第21話 全てを兼ね備えた推し



デビュタント――それは正式に社交デビューする人々にとって初めての大舞台だ。

ルペリオンでも新年始めに舞踏会が開かれるのが通例であり、中でも主役を担う少年少女達は、まだ見ぬ世界へと胸を弾ませていた。





「アリア様、起きてください」

「……あと少しだけ……」

「なりません!今日はデビュタントですよ」


シエナに容赦なく起こされて、私は重い身体を持ち上げた。デビュタント……デビュタント……と頭の中でシエナの言葉を何度か反芻して、ようやく少しずつ目が覚めてくる。


「おはようございます。アリア様」

「うん、おはよう……」


ふわぁと欠伸が零れる。ついに今日ノクスに会えるのだと考えたら、昨日は中々寝付けなかった。


「時間もありませんから、準備を始めましょう」

「……まだ朝だけど」


てっきり寝坊でもしたのかと思ったけど、寝坊どころかいつもより起きる時間が早かった。


舞踏会は夕方からなのに、準備を始める時間がどう考えてもおかしい。一、二時間くらいはかかる覚悟はしてたけどこれは……顔を引き攣らせた私にシエナは「今から準備しなければ間に合いません」と笑顔で私を促した。


初めて会った頃に比べてシエナは変わった。前までも優しかったし、誠心誠意仕えてくれていたけれど、好んでしていた仕事ではなかったはずだ。


変化を感じたのは拉致事件直後からだろうか。

公爵領へ戻ってきた私にシエナは何度も「ありがとうございます」と言いながら泣いていた。弟妹が無事に帰ってきたことに喜び感謝するシエナを見て、少し複雑な気分だったのを覚えている。結局、私は特に何もせずにただ捕まっていただけだから。


だけどそんな現実とは裏腹に、シエナは恩を感じたらしい。これまで以上に一生懸命仕事に力を入れるようになって、今ではずっと不在だった専属侍女へ昇格までした。


「凄くお綺麗です、アリア様。ホール内の全ての人が視線を奪われるでしょう…!」


シエナが専属侍女になってくれて私も嬉しいけど、変なフィルターがかかってしまった事は心配でもあった。今も「絶対に誰よりも美しいです。間違いありません!」とシエナは興奮気味に続けている。


鏡に映る自分は確かに綺麗だと思う。白を基調としたドレスも案外似合ってるし。

しかしこの世には既に綺麗と可愛いと格好良いの全てを兼ね備えた推しが存在しているから、残念ながら一番ではない。ヒロインであるアイリスだっているから、良くて三、四番目辺りだろうと私は客観的に考える。


準備を終え、玄関ホールへと向かえばそこには先に準備を終えたお父様とお母様、そしてキオンが待っていた。


「リアドレス似合ってる!世界一可愛い」


最初に私が来たのに気付いたキオンが照れることなく口にする。ここにもフィルターがかかってる人が居たね。予想内の言葉だったから、私は素直に受け止めた。


「あれお兄様、身長高くなった?」


ちょっと前までは同じくらいの目線だったのに。エスコートの為に差し出された手を取りながら、首を傾げた。そういえば声も少し低くなった気がする。


「最近一気に伸びたんだよね。今はまだエメルに負けてるけど、そのうち絶対追い越してやるんだ」


私はひか恋のキオンを思い浮かべた。


「…………」


まぁ、夢を持つのは良いことだ。



***



「――アラベル・バルディ伯爵令嬢のご入場です」


デビュタントはプログラムだけでなく入場する順番も決まっていて、ルペリオンでは爵位が低い順から入るらしい。つまり王族を除けば、公爵家である私達は最後の方になるということだ。

果てしなく続きそうだった列がようやく終わりが近づき、ついに公爵家の名前が呼ばれ始める。目の前にいるアイリスの肩が上下するのを見て、私も気を引き締めた。


「リア緊張してる?」

「全然」

「嘘だ。顔、固まってるよ」


確かにほんの少しだけ肩に力が入っていたかもしれないと口の中を噛んで、表情管理をする。そんな私へキオンは笑って口にした。


「大丈夫。ボクがちゃんと守るから」


……まるで今から戦場に行くかのような発言だ。疑問が頭を過ぎたけど、深く考える時間はもうなかった。


「キオン・ウォレス公爵令息、アリア・ウォレス公爵令嬢のご入場です」


答えの代わりに、私は掴む腕に力を込めて真っ直ぐと前を向いて歩き出す。

ホールへ足を踏み入れれば煌びやかなシャンデリアが顔を照らした。集まっている貴族は数え切れないくらい多くて、全員がこちらを見ている。こんなに視線を受けるのは初めてだから正直ちょっと怖い。

それでも隣にキオンが居ると思えば、不思議と心は落ち着いた。






全ての貴族の入場が終わって、いよいよ王族が登場する時間が来た。進行役の声が上手く聞こえない程、心臓が爆音で鳴っている。



「――ノクス・ルードヴィルター第二王子殿下のご入場です」



開いた扉の先から銀髪が見えた瞬間、私はその場で叫びそうになった。



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