第二章 学園と分身と奴隷商人と

27歳-1

 拠点のドアをノックする音。体に緊張が走る。


 この十年間、ここを訪れるものはいなかった。扉の先にいるのがニナさんならばいい。約束の十年でもある。


 ただし、それ以外の人だとまずいことになる。ダンジョンの存在は、誰にも知られてはならない僕とニナさんの秘密だ。


 静かにナイフに手を伸ばし、足音を立てないようにドアへと近づく。


「アクト! 帰ったぞ! 開けてくれ!」


 僕の名前を知っている。しかし、ニナさんよりもずっと幼い声だ。


 子供の声だからと、ほんの少し警戒を緩め、ゆっくりとドアノブを引いた。


「いるじゃねえか。アクト、待たせたな。約束通り帰ってきたぞ」


 そこにいたのは、僕よりも背の低い、二人の幼い女の子だった。


 黒髪のベリーショートで目つきの悪い女の子。その子の影に隠れた、赤みをおびた金色のロングヘアーの、気の弱そうな女の子。二人とも、腰に短い剣を下げている。


「えっと……あの、どちらさまですか」


 黒髪の少女の堂々とした態度に、思わず敬語がでてしまう。


「どちらさまじゃねえよ。ニナだ。見た目は違うが正真正銘、本物のニナだ。喜びな」


「……ニナさん?」


 見た目は違う。身長や体の大きさはもちろん、髪や目の色、骨格まで全く別物だ。


 しかし、その立ち姿は、どこかニナさんの面影がある。


 なにより、喋り方がニナさんそのものだ。


「……ほんとうに? ニナさんなの?」


 少女の姿をしているが、ニナさんである。頭で理解はできないが、心が理解している。ニナさん本人だ。 


 十年間。


 ただニナさんを待っていたのだ。ずっと、会いたかったのだ。


 ゆっくりと涙が頬を伝う。


「なんかこじらせてんな。こいつ」

 

 ニナさんがあきれたように言う。かまうもんか。感動の再会なんだ。


「十年も待っていたんです。もうすこし、優しくしてくれてもよくないですか?」


「アクト、あんた老いとかないだろ。十年ぐらいなんだってんだよ」


 そういいながらも、ニナさんは涙を流す僕の頭を撫でてくれた。ガシガシと。もう少し、優しくしてくれてもいいと思う。





 ギフト『転生』。それがニナさんの秘策の正体だった。


 死んでもまた生まれ変わる。最強に思えるその能力も、あまり万能なものではないらしい。


 ダンジョンボス「ドデカワニ」との戦いでニナさんは死んでしまった。そうして、転生することとなるのだが、ニナさんは転生先を選べない。広いこの世界で、どこの誰に生まれ変わるのかわからないのだ。


 今回はこのダンジョン拠点から遠く南西にある中規模の町で生まれたそうだ。そこで、十歳の誕生日になる前に、こっそり町を抜け出した。


「この近くに生まれてたら、もうちょっと早く戻ってこれたんだがな。ある程度の年齢にならないと、長距離移動もままならない」


「歩いてここまで帰ってきたんですか」


「いいや、馬車。小銭稼いで乗合馬車だ。ただ、子供だからと御者になめられてな。奴隷として売られそうになって、大変だったぜ」


「え!? それからどうしたんですか?」


「剣でサクッと切って、馬だけもらって乗ってきた。転生しても剣の腕は衰えてないのさ。筋力は落ちているけどね」


 ニナさんは自慢でもするかのようにいう。相変わらず乱暴な人である。そこが頼りになるのだが。


「アクト、地上に馬をつないでいるから、世話を頼むよ。やり方はあとで教える」


「わかりました、ニナさん」


「ねぇ。ニナさんってだれなの、ソフィ?」


 ニナさんが連れてきた金髪の少女が聞く。


「あたしのことだって。言っただろ。あたしには名前がいくつかあるんだ」


「ふーん」


 少女は僕のことをジトっとした目でみつめる。


「ニナさん、その子は?」


「この子はノエルっていうんだ。ダンジョン攻略の役に立ちそうだから、町でさらって連れてきた。仲良くしてやってくれ」

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