第19話 こうして黒歴史は作られていく



「うう……」


タウンハウス滞在二日目。

私達は数日の間、首都へ留まることになった。と言っても、好き勝手に出かけられるわけでもなく、ただ家に居るくらいなんだけど。


そんな私は今、何をしているかというと……羞恥に悶え苦しんでいた。理由は簡単だ。


『このクソ××!今、誰に手を出して…!!』


あの時、我を忘れて感情を露わにしてしまったせいにある。

感情のコントロールを上手くすることには自負していた。だからこそ我を忘れて怒りに身を任せるなんて愚かなことは今までの人生で一度もしたことはなかったのに……


しかも今の私は一応貴族の身なのに、言葉遣いも悪すぎた。発言内容だって問題だ。子供達の教育上、良くない。


……もし、あの言葉をアイリスが真似した日には腹を切って詫びないといけないかも。

出来ることなら今すぐ全員の記憶から消したかった。まだ死にたくもないし。


こうやって、黒歴史は作られていくんだな……


私は思った。暫くは自分の醜態を思い出して苦しむことになりそうだと。



「リア聞いて!」


苦悩する私の元へ、キオンが走ってくる音が聞こえる。お願いだから今はそっとしておいてほしい。キオンの顔を見ると余計に思い出してしまうから。


「どうしたの?」


私は手で顔を覆ったまま問いかけた。きっといつものように散歩したいとか、おやつを食べようという誘いだろう。


「父さんにお願いしたら、行ってもいいって!」

「良かったね。それで、どこに行くの?」


今回は散歩だったね。どうせなら王宮へ行く許可が出てくれれば嬉しいのだけど……残念ながら可能性はゼロだろう。私は特に期待せず、話を続けた。


「リアが行きたいって言ってたお店だよ!サン・クレールって場所!」

「!」


ガバッと勢いよく顔を上げた。驚きで目を瞠目した私に、キオンは「明日行こう」と言って笑う。


「でも外出はできないって……」

「何回か頼んだら許可してくれたよ」


一体どれほど頼んでくれたのか。

首都に居ると分かった日、私はすぐに外出したいと頼んだ。だけど誘拐された直後でもあったから、当然ながら良い返事はもらえなかった。目の前におやつがあるのに、待てをさせられる犬のような気分で泣く泣く諦めたのは記憶に新しい。


「……お兄様ありがとう」


やはり持つべきものはシスコンの兄だね。


「その代わり護衛はいつもより多く付けなさいだって」


そうだね。それくらいは受け入れないと。私は笑って頷いた。






「……さすがに多すぎない?」


確かに護衛を増やすことに承諾したとはいえ、予想以上の人数に私は異論を唱えたくなった。

現在、八人もの騎士が私とキオンを囲むように護衛している。


「アリア様!キオン!」


護衛の多さに正直少し恥ずかしいと感じていた私へ、エメルと共に来たアイリスが手を振る。


「……」


親馬鹿って凄い。思考まで似てるんだ。

私達と同じくらいの護衛に囲まれている二人を見て、思わず関心してしまったほどだ。


欲を言えば他のお店も見て回りたかったけど、これは無理そうだ。邪魔にもなるだろうし。私はカフェへ行けるだけでも感謝することにした。





「……ここが」


Saint サン・clairクレール――ついに念願のお店に到着した私は、建物を見上げてぼんやりと呟いた。白を基調とした外装や、外を眺められるくらい大きな窓は私の記憶と一致している。春から秋はカフェテラスで花を鑑賞しながらお茶を飲むのも良いらしい。よりによって今は冬なのが少し残念だ。


