第29話 探偵 対 忍者怪盗


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 それを聞いて加藤がコバやんを見上げた。まるで大きなマッチ棒が其処に居る様だ。そのマッチ棒が自分を見ている。

 風が吹いてきた。ビル風がまたこの渡り廊下に吹き込んで来たのだ。それに合わせて校舎裏の雑木林の木々の葉が揺れる音が聞こえる。

「…へぇ。それはどんな交換トレード?」

 加藤は言ってから風船を手放した。手放された風船は吹き込んで来た風に乗って勢いよく空へと運ばれてゆく。それを目で追う真帆。

「君の秘密と交換トレード

 言うや、コバやんはファイルを加藤の方へ突如放り出した。その動きに不意をつかれたのか、一瞬慌てる加藤の動きが真帆にはっきりと見えた。

 その不意を突いた瞬間にコバやんが動く。天鵞絨のファイルが加藤の手の中に吸い込まれる瞬間とコバやんの手が狐の白面に手が掛かったのがほぼ同時だった。

(やった…!!)

 真帆がそう思った瞬間、なんと加藤はコバやんの手を見事に下から払いのけ、天鵞絨のファイルを手にしたまま躰を翻すと、コバやんが勢い余って廊下にこけるのを渡り廊下の欄干に手を掛けて見ていたのだ。

 コバやんが廊下にこけて倒れ込むまでの間、数秒。

 真帆は昨日も加藤の身のこなしを見ていたが、いまコバやんを躱してそれを見過ごす加藤の動きを見て思わず

(お見事!!)

 と、心の中で言ってしまった。

 真帆はこけて素早く起き上がるコバやんの下へ駆け寄る。

「畜生、いてぇなぁ」

 顔に苦悶を浮かべながら、汚れたシャツとズボンの埃をはたく。

「コバやん、大丈夫?」

 真帆の心配する言葉にコバやんが頷く。

「まぁ、何とか。擦り傷だけ」

 加藤は欄干に手を掛け、脇に天鵞絨のファイルを挟み、こちらを見ている。

「ごめんね、小林君。怪我をさせるつもりは無かったんだ。後で保健室に言って消毒液をつけてもらってね」

 続けて加藤はポケットから何かを取り出すとそれを欄干の手すりに引っかけた。そして引っかけるや否や、何という事か二人の面前で空へとファイルを手にしてジャンプしたのだ。

 それを見た二人の驚きたるや、いかがだろう。


 ――ここ三階だぞ!!


 驚いて夢中で欄干から空へジャンプした加藤を追う。

 二人は見た。

 加藤は大きく空へ飛び出して、それから再び何かを手繰り寄せるかのように再び壁にピタリと吸い付いた。まるで蜘蛛男のように。

 コバやんは加藤が欄干に手を遣った場所を見た。見ればそこにはフックが掛けられている。それが加藤を一本のロープで繋いでいるのだ。

 加藤は壁から地面に降りると二人を見上げた。そして見上げると何か刃物みたいなものを出してロープを横に切った。切ると加藤はロープに未練無く、その足で二人に背を向け狐の白面を取ると、校舎の外へ出て行った。

 あまりにも突拍子で現実離れした光景に二人は声が出なかった。



 ――一体、今の何だったんだろう。まるで映画でも見ていたのではないだろう。


 だがそれは現実なのだ。コバやんには擦りむいた傷の痛みがあり、また欄干には加藤が残したロープとフックが在る。


 コバやんと真帆は顔を見合わせた。少し落ち着きを取り戻すまで時間がかかった。だが、二人にはこの非現実に遭遇しても、まだ余裕が有った。それは有る仕掛けを既に事前に打ち合わせて仕込んでいたからである。

