#34 トラウマを告白した結果
コタツに入って座るイロハさんは、黄色の柄のパジャマに緑色のカーティガンを羽織って、お風呂上がりだから髪も降ろしていた。
今から大事な話をしようとしてるのに、初めて見るイロハさんのパジャマ姿に思わず見惚れてしまい、顔が緩んでしまう。
だけど、『見惚れてる場合じゃない!』と気を引き締め直してからイロハさんの対面に座り、「お話があります」と切り出すと、イロハさんは「はい」と一言だけ返事をして、読んでた文芸書に僕がプレゼントした栞を挟んでから置くと、姿勢を正した。
イロハさんが話を聞く体勢になってくれたのを確認すると、緊張しながら手に持っていたコンドームの箱を、イロハさんの前に置いた。
昨日、僕が購入した物だ。
それを見てイロハさんは直ぐにコンドームだと理解出来た様子で、驚いた表情になった。
僕は、セックスのことを先に自分から言うべきだと考えた。
受け身になって、イロハさんに言わせてはダメだと思った。
そして、自分が苦手意識を持っていることも正直に話す事にした。
僕たちはこれまでだって、お互いの価値観や認識の違いがあっても、話し合って理解しあってきたんだ。
イロハさんとは大学でもプレイベートでも何度も討論したり意見交換したりして、お互いを尊重しあえる絆を作って来たんだ。
だから、このことだって正直に話せば、イロハさんならきっと理解してくれると信じて。
「昨日、ドラッグストアで買ってきました。 でも僕は、上手に出来る自信がありません。イロハさんを失望させてしまうのでは無いかと、不安です。 だから今までそういう行為も話題も避けてきました」
「え!?そうなんですか!?」
「はい。僕には経験も知識もありません。苦手意識すらあります」
「でも、高校生の時に、お付き合いしてた方がいたんですよね?その方とそういうことはしてなかったということですか?」
「はい。当時の彼女とはそういったことはしてません」
少しだけ、当時の事を話すことにした。
「正直に言いますと、一度だけ「エッチしてみたい」とお願いしたことはあります。 当時は彼女との関係はとても良好だったし、相思相愛だと疑いもしなかったのでお願いしてみました。 でも、デート中だったんですけど、その場で「そんなこと考えてるなんて、怖い」と断られました。 それが結構なショックで、それ以来その話は出来なくなりまして、その後も色々あって、今ではトラウマの様になってしまいました。
だけどこの先、イロハさんが望むなら、そのトラウマを克服したいと考えてます。それで、大学生にもなって情けないですけど、勇気を出してコンドームを買ってきました」
浮気されて浮気相手とはセックスしてたことや、その後騙すように別れたことを話すのにはまだ抵抗があったから、ボヤかして話した。
「そうだったんですか・・・私は大きな勘違いをしていた様です」
「勘違い?」
「はい。高校時代にお付き合いしてた方が居たことを聞いていたので、タイチくんは経験があると思ってました。 だから、交際を始めた頃からそういった事をタイチくんに求められたら、自分はどうするべきなのか悩んでました。
私は、今まで男性と交際したことはありませんし、勿論そういった経験がありません。 でもタイチくんは経験がある方だと思ってましたので、お付き合いするからには求められるだろうと考えてました。
それに、先ほどタイチくんが仰ってたのと同じように、私も性的なことへの苦手意識がありました。私の場合は、嫌悪感とコンプレックスです。だからとても悩みました。
幸い、タイチくんはそういった素振りも見せなかったし、普段の会話の中でもそういった話が全く出なかったので、慎重に考えることが出来ました。 そんな日々の中で、私はタイチくんにとても大切にされていることを実感しまして、なら私に出来る事は、逃げずに勇気を持って向き合うことだと考えたんです」
「そうだったんだ。 そこまで考えてくれてたんだ」
「はい。 高校まで友達の間でもそういった話題が出ることがありましたけど、どうしても抵抗があって、避けるようにしてました。 でも今は、逃げることよりも前に進みたいと思ってます。私もコンプレックスを克服したいです」
イロハさんはそう言うと、自分のバッグを手繰り寄せ、少しだけ
それは、クリスマスの日にイロハさんちの洗面所で見たコンドームの箱だった。
「私も、用意してました。いつ求められても良い様に前々から。 今日だってそうなることを覚悟して、お泊りしたいとお願いしました。避妊具を用意したのは、私なりの決意表明のつもりでした」
