えんま様のご近所さん

粟飯原勘一

第1章 死んだら驚いた編

プロローグ~第1話 閻魔堂

 

 プロローグ:過労死

 

「ご臨終です…」

 時刻は朝9時30分を過ぎていた。

 東京都内のとある病院の救急処置室。

 つい先ほど救急車で搬入された彼女、神原美紗子は静かに目を閉じていた。

 みとったのは、彼女が出社しないことを不思議に思った同僚。

「そんな…神原さんが…」

 

(私、死んじゃったんだ…)

 それを空気中に浮かびながら静かにみていたのは、神原美紗子の本人…の魂。

 死因は動脈硬化による心筋梗塞だが、実際にはここ数年の過労も入っていた。

(…)

 何も言葉が出なかった。

 自分は死んだ、ただそれだけで、悲しいともさみしいとも思わないが。

 そう思うと彼女の意識は暗転していった

 

 

  1.閻魔堂

 

「ご愁傷様です」

「…ここは?」

 それからしばらくして、美紗子は白装束に身を包み、河原のように石がごつごつしている場所に立っていた。

 目の前にはきれいな女性が一人。

「三途の川の河原ですよ。

 亡くなられた方は、まずここに来ます」

「そうですか…あ、そういえばあなたは?」

「あ、自己紹介遅れました…閻魔様の秘書やってます天使の白河です。

 あなたを閻魔様のところまで導くものです」

「あ、そうですか…では行きましょうか」

「…」

「何か?」

 なんとなく生返事していると、白河は不思議そうに美紗子を見た。

「あぁいえ…達観されているご様子で」

「達観?」

 不思議なワードが出てくるものだ、美紗子は思う。

 生前の美紗子には無縁の言葉だった。

「ええ、普通ここに来れば、…まぁ老衰の方は別として、病死した方とか、事故で亡くなられた方とかが『なんで私死んだんですか!?』とか若干うっと…いえ、縋り付いてきたりするので」

 ねぇ今、うっとおしいって言おうとしたよね!?

 …とツッコミたい衝動に駆られるのを抑え、何とか別の言葉をつづけた。

「でも私はそれをしなかったと?」

「ええ、そういうことです」

 少し冷たい感じのする人だなぁ…と思いながら、美紗子は白河の後について三途の河原を歩いていく。

 

 それから無言で歩いたがどのくらいたっただろうか。

 白河は元来無口な質のようで、どちらかというと不言"不実行"の美紗子も自分から話すこともなかった。

 その後に見えてきたのは、大きな建物だった。

「…あれは」

 久しぶりに美紗子が口を開いた。

「地獄の法廷…閻魔堂です。

 あなたはこれからあそこで閻魔様の裁きを受けるんですよ」

「閻魔様…」

 なんと恐ろしい響きか。

 生前、祖母から聞いた恐ろしい地獄の様子。

 閻魔はそこに鎮座して、死んだ人間が天国に行けるか、地獄に落ちるかの裁きを受ける。

 その様子が目の前に広がる。

「あぁ、心配しなくても閻魔様は優しい方ですから大丈夫ですよ。

 あなたが生前、不徳を渡されなかったおかげです」

「…不徳?」

 不意に聞きなれない言葉が出たのでうろたえる。

 その前に爆弾発言があったような気もするが。

「ええ、現世で不善をなしたものが閻魔様から渡される…まぁいわばマイナスポイントですね。

 逆に善行を積んだものが得られるのが徳ですね」

「なるほど…で、私はどのくらい徳を持ってて、不徳をどれだけ渡されたんですか?」

「…閻魔様にお聞きしてください。天使にはそれを知る権限がありません」

「…そうですか」

 妙に納得して目の前の閻魔堂へと足を踏み入れた。

 

 コツン…コツン…。

 閻魔堂の中に入ると、白河のハイヒールの音だけが響く。

「…」

 白河さん脚きれーだなぁ…。

 妙に落ち着き払ってそんなことを思いながら、スニーカーを履いた自分の足を比べる。

「…」

「? …うわっ」

 そして白河の足が止まると、美紗子は思わず声を上げた。

 そこには重厚な扉、そして『 閻 魔 執 務 室 』の文字。

「閻魔様がお待ちです。

 中の台のほうにお立ちください」

 中はさしずめ法廷のような場所で、目の前には証言台のような台が置かれている。

 そして白河は左側の検事席に座った。

 目の前には重厚な机がたたずんでいる。

 そしてその前の方には三角錐の『えんま』の文字。

「…神原美紗子さん、だね」

「…!? え、あ、ハイ…えと…えと…」

 美紗子は明らかにうろたえた。

 何しろ目の前に座っていたのはどう見ても15歳は超えていない女の子であった。

「…何をうろたえているのです?」

「あ、え、いえ、なんでも…」

「…よろしい。私があなたに裁きを与える、担当閻魔です。よろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 美紗子の返答を確認すると、閻魔席に座る幼女は、メガネを取り出した。

 すると白河がスッと立ち上がり、何か資料を手渡した。

「…うー」

 それを見始めた瞬間、閻魔の顔が曇る。

「…あの」

「ほえ? あ、ああ、えっと、ちょっと待ってください」

 かわいい!

