第24話 タイミングがいいのか悪いのか




翌日。ぐっすり九時間寝たおかげでデビュタントの疲れが後を引くこともなく、目が覚めてからはずっと昨夜の余韻に浸っていた。


自分の目で見たにも関わらず、推しが本当に存在していただなんて未だに信じられない。朝起きた時、あれは本当に現実だったのかと何度も疑った程だ。

いくつか予想外のアクシデントもあったけど、その全てを差し引いても有り余るくらいの幸せだった。


「結婚してほしい……」


ノクスとアイリスが。昨日ノクスを目にして改めて思った。既に潰えた夢だけど、せめて心の中で想像するくらいなら許されるだろう。

私は推しカプのウエディングシーンを頭に浮かべて、幸福を噛み締めながら目を閉じた。


「……結婚?」


いきなり、地を這うような声が届く。

びっくりして振り向くと、そこには沈んだ表情のキオンが居た。


「あ、お兄様来てたんだ」


全然気付かなかった。ぼんやり立ったままでいるキオンに「とりあえず座ったら?」と声をかけるけど、なぜか動かない。


「どうしたの?お腹空いた?」


おやつにはまだ早いけど、成長期だしね。シエナに持ってきてもらおうかなんて呑気に考えていた私とは裏腹に、キオンはとんでもないことを口にし始めた。


「やっぱリア、殿下と結婚したいの?」

「ちょっと待って」


いきなり何故そんな思考に至ったのかと、私は眉間を抑える。やっぱも何もない。私はカイルと結婚したいなんて思ったこと一度もないし。

何より、カイルにはアイリスがいるのだから。


「なんでそう思ったかは分かんないけど、誤解だから。お兄様が思ってるようなことは何もないよ」

「でもさっき結婚したいって……」

「……ああ」


先程の発言を思い返して、私は納得した。

カイルの話では、私がカイルを好きになるんじゃないかとキオンは思っていたようだし、昨日の今日であんな発言を聞けば勘違いするのも無理はないかも。

よりによってあの間で入ってくるなんて、タイミングがいいのか悪いのか……

とにかく、誤解を解くために私は素早く訂正した。


「あれは私のことじゃなくて、好きな本の話。それに今は結婚したいとも思ってないし」


同い年くらいの子の事を結婚相手だなんてとてもじゃないけど思えない。日本なら中高生だ。

別に一生独身でもいいけど、貴族なら結婚は義務だから避けられないだろう。

だから破滅を回避して、憂いがなくなったその時は考えてみるのもいいかもしれない。侯爵家か伯爵家の次男、三男辺りで。

ノクスが幸せになる姿をみたいから他国じゃなきゃいいな。王妃のアイリスも見てみたいし。


私が否定したことで、キオンの顔がぱぁぁっと明るくなる。


「良かった。リアの花嫁姿は綺麗だろうけど、お嫁に行くにはまだ早すぎるもんね」


そうだね。私は同意した。


「ところで、なんで私が殿下のこと好きになると思ったの?」


私は一、二度会ったくらいで誰かを簡単に好きになれるほど素直な性格ではないことはキオンも分かってるはずだけど。

じっと答えを待つ私に、キオンは少し躊躇しながら口を開いた。


「殿下は……凄いんだ。ずっと首席だし、立ち振る舞いも完璧で、皆からも好かれてて。こんな非の打ち所ない人いるんだって、初めて見た時は驚いた」

「うん」

「まだ一年しか一緒に過ごしてないから全部を知ってるわけじゃないけど……そんな殿下のこと嫌いになる人なんていないんだろうなって、ずっと思ってたし」


羨望と敬いが混ざったような表情で、キオンは続ける。


「リア、ノクス第二王子のこと知ってる?」

「……名前だけなら」


突然出された推しの名前にびっくりしたけど、素知らぬ顔で私は頷く。


「ノクス殿下って昔はかなり優秀だったみたいでね、それこそカイル殿下よりも。だから結構比べられることも多かったみたい。……今も」


顔が曇るキオンに私は察した。小説でも、よく二人は比べられていたから。


「何か聞いたの?」

「……うん。表では殿下に好意的だった人が話してて。殿下は気にしてないみたいだけど、ボクはちょっとショックだった」


キオンは結構、純粋な所があるからね。納得していた時、話題が突然急カーブし始めた。


「そういえば、殿下とリアって似てる気がする」

「私と?」

「自分の誹謗を聞いた時の殿下ね、悲しんだり怒ったりするんじゃなく、ただ淡々と受け入れてたんだ。本当に何も感じてないんだなってすぐ分かったよ。リアもそんな感じだから」


それで容赦なく相手に見切りをつける所が似ている、とキオンは笑って言った。


「あっ!これはリアと殿下を悪く言ってるわけじゃなくて!」

「分かってる」


何を考えたのか、慌てて弁解するキオンが面白い。何より、ちょっと安心もした。この一年キオンやエメルに会ってもカイルのことを聞いたことがなかったから、上手くやれているのだと知ることができて。カイルと面識がない私の方から、話を出すわけにもいかなかったし。


「シエナ、紅茶とケーキ持ってきてくれる?」

「すぐにお持ちいたします」


今日は何もせず一日だらだら過ごそうと思ってたけど……私は予定を変えることにした。


「もっと聞かせてよ、お兄様たちの話」

「…!うん!」


キオンも本当はずっと話したかったのか、明るく頷いた。

それから私はカイルの自慢にも似た褒め話を数時間に渡り聞かされ続けたわけだけど。


「結局、私が殿下のこと好きになるってなんで思ったの?」


いつの間にかすっかり流れていた本題をふと思い出して聞けば、キオンは少し照れくさそうに教えてくれた。


「カイル殿下はボクが知ってる人の中で一番かっこいいから」

「……」


あまりの単純すぎる理由に、呆れて言葉が出てこなかったことは……言うまでもないだろう。



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