いかける。


「あの、それはどういう状況で……?」

「?殿下は見られたのですよね。裏庭で私が先輩たちを脅した後、本命であろう第一王子殿下を呼び出して彼女たちを追っ払った所を」

「……いえ、私が目にしたのは、第一王子とウォレス令嬢が手を繋いでいる様子だけでした」

「………………」


ようやく自分が余計な発言をしていたのに気付いて、私は言葉を失う。盛大なやらかしに頭が痛くなるけど、今は気にしている時間ではなかった。

推しに嫌われるのは多少心が痛みはするけど、そもそも本来の目的の為に、ノクスから私の印象がどうだろうがあまり関係ないし。


「でしたら誤解されたくない相手とは第一王子ではないのですか?」

「……違います」


元より私には見られて困る相手はいない。ノクスに対しての発言は、いつの間にか別の解釈をされていた。


「とにかく、私は一人で大丈夫ですので」

「……分かりました。でしたら代わりに、こちらをお使いください」


そう言いながらノクスは魔法を展開させ、足の踏み場を作った。確かに歩きやすいだろうけど、魔力の無駄遣い過ぎる。私は溜息を飲み込んだ。


「歩きやすい道になるまで……それまでお願いします」


だから魔法は解除してと遠回しに伝えながら、私は手を差し出した。ノクスはゆっくりと腕を伸ばす。


「はい」


肯定と共に、手が持ち上げられる。

以前は手袋越しだったから知らなかったけど、触れたノクスの手は、想像よりもずっと温かかった。




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