#22 薄れていた僕の中の面影



 

 10月になると大学の方では学外の実習なんかもあって、毎日が忙しくも充実した日々を過ごしていた。


 そんな時期のある日のアルバイト先の休憩室での会話。

 会話の相手は、先輩の岡崎さん。



「今日も来てたけど、坂本くんによく会いに来てる子って、坂本くんの彼女?」


「へ? 僕に会いに来てる子なんていましたっけ?」


「ほら、背が小さくて眼鏡掛けた三つ編みの子。 っていうか、その反応は、彼女じゃないんだ。お似合いだと思ったんだけどなぁ」


「あぁ、イロハさんですか。イロハさんは家が近いから良く本を買いに来るんだと思いますよ。別に僕に会う為じゃ」


「でも、その子、坂本くんがバイトに入ってない日には来てるの見たこと無いよ?」


「それは、僕がシフトに入ってない日は、良く一緒に課題したり食事ご馳走してくれてるんで」


「ご馳走って、手料理? なのに、付き合っていないと?」


「ええ、イロハさんの料理滅茶苦茶美味しいんですよ。それに尊敬する友達ですけど、お付き合いはしてないです」


「付き合わない理由でもあるの?」


「付き合わない理由?」


「うん。 他に好きな子が居るとか」


「根本的な話で、なんでそういう話になるのかが分からないんですが、別に他に好きな子はいませんよ」


「そのイロハさんって子は、明らかに坂本くんのこと好きでしょ? でも付き合わないのにはそれなりの理由があるからじゃ?」


「イロハさんが僕をですか? まさかぁ」


「坂本くんさ、恋愛経験とか無い人?高校まで勉強ばかりしてて、そういう経験無い人なのかな? 普通あそこまであからさまなら分かるでしょ?坂本くんを見る表情とか、そうとしか見えないよ?」


