第4話 堀川学園

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 ここで彼女——九名鎮真帆が通っている堀川学園について少し書きたい。


 場所は大阪北区堀川戎神社から少し離れた所にある。

 校舎は戦後に建てられた校舎と平成に建てられた校舎を含めて二棟立てになっており、渡り廊下が新旧の校舎を繋いでいて、それら校舎の裏には大きな雑木林がある。

 雑木林は学生の憩いの場として小さな林道を兼ねた遊歩道とベンチがあり、夏場の暑い日にはここに座り、涼をとる学生が多い。


 設立は明治後期。当時の船場界隈の商い人達が出資し商業学校を設立。その後大正を経てやがて昭和の終戦を迎えた。

 設立は古いが終戦後からがこの学校の現代に繋がる歴史と言える。


 戦後は普通教育を中心にしてきたが、時が変わりやがて二十一世紀ミレニアムを迎えると学生個人の個性を大切にと言う方針に舵を取り、また私立という特性もあって、近年は学園自体が多様な学科を設けた。


 特に芸術分野における学科が多いのは学園の出資に大手芸能プロダクションのアズマエンタープライズが関係しているのもあるかもしれない。


 アズマエンタープライズは言わずと知れた芸能全般における関西の大手である。

 数多の芸能人や俳優、女優だけでなく多くの演劇場を全国に有している。そんな芸能プロダクションが学校の出資者であるという側面はある意味、スターの卵を早い段階で発見し、抱え込もうという意味もあるだろう。

 だが、それは企業における思惑であって、学校に通う生徒はあくまでそんな思惑の外に居る「いち学生」である。

 それは青春を謳歌する何人以上でもない。 


 そんな学校に九名鎮真帆は通っている。勿論、それは彼女にとって夢を叶えるためと言っても良い。


 ――彼女の夢、

 それはジャズシンガーになる事。

 それもできればノラ・ジョーンズのようなジャズシンガーに。


 しかしながらそんな夢にはまだ遠い。今はこの目の前にいるテノール歌手兼音楽教師のカマガエルの夏の特別講義――いや、特訓を受け、なんとしても大阪N大の声楽科に合格できる力をつけなくてはいけない。

 そうした苦々しさを噛みしめて防音扉を閉めて練習を再開しようとした時、再び鎌田が扉を開けて顔を出しながら自分に向けた一言を聞いた瞬間、ーー思わず飛び上がる様な気持ちになった。


「聞きなさい、九名鎮。今年の卒業式の校歌の独唱ソロ、昨日の職員会議であんたに決まったからね。だからさぼるんじゃないよ!」



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