画面越しに見ていた世界が今、私の前に存在している。触れれば届く距離なのに、気持ちがふわふわとしていて夢の中にいるようだった。


「アリア様?」


間抜けな表情で固まる私の名前をアイリスが心配そうに呼ぶ。……建物よりもっと非現実的な存在が近くに居たね。


「すみません、ぼんやりしてました」

「リアずっと楽しみにしてたもんね!」


事実だけど皆の前で言うのはやめてほしい。少し恥ずかしかった。キオンがこれ以上余計なことを話す前に「入りましょう」と足を進める。

ドアを開くと紅茶と甘い香りが鼻に広がった。人気なお店らしく店内は賑わっている。


「リア、今日もショートケーキ?」

「うん」


私は迷わず推しの好きなケーキを選んだ。ノクスは見かけによらず甘い物が好きだった。その中でも特にショートケーキを食べることが多く、ノクス推しは毎回その可愛さに萌えていたものだ。私も勿論その中の一人だった。


幸せを噛み締めつつキオン達の会話を聞いて……ふと違和感に気が付いた。何だかエメルの様子が少し変わった?

本人だけじゃなく、アイリスとの雰囲気も少し柔らかくなったというか。

……まぁ、兄妹の仲が良好なのはいいことだ。私は一人で頷き、ケーキを口へ運んだ。





「アリア様、誘って下さりありがとうございました!とても楽しかったです!」


アイリスが私へニコニコと笑いお礼を言う。その表情から本当に嬉しかったことが分かる。

そうだ。今日、アイリスとエメルをカフェへ誘ったのは私だった。

そして、これには理由がある。


「アイリス様、少し提案なのですが……これからウォレス公爵家へ来られる頻度を減らすのはどうでしょうか?」


以前、エメルが私へ持ちかけてきた話を行動に移すためだ。あの時は辞退させてもらったけど、状況が変わった。


先日、私が黒歴史を作ってしまった原因を考えてみた。それは多分、私がキオンに情を移してしまったせいだろう。

もしこのままアイリス達との交流を続けていたら、アイリス達にも情が移ってしまう可能性がある。

だから、程よい距離感を保ちたいと言うことだ。


幸い、エメルは合意済みだ。アイリスが落ち込んだとしても、フォローしてくれるだろう。

狡いやり方なことは分かってるし、少なからず罪悪感もあるけどこれが一番手っ取り早い方法だから仕方ない。



「エメル様はどう思いますか?」


私はアイリスが口を開く前に、エメルへ視線を投げた。


「アイリスが望むなら俺は別に良いと思うけど」

「……?」


どうやら聞き間違えたらしい。まるで私の発言を反対するかのような口振りだ。自分の耳を疑う私を余所にエメルはアイリスに優しく問いかけた。


「アイリスはどうしたいの?」

「私は――できれば減らしたくありません。ですが、アリア様のご迷惑になっているのなら……」


しゅんとアイリスが眉を下げる。ここで迷惑なんて言ったら完全に悪役だ。私は「迷惑なんかじゃありません」としか言えなかった。


「じゃあこれからも宜しくね、アリア公女」

「…………」


突然寝返ったエメルが適度にその場をまとめた。なんだろう、この裏切り感は……


ふわりと冷たい欠片が頬に溶ける。


「――雪だ」


白い雪が静かに降り始めた。アイリスとキオンがはしゃぎ、エメルも珍しそうにしている。

ノクスも今頃、どこかで同じ雪を見ているのだろうか。推しへ思い馳せながら私も空を見上げた。




***




「あ〜〜退屈だ」


ぶらぶらと椅子へ腰掛けた大男――アーロンは呟く。もう少しで大金が手に入る予定だったのに結局それも失敗して、今は暇を持て余していた。

だけど、全く収穫がなかったわけでもない。


……噂通りの、ただワガママで傲慢なガキだったら利用する価値もないと思っていたが。


「でもまだ子供だな」


冷静そうに見えたけど、自分に対する敵意は全く隠せていなかった。それに、綺麗すぎる。もっと憎悪や悪意に塗れれば……


「アーロン、ボスが呼んでる」

「へーへー」


あの澄ました顔が苦痛に歪むのを見るのは楽しそうだと笑って、その場から立ち上がった。




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