「あの、つまり、僕もイロハさんも、同じだったということ? 性的なことへの劣等感を持ちながらも、お互い相手の要望に応えるつもりで覚悟を決めて、コンドームを用意してたと?」
「そうですね。そういうことになると思います」
「そっかぁ、そうだったんだ。 急にお泊りしたいって言い出したんで、イロハさんも普通の女の子でエッチなことにも普通に興味あるんだって驚きましたけど、そういうことだったんですね。少し安心しました。
じゃあ、今日の所は無理しなくても、良いと言うことなのかな? なんだか話を大げさにしちゃったみたいで、ごめんなさい」
既に洗面所でコンドームを見つけていたことは、黙っておいた。
「いえ、そんなことは」
「今夜は僕はコタツで寝ますので、イロハさんはお布団使って下さい。昨日シーツ変えたばかりなので、臭くは無いはずです」
「それだと今までと同じじゃないですか?苦手意識を持ったまま、問題を先送りにしてるだけじゃありませんか?」
「そう言われると、そうなんだけど」
「申し訳ありませんが、タイチくんがそういった事に苦手意識があると聞いて、私は安心しました。 でもその安心は、自分がこのことから逃げられるという安心じゃありません。 タイチくんも私と同じなんだという安心です。 タイチくんとなら一緒に克服出来ると思えたんです。だから、一緒に勉強して克服しませんか? 私に女性としての魅力が無いのは自覚してます。だからこれからはそういう努力もしていきますので」
「ちょ、ちょっと待って下さい。性急過ぎて追いつかないんで、1つづつ整理したいんですけど。
まずイロハさんは、女性として滅茶苦茶魅力的ですよ?イロハさんを傍で見てると、愛おしくて抱きしめたい衝動に駆られて、いつも必死に我慢してるくらいなんです」
「え、えぇ・・・」
「それと、一緒に勉強するって言うのは、セックスの勉強ですよね? 本当に一緒で大丈夫です? 男の僕ですら、超恥ずかしいんですけど」
「善処します・・・」
「あと、今日からってことですか? この後寝る予定でしたけど・・・」
「はい」
「いや!待って待って!早まっても失敗しそうじゃないです?そもそも僕達キスすらまだなんですよ?いきなり本番なんて無謀過ぎませんか? 初めては痛いって言いますし、もう少し慎重に計画的に進めませんか?」
「計画的にですか?」
「例えば、スキンシップに慣れることから始めるとか、まずは裸を見られることに慣れるとか、段階を踏む様に」
「なるほど・・・では、それでお願いします」
イロハさんの話では、自分を性的な対象として見られることへの嫌悪感から忌避するようになり、周りとの差を感じてコンプレックスを抱く様になったらしい。
以前話してくれた、地元での何かと結婚を強要してくる風潮が影響してるらしく、学校などで地味な服装で目立たない様にしてきたのも、それが理由だったそうだ。
だから、人畜無害の僕には気を許すことが出来たし、一緒に居てもセクハラ的な言動が一切ない僕とは二人きりで過ごすのも平気だったけど、恋人になったら流石にそうも言ってられないだろうと、悩んでいたそうだ。
因みに、入学式の日に僕が手を繋いで人混みから連れ出した時にビックリしつつも、全く下心がなく本当に助け出そうとしてただけで、その後もさっさと帰ってしまった僕の様子に、『こんな男性も居るんだ』とその時から好意を抱いてくれてたそうだ。
で、自分のトラウマを理解して貰うために始めた話なのに、イロハさんの熱い想いを聞かせて貰いつつ、最終的には二人でセックスのお勉強をする話になっていた。
色々と動揺したり勘違いしたりしたけど、結局、僕にとってイロハさんは、性に関する考えや価値観も近い者同士ってことだよね?
そして、やっぱりイロハさんは凄い人だと改めて思った。
ずっと一人で抱えてた性への嫌悪感やコンプレックスを、女性なのに強い意思を持って克服したいと言い切るなんて、流石イロハさんだ。
しかも、男の僕と一緒にって言ってくれたのは嬉しかったし、尊敬するイロハさんが僕を恋人として認めてくれてるんだって、ちょっと誇らしくもあった。
この日は二人で遅くまで、セックスをする為の今後の方針や姓に関する知識など、白熱した意見交換で盛り上がった。
なんだか、大学の校外実習の後に参加者で反省会のディスカッションした時のことを思い出した。
今の僕とイロハさんにとって、セックスの問題は、教育問題の課題取り組みと同じレベルの話題なのかもしれない。
でも、ちょっと楽しかった。
こんな風にセックスというデリケートな話題をイロハさんと語り合えるなんて、今朝まで考えてもいなかったから。
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