 思わず美紗子は胸がキュンとしてしまう。

「ちょっと、白河さん!」

「…はい」

「これ見て、ここ…」

「あらまぁ」

 白河が珍しく本気で驚いたような顔をした。

「…神原さん」

 しばらく、閻魔様と白河が二人で相談した後、閻魔様が美紗子を呼ぶ。

「あなた…不徳率が0%、不徳をまったくなしていないのに、なんでこんなに徳が少ないの…?」

「…ほへ?」

「普通、不徳がない人間は、徳がたまりすぎるほどたまっていて天国で永遠に理想通りの世界で過ごせるのですが…それには徳が少なすぎます!」

「…はい」

「逆にこれだけ徳が少ない人間は、不徳が多すぎて地獄…いや、無間地獄直結…」

「…?」

 美佐子は不思議そうな顔をする。

「つまり、あなたは 中 途 半 端 なんですよ」

「わぁ、白河さん辛辣ですぅ!!」

 いちいちかわいいなぁ閻魔様。

「…? それが何か?」

「!?」

「なんですかその顔!?」

 美紗子の問題発言の瞬間、閻魔と白河の顔に美紗子は逆に衝撃であった。

「いやいや、中途半端で、天国に行くのは無理で、地獄にも行けないんですよ?」

「…はい…えっと…で、どうすれば…」

 美佐子はとりあえず思ったことをこたえる。

「ドライ!! ドライですよこの子!! 白河さん!! どえらいドライです! さとり世代ですよ!!」

「閻魔様! お気を確かに!」

「…?」

 目の前で繰り広げられるクール美女と美少女の漫才のようなやり取りが、美佐子には不思議で仕方なかった。

「いい? 人間は現世で徳を積んで死んだら天国で理想の生活を手に入れるか、徳が足りないから地獄で準備して転生して現世に戻るか、さもなければ不徳が災いして無間地獄に落ちるか、どれかを閻魔様が指示するの!それがこの閻魔堂の裁きの流れなの! それなのに、天国にも行けない、かといって地獄に落とすほど徳がないわけじゃない、むろん無間地獄に行かせるような悪い人じゃない、私はどう裁けばいいんですか!!」

「はぁ…」

 もはや、手をぶんぶん振り回してる様子がかわいいと思いながら、一応聞いていた閻魔様の言葉に反応する美紗子。

「あー神原さん、ちなみに地獄行って現世に輪廻転生する気あります?」

「えっと…もう現世戻るのはいいかなぁ…どうせまた過労死しそうだし」

「ですよねぇ…知ってた!! 知ってましたよ!! 過労死してるの知ってるから、そう答えるのも知ってましたよ!!」

 バンッバンッ、と机をたたきながら閻魔様。

(ほんっとかわいいなぁ…)

「もう…仕方ない」

 机をたたいていた手を止めると、閻魔様はあきらめたように一枚の紙を差し出した。

「『待機の間』のパンフです…地獄から現世のルートが嫌なら、待機の間で『徳』を積んで天国に行く方法しかありません…」

「パンフ!? 死後の世界にもパンフレットがあるんですか!?」

「そこ驚いちゃう!?驚くポイントそこなの!?」

 死後の世界なのに、すごくきれいなパンフレットを渡されたので驚くと、今度は突っ込みつかれた閻魔様に代わって、白河さんがツッコミを入れてきた。

「…もういいです…それで、天国に行きたいってことでよろしいのですかね? そう裁きしますよ?」

「あーえっと…ちなみに閻魔様はどこにお住まいで?」

「えっ私? …えっと、天国ですけど…」

「わかりました…私、徳をためて天国行きます。

 そして、閻魔様のご近所さんになります!」

「…もうどうにでもしてください…」

「まぁ決まってよかったです…ではこちらへ…」

 タンッタンッ!

 そう言って若干疲れた顔で白河がいうと、閻魔様がハンマーを叩いて裁きが終わりになった。

 

「マイペースな方ですね」

「そうでしょうか?」

 白河がようやく微笑みを取り戻し、美紗子に声をかけた。

「ええ…それと、閻魔様、お気に入りですか?」

「…ハイ」

「あはは、ええ、かわいらしい方でしょ?」

「そうですね…あの方のご近所様になるために、私頑張ります」

「…そうですね、では『待機の間』で徳を積んでください」

「そうします…」

 そうこうするうちに、閻魔堂の裏にある扉を開けて、白河が中にいざなう。

「さ、どうぞ」

 その前にはアパートのような建物があった。

「こちらでしばらく暮らしながら、徳をためてもらいます。

 まず今日は、パンフを読んでおいてください」

「あ、わかりました…」

 そして美紗子は白河のあとについて、アパートの中へと向かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る