「女性から見て、イロハさんは僕のことが好きに見えるんですか?」


「あれで君のこと好きでもなんでも無いのなら、見た目は地味なのにとんでもない垂らしの悪女だよ。たまに見かける程度の私でも分かるくらいだよ?」


「うーん・・・」


 正直に言うと、イロハさんに対して恋愛的な感情を意識したことくらいはある。

 でも、それはイロハさんに対して失礼なことだと思ってきた。


 あくまでイロハさんは僕のことを友達として親しくしてくれてるのであって、そこに恋愛的な気持ちを持ち込むことは、イロハさんの友情を裏切ってしまうのでは無いかと。

 なのに、岡崎さんはイロハさんが僕を好きだと言う。

 本当なのかな・・・



 チカの時はもっとストレートで分かりやすかった。

 告白された時もそうだったし、交際を始めてからも事あるごとに『タイチ、大好き!』と言ってくれた。

 だから、チカが僕のことを好きなことに疑う余地など無かったし、それを言ってくれなくなってからは、不安になって、そして案の定ほかに男が出来ていた。




「それにしても、岡崎さんはどうして急にそんな話を僕に?」


「そりゃ、そのイロハさんって子のことが気になってたし、私、そういう話が大好物なのよね。 女子ってみんなそうじゃない?他人の恋愛話とかさ、恋する乙女とか」


「なるほど。勉強になります」


「今度、その彼女にも恋バナでもしてみたら?『好きな人いるの?』とか。そしたらその反応で、分かるかもよ?」


「なるほど・・・・」




 関係ないことだけど1つ気が付いた。

 チカのこと、随分と思い出したり考えなくなってたことに。


 岡崎さんと会話してて、久しぶりにチカのことを思い出した。

 大学に入って一人暮らししてる中で、しばらくはチカのことばかり考えてたのに、最近はすっかり思い出す事が無くなってた。

 それに、こうして今思い出しても、まだ仲が良かった中学や高1の頃のことばかりだ。


 3年の時のことは嫌なことばかりだったせいか、あまり思い出したくない。


 チカと最後に会ったのだって、いつだったっけ。

 うーん、と考えないと思い出せないや。

 どんな顔してどんな感じだったっけなぁ。




 そうだ、思い出した。

 高校の卒業式の日がチカと会ったのが最後だ。

 あれ以来会わずに別れたんだ。


 卒業式の日は、事前にチカから『いっしょに帰ろう』と誘われてた。

 この時は既に共通テストと前期試験を終えてて、後は結果が出るのを待つばかりの時期だった。

 勿論そのことはチカには秘密にしてて、チカと同じ私大に行くと思わせてたので、チカからの誘いには応じて、一緒に帰ることにしていた。


 確か、クラスでの最後のHRが終わって、内緒で国立志望で受験してたのが後ろめたくて、クラスからは早々に逃げ出すようにチカのクラスに迎えに行ったんだ。


 それでチカと一緒に帰る為に廊下歩いてて・・・


 あぁ、思い出したぞ。

 それで新山が絡んで来て、僕は内心腸が煮えくり返る思いを押さえて、やり過ごしたんだ。



「チカ!春休み暇なんだろ?久しぶりに遊ぼうぜ」


「はぁ?あんたね、浪人決定なんでしょ?遊んでる場合じゃないでしょ」


「よゆーよゆー、あと1年もあるんだし」


「バカじゃないの?」


 二人は僕が見ている前で、僕を蚊帳の外に親し気に喋り始めた。

 僕が二人の関係を知っているとも知らずにね。


「そんなこと言ってるから滑り止めにも落ちてんじゃないの?サトシもちゃんと勉強しないとダメだよ」


 そう言って、僕の方をちらりと気にするチカ。


 その様子に『本当に変わっちゃったんだな』って失望して、「先行ってる」と一言だけ言って歩き出すと、チカが「待って、タイチ」と新山を放置して追いかけて来た。



 二人になって歩いていると、チカはやたらと口数が多かった。


「4月から一緒に通うの、楽しみだね」


「そうだね」


「そういえばバレンタインもクリスマスもデート出来なかったし、春休みに入ったらドコかに遊びに行かない?」


「ごめん、今家のことでバタバタしてて、しばらくは会えそうにないと思う」


「そっか、大変なんだね。 でも大学入ればまた一緒に過ごす時間増えるよね?その為に、タイチ、受験勉強頑張ってくれたんだもんね」


「うん」


 久しぶりの二人きりなのにチカの様子には焦りが見え、急にデートのことを言い出した。ずっとそんなことしてなかったのに。

 それは、まるで僕に先ほどの新山のことに触れてほしくないからに見えた。


 僕も今更新山との関係を追求するつもりは無かった。

 この時の僕にとって一番大事なのは、志望大に合格し、チカに知られること無くココを離れて一人で進学することだ。


 チカと新山のことは面白くないけど、感情的になって計画を台無しにするわけにはいかない。

 春休みも新山と遊びたければ、好きにすればいい。



「今日さ、久しぶりにウチに上がっていかない?」


「ごめん。まだ体調いまいちだし、今日は家で卒業祝いしてくれるらしいから」


「そっか・・・」


「じゃあ、僕は帰るね」


「うん、またね」



 そう言って、チカの家の前で別れた。

 チカと会ったのはコレが最後だった。


 一人での帰り道、とくに感傷的になることも無かったから、僕自身吹っ切れていると思ってたけど、一人暮らしを始めたら意外とそうでもなくて、でも、今は僕の中のチカの面影が薄れていることに、先ほど気が付いた。


 今の生活が充実してるし、日々大学とアルバイトで忙しいからなのか、それとも、時間が経つと自然とそうなるものなのか。

 いずれにせよ今は、別れたチカのことよりも、イロハさんのことだよね。


 岡崎さんが言う通りなら、僕は今後のイロハさんとの付き合い方をちゃんと考えるべきだろう。






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