アンチテーゼ・アトラクター
シラズミクロエ
第1話 来訪
ゴダット王国の南東部、いくつかの街からその日同じような報告が何件も挙げられた
『空に輝く巨大な火球を見た』と
それは遠方から飛来しエルフ族自治区との境界であるボルドラン山脈に着弾したようだ、とも
あれは我が国の魔法なのか、敵国の攻撃なのか、あるいは未確認の魔物の仕業なのか
それの影響かは不明だが魔獣の動きが活発化しており住民の生活に被害が出ている、周辺の警邏、および討伐隊の派遣を願いたい、と
当該地方を治めるペイローン伯爵はそれらの報告書を睨みつけ深い溜息をつく
「どうにもできんだろう、エルフ族自治区に調査に入るなどできん、魔獣の討伐ならこの領都から兵を出すよりも各街から最寄りの冒険者組合に依頼を出す方が早い、そのように回しておけ」
報告書の束を秘書官を任せている息子に渡す
「わかりました、依頼料に関しては」
「任せる」
「わかりました、では出てきます」
「うむ」
息子が執務室を出て行くと軽く息を吐き椅子の背もたれに体重を預ける
「エルフ族か」
ペイローン伯爵は隣の土地を治めているとあって伯爵の地位に就く際今は亡き父、前伯爵に連れられ挨拶に行ったことがあるが歓迎されていなかったのを覚えている
敵意とまでは言わないが自分たちに興味がないのだろう
淡々とエルフ族の代表と顔合わせをしただけで直ぐに帰ったのだから
それ以降お互いに干渉は全くない、ゴダット王国内という扱いにはなっているがエルフ族自治区はもはや独立といってもいい形になっている
自治区に入ることをエルフ族は認めないし、排他的なエルフ族が自治区から出てくることもない
「妙なことが起こらなければいいんだがな」
椅子に座り直し頭を切り替え次の書類を手に取った
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「失礼しますお母様」
里の長である私の仕事部屋にいきなり入ってきたのは見た目だけなら見目麗しい完璧なエルフ族なのだが、どこで子育てを間違ったのか男勝りな性格に育ってしまった愛しい娘エルグリッド
「相変わらず声が大きいですねエルグリッド、どうかしましたか?」
「山に落ちた火の球の調査に行くと聞いた」
「そうね、火事でも起こっていては早々に対処しなければならないからね、レメゲンティアとジークザールの二人に頼んだわ」
「わたしも行く」
「・・一応訊くけどどうして?」
訊かなくてもわかっているのだが長として理由もなく里の戦力を動かすわけにはいかない
「あの二人では不安だ、火の球で森の魔獣や魔物がいつもと違う動きをしているかもしれない、なら里一番の実力をもつわたしが共に行くべきだろう」
「ならその魔獣や魔物に備えて里で待機するのが強者の役割だと思うのだけれどね」
やれやれといった表情で目の前のじゃじゃ馬娘を見るが既に行く気満々の気配が漏れ出ている、まだまだ子供心が抜けきってないねこの子は
「はぁ、・・森の様子がおかしかったら早めに戻ってくるんですよ、あと、もう少し歯に衣着せることを覚えなさい、あの二人が哀れに映ります」
「うん?まあわかった、では失礼しますお母様」
部屋から出た途端に走り出す足音が耳に届く
やれやれ、将来あれを嫁にもらう男が現れるのか
まだ見ぬ未来の義理の息子に同情する
娘の将来に一抹の不安を覚えながらも次の仕事に取りかかった
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ゴダット王国とエルフ族自治区から観測された空の火球はボルドラン山脈を構成する山の一つ、そのおおよそ中腹に着弾しその勢いのまま地中深くまで穿孔、未発見であった純魔結晶の空洞まで辿り着いた
その空洞には火球の核である直径50cmほどの黒い隕石が存在していた
身に纏っていた炎も消え温度が下がっていくはずの隕石はドロドロとその自身を溶かし空洞全体にまるで意思を持っているかのように広がっていく
ものの数十秒で体積さえ無視し空洞全体の床、壁、天井を溶けてゲル状になった隕石が覆ってしまった
覆っていないのは自らが貫いた地表と繋がるおよそ直径2mの穴のみ
そしてもはや隕石と呼べなくなった形状の『それ』は静かに待つ
獲物が自らの腹に入ってくるのを
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