第30話 つまりはそういうこと




「アリア!話はできた?」

「うん、ありがとうアイリス」


カイルと入れ違いでこちらへ駆け寄ってきたアイリスに、私は頷いた。

アイリスには今回、キオンの足止めを頼む際に良からぬ誤解を招かないよう「殿下に借りを返したい」と事前に説明をしておいたのだ。

だからアイリスにも後で手伝ってくれたお礼をしなきゃなんだけど、今はそれよりも先に解決しなければいけないことがある。


「……お兄様は怒ってた?」

「ええ、ずっと膨れてたわよ」


やっぱり。私がアイリスへ頼むより前からキオンは花祭りを楽しみにしてたから予想はしてた。勿論キオンのことを考えなかった訳ではないけど、カイルと屋敷で二人になるのは難しかったのだから仕方ない。

顔見知り程度のカイルと二人になるためにわざわざ人払いするのはもっとおかしいだろうし、変な噂が立ちかねないから。


「でもなんでキオンに言わなかったの?アリアが頼めば、キオンなら普通に聞いてくれたんじゃない?」

「んー、それはどうだろう。確かにお兄様は私に甘いけど……でも友達が悩んでたら、自分が力になりたいって思うんじゃないかな」


それは多分エメルも同じで。警戒心の強いエメルがカイルの前では自然に笑ってるのは、つまりはそういうことだろう。


「アイリスだってもし私が悩んでたらエメルに頼むんじゃなくて、自分が力になりたいと思ってくれるでしょう?」

「そんなの当然よっ!」


ぎゅっと拳を握ったアイリスが、前のめりになりながら叫ぶ。そんなアイリスの頭に私は手を置く。


「うん。だからお兄様たちのいいとこを、私が取っちゃったのは内緒ね」


そしてそのまま数回ほど撫でた。絹糸のような触り心地がいい髪が、さらりと揺れる。


「……アリアは全然分かってないわ」

「何が?」

「なんでもないっ、それよりお兄様たちはほっといて早く回りましょう!どうせアリアのことだから私にお礼しなきゃとか余計なこと考えてるんでしょ。なら今日は私が行きたいところに全部付き合ってもらうんだから!」


アイリスが私の手を引いて笑う。私は分かったと頷きながら足を進めた。




***




「随分楽しそうだね」

「お兄様!」


アイリスに引っ張られながら出店を見て回っていれば、ようやく話を終えたらしいエメルたちが合流した。

何を話したのかは知らないけど、三人の表情は穏やかで上手く話が纏まったのだと分かった。


「……それ美味しい?」

「うん」


キオンの質問に私は頷きながら、持っているいちご飴を眺める。真っ赤な苺を飴でコーティングしただけなのに、キラキラ輝いていてまるで宝石みたいだと思った。

幼い頃、食べてみたいと思っていたのをまさか異世界で叶えることになるとは考えもしなかった。


そのまま何も話さないキオンに向かって、今度は私から言葉を投げた。


「お兄様と祭りを回れるの楽しみにしてたよ」

「……ボクがいなくても満喫してるじゃん」


キオンが唇を尖らせる。言い訳は色々考えていたけど私は結局、正攻法でいくことにした。


「お兄様がいたらもっと楽しかったのになって思ってた」

「〜〜〜っ!リアはそうやって言えばボクが喜ぶと思ってるんでしょ!」

「実際口元緩んでるしね」

「うるさいエメルは黙って!」


そうだよ。結局キオンは許してくれることを、私は知ってるから。

機嫌を直していくキオンを眺めながら、串に刺さったいちご飴を一口噛めば、パリッと飴の割れる音が鳴り、甘い飴と酸味が効いた苺の味が広がった。


「お兄様とキオンはすぐこれなんだからっ。そんなとこで言い争ってないで、二人も買ってきたら?」

「行ってらっしゃい」


アイリスの言葉に同調しながら、私も手を振る。キオンとエメルは視線を合わせて、どちらかともなく口を開いた。


「じゃあカイル様も行きましょう!」

「カイル様も行きませんか?」


言葉が重なる。

カイルは甘い物が苦手なのに、と思考が過ぎたけれど、私はもう十分働いたので口を閉じた。

それにカイルが例え苦手でも自分で受け入れることを決めたのなら、外野がとやかく言う必要なんてないだろう。

しかし、次の瞬間出たのは予想とは違う言葉だった。


「俺は遠慮しとくよ。……実は甘い物はあまり得意じゃないんだ」

「……!」


私は目を見張る。キオンとエメルに誘われたカイルは当然一緒に行くと思っていたのに。だけど驚いていたのは私だけではなかった。


「え、ええっ!?カイル様は甘い物が苦手なんですか!?」

「いつも普通に食べていらしたので、俺もお好きなのかと思ってました……」

「それは、君たちに気を遣わせたくなくて」


キオンとエメルの顔が驚愕に染まり、カイルはきまりが悪そうに目を逸らす。

自分が無理をした所でキオンたちが喜ぶ訳じゃないとようやく気付いた顔だ。


「今、知れたんだからいいでしょ。殿下とは私たちが一緒に待ってるから早く行ってきて」

「カイル様、これはリアなりに励ましている言葉で……」

「行かないなら私とアイリスは先に他の店を回るけど」

「あぁ!待って待って、すぐ行ってくるから!」


キオンがエメルを引き摺るようにして連れていく。全く、たった数メートル先の店に行くだけなのにこれでは日が暮れてしまいそうだと息を吐いた。


「ありがとう」

「?」

「今も、フォローしてくれただろう」

「……?」


突然の、身に覚えがないカイルからのお礼に私は首をひねった。


「君のおかげで二人と話せたことも、改めてお礼を言わせてほしい」

「アイリスがお兄様たちを引き止めてくれたおかげでもあるので、お礼ならアイリスにお願いします。私はただ借りを返しただけですから」

「もう、アリアったら!私も大したことはしていませんのでお気になさらないでくださいっ」


アイリスがぷくっと私へ頬を膨らませてから、にこりと笑う。カイルはそんな私たちに小さく微笑んでから、真剣な表情で向き直った。


「それでも……ありがとう」


あまりにも真摯な姿に私とアイリスはお礼を受け入れれば、カイルも満足したようだった。


「それと、もし良ければ私も二人のことを名前で呼んでもいいかな?」

「勿論ですっ!」

「……」


できれば適度な距離を保ちたいのだけど、カイルだけ拒否するのは仲間外れのようで気が引ける。……だから、名前くらいなら大丈夫だよね?

アイリスに続いて私も「はい」と同意した。



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