のうなし

おじさん(物書きの)

生者の行進

 脳無しが増えている。能無しではなく、文字通り脳を除去した者の事だ。500円硬貨大のシリコンチップが脳の代わりとなるのだそうで、脳無しが最近の流行になっている。

「森課長」

「なんだい林君」

「聞きましたか? 今年の新入社員の7割が脳無しだそうですよ」

「そうか、実に嘆かわしいな」

「ええ、まったく。あ、これから飲みませんか?」

「久しぶりに行こうか」


「しかし、嫌になりますよ。脳無しの奴ら、自分の非は認めないし。自己主張ばかりで」

「そうだな」

 カウンターの向こうに置いてあるテレビからあのCMが聞こえる。

『辛い事も悲しい事も自動で判断、即時に記憶から消去します、悩み事もなくなり明るい性格になります、無駄な思考がなくなり仕事や勉学がはかどります、楽しい事やうれしい事は色褪せることなく永久にメモリー、さあ、貴方の人生をバラ色に!』

「はあ、僕も手術しようかな……」

「しっかりしたまえ林君」


「やあお帰り父さん」

「ああただいま」

 最近は受験勉強でぴりぴりしていた息子がやけに明るい。何か良い事でもあったのだろうか。

「……あなた、ごめんなさいあなた……」

 聞けば、私の出張中に息子を手術させたのだという。反対はしたそうだが、クラス中が脳無しでついて行けないと懇願され、やむを得なかったのだと落涙されては怒る事もできない。


「おはようございます森課長!」

「おはよう林君。今日はやけに元気だね」

「ええそうなんですよ、もっと早く脳を捨てるべきでした!」

「な、なんだって?」

「さあ、ばりばり働きますよ!」


 彼らはミスをしても謝らないし、そもそもミスを認めない。何かしでかしても前向きにとらえて反省などしない。うまく行ってる時はいいがそうでない時は最悪だ。今日も彼らの尻ぬぐい。明日もきっとそうだろう。

 脳を捨てればこんな悩みもなくなるんだろうな。悩む事も泣く事もなく、煩わしい事すべてを捨てて、彼らは幸せなのだろうか。きっと幸せかどうかなど考える事もなくなるんだろう。

 悩んで悩んで、それを乗り越えて人は成長していくものじゃないか。そう息子の事もきっとなんとかなる。夫婦で話し合い、これからの事を考えよう。私たちには悩み、問題を解決していく脳があるのだから。


「おかえりなさいあなた!」

「あ、ああ……」

 林君と同じ目だ……。

「お食事になさいます? それともお風呂が先かしら。久しぶりにわたしとか!」

 私ももう限界かもしれない……。

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のうなし おじさん(物書きの) @odisan_k_k

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