第16話 真帆、逃げる

(16)



 ――で、だからである。


 それが事実だとしても何故、それが故にこれを加藤に渡さなければならない理由があるだろうか。

 もしそんな理由が加藤にあるならば、直接鎌田にでも言えばいいことではないか?


(――怪しい、コイツ)

 此処に来て真帆は再び心を引き締めた。

 今までの会話は全て「理」に適っている。加藤が話す内容の符牒も全ておかしくない。

 だがおかしくないが故に、全てが説明出来すぎて逆に気味悪い。

 真帆は自然、後ろの扉までの距離が気になった。つまり隙あればこの場から逃げ出す気だ。

 しかし見事な体躯能力を持つこの加藤から逃げ出すことが出来るか。逃げ出すとしたら、意表をついて逃げ出さねばならない、真帆はそう思った。

 そう思うと声が自然と出た。

「それなら直接、言えばいいんちゃう?カマガエルに。――これ、僕の祖母のものです、返してくれませんか?って」

 真帆が天鵞絨のファイルをトントンと中指を曲げて軽く叩く。それを見て加藤が風車を静かに廊下に置いた。置くと立ち上がり、真帆を見た。

(…あ、こいつ、強気で来るな)

 真帆は直感で思った。

 加藤は軽くジャンプする。まるで何かをすべく準備体操でもするかのように。

「…言ったさ、カマガエルに」

「えっ、言ったの?それであいつ何て?」

 真帆は軽い驚きを籠めて訊いた。

「――これは学校の古い伝統ルールなので、いくら身内でもお渡しできませんって」

 そう加藤が言い終えた瞬間、真帆が加藤の背後を指差した。

「あっ、鎌田先生!!」

 その声に引きつられるように加藤が背後を振り向いた瞬間、真帆は後ろへ跳躍するように走り出し、背後の扉へ滑り込んだ。滑り込むと後はどのルートを通ってあのマッチ棒がいるところへ行くか、瞬時に考えた。

(――恐らく、コバやんは図書館に居る筈)

 渡り廊下向こうは職員室や保健室が入る旧校舎で、その奥に図書館がある。補講を受けたコバやんは直ぐには帰宅せずそこで本を漁り、「朗読倶楽部」や劇の脚本ネタを仕入れている筈だ。

 ルートは二階渡り廊下か、一階渡り廊下か。

 階段を下りる真帆の後ろから追う足音が聞こえる気がした。真帆は考えた。一階まで降りたら、それまでに掴まるだろう。ならば、二階へ。

 真帆は二階へ着くと渡り廊下のドアに手を掛けた。

 しかし、中々開かない。

(ちょ、マジか!!)

 焦る真帆の手が扉のノブをガチャガチャ急くように回転させる。しかし、開かない。

(早よ、開かんかい!)

 真帆が力強くノブを回転させた時、急に扉が向こう側から強い力で引かれて、思わず真帆は前のめりに渡り廊下に投げ出された。

 投げ出されて、胸から叩きつけられそうになる瞬間、真帆の腕を握って誰か強く引っ張り寄せた。真帆は廊下の床に叩きつけられそうになるのを誰かに助けられたのだ。


 ――では、それは誰に?


「おい、九名鎮じゃないか。どうした?」

 真帆は自分の腕を握る人物を見た。


 そこには自分が良く見知った人物――甲賀隼人こうがはやとが真帆の腕を握りしめて自分を見ていた。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る