 その仕掛けとは。


「コバやんの言う通り偽物作っといて良かったね」

 真帆がいささかの緊張を残した面持ちでコバやんに言う。コバやんもその結果が思った以上の効果を期待できそうで、――

 良かったと言って頷いた。

 そう、実は筋肉バーガーの帰り、二人は真帆の実家で昨晩の内にこの天鵞絨ファイルの偽物を作っておいたのである。もし何かあればそれを引き渡そうと。

 だが、それが直ぐに使われようとは思ってもいなかったし、まさかこんな劇的なシーンを演出してくれるとは露ほども思ってはいなかった。

 何だろう、勝ち負けで言うと負けたような気分でもあるが、流れに劇的性があるだけで、勝負は引き分けだと二人は思った。

 コバやんは加藤が切ったロープのぶら下がるフックを外して、それを引き上げるとそれをまじまじと見た。

「成程…、これってクライミングとかに使うロープかな…」

「クライミング?」

 真帆が訊く。

「そうロッククライミング。せやからあんな動きが出来るんかな」

 手にしたロープをコバやんが真帆に手渡す。手渡された真帆はそれを受け取ると加藤が逃げ去った方へ視線を向けた。

 コバやんは逃げ去った加藤の姿を見て、溜息まじりに言葉が出た。

「…加藤って、まるで怪盗『怪人二十面相』みたいやね」

 コバやんが漏らしたのは江戸川乱歩が創作した架空の大怪盗の名前だった。その名を漏らすと真帆が言う。

「本人は加藤段蔵と言う名前やから、全然怪盗らしくないよ」

 真帆がコバやんに釘を刺す。だが刺した釘が抜かれた。

「えっ、加藤段蔵?」

 コバやんが驚く。

「何?知ってるん?」

「知ってるも何も…、その名前ってさ――飛び加藤と言って忍者の名前だよ」

「えっ?そうなん」

 真帆が驚く。

「うん、マジで」

「ほな、マジ忍者やん」

 眉間に皺寄せる真帆。

「せやね、忍者で怪人や」

 言うとロダンは笑ってアフロヘアをボリボリと掻いた。そして掻き終わると「うーん」と唸った。

「どうしたん?」

「いや、恐らくその加藤段蔵ってネーミング何だろうね。だってあくまでどこか洒落だろ。…と、なると一体どういう意味とか在るのかなぁと」

 そこでぴしゃりと首を叩いた。

「ま、でもいいか。どちらにしても彼も僕等の仕掛けに嵌ってこうして証拠を残してくれたんだもんね」

 真帆が感心するようにコバやんを見る。

「コバやんて、やっぱどこか人と違う頭の動きしてるんやね。それとさ、あの時、何を交換しようと思ったん?」

「えっ?」

「あそこは事前打ち合わせてないとこやん、となるとアドリブやんか」

「うん…、そうやね…」

「何?夏休みに来てる理由?それとも本当の学科とか?」

 真帆が如何と言う顔つきで訊く。

「いや、違う。なんかさ、どうしてここの渡り廊下で手に風車とか風船持ってんだろうと思って、その秘密と交換しようと思った」

 言うとコバやんはアフロヘアをがりがり掻いて真帆を見た。

 その目を見て真帆がうんと頷いた。

「ウチ、全然そんなこと考えへんかったけど。やっぱ、コバやん探偵やわ」

 言うと思わずニヒヒと笑った。

「こりゃ今年の夏は探偵対忍者怪盗との対決に飽きなさそう」

「旦那、他人事やと思っていやせんか?」

 コバやんが茶化して、続けて真帆に言う。

「それでアッシ腹ペコですが、保健室よりも『筋肉バーガー』で体力を回復しようと思いますが、いかがでありんしょ?」

「よござんす、其れで行きましょう」

 真帆がイヒヒと笑う。笑うと真帆のスマホが鳴った。手に取って画面を見れば甲賀からメールが来ていた。


 真帆はそれを開いた。

 開くとそこにはネットのニュース記事が貼り付けられていた。


 内容は大阪市のアート建造物の幾つかに爆弾が仕掛けられたという内容だった。

 

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