第25話 専属騎士




デビュタントが終れば、次は何が待っているか。そう、魔法学校への入学だ。

その年に十五歳になった全ての子供が、春から学校へと通うことになる。


そして、その対象に含まれている私も入学に向けて準備を始めているのだけど......


「エ、エリオット・スタンリーが公女様にご挨拶いたします」


目の前でぶるぶると震えている騎士を選んだことを私は既に後悔し始めていた。





きっかけは今朝のことだ。


「アリア、首都へ向かう前に専属騎士を選ぶのはどうかな?」

「専属騎士ですか?」


お父様からの突然の問いかけに、私は首を傾けた。


「アリアにはずっと決まった騎士がいなかっただろう?だからこの期に、何人か選んでおくのはどうかと思ってね」

「......」


確かに私には専属騎士はいないから、護衛をする人はいつも違う。だけどそのことに不便さはなかったし、仕事をしてくれさえすれば誰だって構わないのだ。


「私は今のままでも問題ありません」


どうせすぐに学校へ行くことになるのだから専属騎士を今更決めたところで何かの役に立つわけでもない。そんなに必要ならタウンハウスに行ってからでも決めれるし。


「アリア......面倒だと顔に書いてるよ」


ギクリと肩が揺れる。口を結んだ私を見て、お父様は仕方ないと言うように小さく笑った。


「アリアの言う通り今のままでもいいけどいずれ必要になるかもしれないから、決めておいて悪いことはないはずだよ。一度見に行ってみてから、どうするか決めるのはどうかな」

「......はい」


今日は一人でゆっくりできる最後の日だったのに......誰かと一緒にいるのも嫌いじゃないけど、一人で過ごした時間が長過ぎたせいか時々無性に疲れるのだ。

キオンは暇さえあれば遊びにくるし、デビュタントも終わってこれからは人との関わりは更に増えることだろう。

だけど家主の言葉には逆らえない。私は頷くしかなかった。



***



そういえば以前読んだ本の中には破滅を回避するために剣を扱うヒロインも居たなと、演習場へ向かいながら思い出す。

剣を学ぶなんて考えたこともなかったけど、自衛程度には使えるようになるのもいいかもしれない。演習場へ着いたら聞いてみようかなんてさっきよりも少し足取りが軽くなっていた時、キンッ、キンッと金属がぶつかる音が耳へ届いた。


「――身体がブレてるぞ!前足は前に!余所見はするな!」

「はい!」

「......」


目の前に広がっている光景に、既視感を感じた。熱気がこもったやり取りには、学生時代の運動部の残像が見える。


剣を学ぶのは見送るべきだ。私はすぐに考えを改めた。運動部のような熱血さは、万年帰宅部の私にはない。仮に学びの機会を得れたとしても、一人だけ浮く未来も見えて。


「アリア公女様!?」


声を掛けるタイミングが分からず立ち尽くしてた私に気付いてくれた騎士団長が、こちらへ駆け寄ってくる。


「御機嫌よう、騎士団長。急にお邪魔してしまい申し訳ありません。今、少しお時間頂いても宜しいでしょうか?」

「勿論です。場所を移されますか?」

「いいえ、すぐに済みますのでここで大丈夫です。今日は専属騎士を選びに来ました」


そう言った瞬間、さっきまで行き交っていた声が止み、辺りがシン......と静まり返った。


「そうだったのですね!公女様に選ばれる者はとても名誉なことでしょう!」


......そう思ってるのは騎士団長だけのようだけど。お世辞ではなく、本気で言ってるからこそ余計反応しにくい発言に、私は笑って誤魔化した。

そもそも大手を振って歓迎されるとは思っていないから、別に構わなかったし。


ただお父様に言われた以上、最低一人の生贄.....じゃなく、専属騎士を選ばなければならない。

長い間ワガママ娘を封印してきたおかげで、今では騎士たちとも護衛中に軽い挨拶程度は交わすようにもなった。......だから泣いて嫌がられることはないはずだ。


「もう既に決められた者はいらっしゃるのですか?まだであれば、全員集合をかけますが」

「え、」


とんでもない発言に「まだ決めてません」と言いかけた口が止まった。全員に集合をかけられても困る。私は辺りを素早く見渡した。


バチッと、一人の騎士と視線がぶつかる。


「あの騎士にします」



――そうしてエリオット・スタンリーは私の護衛騎士に選ばれたわけだが。

騎士団長に名前を呼ばれこちらへ走って来たエリオットがぶるぶると震える。アリアの印象は昔より良くなったと思っていたけど、勘違いだったかもしれない。私はできるだけ穏やかな声色でエリオットへ声を掛けた。


「よろしく、エリオット」

「は、はい!公女様の専属騎士に選ばれたこと、とても光栄に思います......!よろしくお願いします!」


なんだか言わせてる感が凄い。運悪く選ばれてしまったにも関わらず必死に喜びの言葉を紡ぐエリオットに、私は少し同情した。


まぁどうせ専属と言っても名ばかりのようなものだ。首都へ連れていく気はないから、戻ってきた時に何度か我慢してもらえればいい。

専属になれば給料も幾らかは上がるだろうし、私はお父様の言いつけを守れてお互い利害がある。中々良い結果に私は満足した。




「公女様、おはようございます!」

「……おはよう」


首都へ向かう当日の朝。皺一つない真っ白な隊服に立派な剣を携えて、エリオットは元気よく私へ挨拶をした。わざわざ見送りに来てくれるとは思わず、少し驚いた。


「まぁ、貴方がアリアの騎士なのね。これからアリアをよろしくね」


共に首都へ向かうお母様の言葉にエリオットは「命に替えてもお守りいたします」と、正に騎士の鏡のような受け答えをする。


「道中何かありましたらいつでもお声がけください」

「道中?」


まさか。

どうやらこれはただの見送りじゃなかったらしい。昨日、演習場から戻る前確かに「護衛は公爵領に戻ってきた時にお願いしたいと思ってます」と騎士団長へ伝えたし、私の報告を聞いたお父様も納得してたのに。


「はい、騎士団長にお願いしてこの度、私も同行させて頂くことになりました!」

「……そう」


頭を過ぎた疑問はエリオット本人が解決してくれる。

私が思っていたよりも、騎士というのは忠誠心が強いらしい。「別に誰でも良い」と専属騎士を決める時に考えていたことは、墓場まで持って行こうと決めた。




あっという間に出発時間はやってきて、私は馬車に乗り込んだ。首都へ行くのは楽しみなはずなのに、屋敷が遠くなっていくのを見るとほんの少し残念さを覚える。

……私は、私が思っていたよりも、あそこが結構好きになってたらしい。



そんな感傷を吹き飛ばすようにタウンハウス前には、キオンと、先に到着していたらしいアイリスとエメル、そして何故かカイルまで。

盛大な出迎えが私を待ち受けていた。



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