第46話 きっと、アリアなら




グループワークのメンバーが決まってから、私は綿密に準備を重ねた。当然課題のではなく、アイリスとノクスを進展させる為の準備だ。


アイリスの行動パターンを事前に予測し、起こりそうな展開を纏めて、その時どんな風に私が動いて二人を近づけるべきか。

以前の失敗の二の舞にならないように、それはもう念入りに準備した。正直テストよりずっと真面目に取り組んだ自信がある。


本当はアイリスとノクスを二人っきりにできたら良かったけど……それはさすがに難しそうなので諦めた。今回のグループワークには制約があるからだ。


『一人一つ、薬草を採ってくること。必ずグループ全員で一緒にゴールすること。この二つが課題クリアの条件だ。今回は魔法の使用も許可する』


先生はそう言っていた。つまり、別行動は不可能ということだ。もし連絡手段もない広い場所ではぐれたら、合流するのも大変だろうし。

だからグループで行動しながらも、自然に二対二の流れに持っていくにはどうしたらいいか。私は悩みに悩んだ。



そうして迎えた当日。制服に身を包み、クラス全員で裏山へやってきた。


明るい陽日が緑の葉を照らし、草原はみずみずしい輝きに満ちている。遠くからは小鳥のさえずりが聞こえ――なんて、爽やかな場所ではなく。

目の前には荒涼とした景色が広がり、大きな木や植物たちが生い茂り、先を埋めつくしていた。今日は晴天なはずなのに、この場所だけ曇っているのはなぜか。


私が期待していたのは甘いロマンスであって、殺伐としてるサバイバルではないのに。


「なんだかドキドキしてきたわ……はぐれたりしたら大変だから、アリアは私から離れないでね!」

「うん」


隣に居たアイリスが緊張した面持ちで、ぎゅっと私の腕を握った。周囲を見渡すと、アイリスのように緊張している人もいれば、普段と変わらない様子で談笑している人、何か作戦でも立てているのか、集まって真剣に話をしている人もいる。


「公女サマたちは仲が良いなー、どうせだし俺らも手繋いどく?」

「気色の悪いことを言うな」


冗談だってとケラケラ笑うグレイを、ノクスはゴミを見るような目で見つめた。こっちは空気が緩すぎる。


「お前はもう少し緊張感を持て」

「つってもさぁ、どうせ薬草を取りに行くだけだろ?簡単すぎてつまんねーもん」


腕を後ろで組みながら、グレイはぼやく。あの男の言う通り課題は簡単な……


「アリア?」


目を瞠り固まる私をアイリスが呼ぶ。その声にノクスとグレイも振り向いた。

そうだ、そもそも今回の課題はあまりにものだ。


「それじゃあ位置につけ」


先生が整列を呼びかけ、改めて課題の説明をしている。私はそれを耳に流しながら、頭の中でこの課題の意図と先生の言葉の意味を推し量る。


「アリアどうしたの?大丈夫?」

「それが……」


笛が鳴る一秒前。

ふと顔を上げて、アイリスへ視線を向ける。


同時に、展開された魔法陣。



「アイリス!!!」



近くで起こった爆炎に、地面がぐらりと揺れる。私はアイリスの腕を引っぱり、素早く自分の位置と交換した。

その反動で身体は宙に浮く。いや、そのせいだけじゃない。これは展開された魔法陣が足元に広がっているせいでもあるのだろう。


「うッ……!」


強風と共に、私の身体は吹き飛んだ。




***




「きゃあ……っ!」


砂埃が舞い、アイリスは目をぎゅっと瞑った。アリアを探したいのに、声を出すことができない。腕で顔を覆いながら、足に力を込める。少しでも気を抜くと、飛ばされてしまいそうだった。


「クソッ!氷壁アイスウォール!」


グレイは舌打ちをしながら詠唱した。パキパキと音を立てて氷の壁があっという間に形成されていく。


「おい大丈夫か?」

「こほっ……ええ、大丈夫ですっ。それより一体何が……?」

「どうやら随分な足止めを食らったらしい」


アイリスの問いかけに、グレイは魔法を解除する。崩れていく氷壁の向こうには、何人もの生徒たちがその場に取り残されていた。


アイリスはハッと辺りを見回す。


「アリアは!アリアはどこに……っ!?」

「残念ながら、公女サマは逆方向に飛ばされてったよ。まーでも無事だろ」

「飛ばされていったって……!でも、アリア一人じゃ……」

「一人じゃねぇから心配すんなって」

「え?」


グレイの否定にアイリスはぱちくりと瞳を瞬かせる。そういえば、グループにはもう一人居たことを思い出す。


「王子サマも一緒に飛ばされた――いや、飛んでいった?から」


ノクス・ルードヴィルター、カイルの弟でありこの国の第二王子だ。

実の所、アイリスはノクスのことがそんなに好きではなかった。嫌いなわけではないけれど、アリアが彼を気にしているようだったから、面白くなくて。


まるで演劇でも見ているみたいに、どこか遠くを眺めながら、時折アイリスたちを見つめる瞳。

他人事のようなその目線がもどかしく思いつつも、アイリスはほんの少しだけ特別を感じていた。

それなのに、アリアはそれと同じ目をノクスにも向けていた。


アリアは人に干渉されるのを好まない。だからアイリスは待つつもりだった。

遠目から見つめることしかできずにいた昔とは違い、今は彼女の隣に居るのだから。


だけど、もしその隔たる壁を、ノクスが先に壊してしまったら。考えるだけで焦燥感が増していく。


「私の方がずっとずっと先に、アリアの側にいたんだからっ」


アイリスは敵対心を燃やしながら足を踏み出した。ただでさえ遅れてしまったのだから、早く追いつかないと。


「グレイ様、行きましょう!」

「公女サマは待たなくていいのかよ?」


グレイが意外そうに口にする。探しに行ったりするよりは、ここで待つのが一番早く合流できるんじゃないかと、首を傾げて。


「はいっ、このまま先に進みます」


アイリスは迷い一つなく答えた。

アリアはアイリスのことをよく知っている。



「きっと、アリアならそうするでしょうからっ!」



そしてアイリスもまた、アリアのことならよく知っていた。



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