ウィザード・サーティー(読み切り版)
カール
ウィザード・サーティー
2×××年、某日。
「指令。ホテルアリーシへ到着しました。既に周辺住民には避難誘導は完了」
「了解だ。先行部隊の方は?」
「既に人造魔法部隊は全滅。敵はやはり……」
暗い車内の中、指令と呼ばれた彼女は金髪に染めた長い髪を手ですかし、口にガムを放り込む。
「天然ものって事だろう。どうしても人造と天然ものじゃ差がありすぎる。ただそれにしてもウチの部隊を全滅ってのは……敵はDTか。おい、眼鏡、筋肉、準備はいいな」
後ろへ振り向くと暗い車内で二人の人物が座っていた。
一人は丸眼鏡をかけ、病的なほどやせ細った30代の男。
「あのですな。拙者、荒事は無理なのですが?」
「うるせぇ眼鏡。ウチの戦闘部隊が負けた以上お前らしかいない。働け、でないとフィギュアを壊すぞ」
「そ、そんなことッ! ゆ、ゆるしませんぞぉ!? あと拙者の事は博士と呼んでくれと」
「うるさい眼鏡、働け」
「はっはっは! 博士。安心したまえよ。吾輩がいるじゃあないですか」
人一倍大きな声で笑う大男。はち切れんばかりの筋肉と肩まで伸びたロン毛が特徴的な男だ。こちらも年齢は30代を超えている。
「おい、筋肉。プロテインを飲んでないでお前も出動の準備をしろ」
「ええ。お任せください。か弱い幼女を救うのは紳士の勤めでありますからな」
「変態筋肉。どうせ忘れるからって変なことをするなよ」
「いえいえ。ノータッチが基本ですからね。大丈夫お任せください。しかし――」
筋肉は周囲をゆっくりと見渡す。
「我らの隊長がいないようですが?」
そう筋肉が話すと、指令は手を震わせ始めた。
「あのバカは、この事態だってのに……ラーメンが伸びるから食べてから来ると言いやがった」
「そ、それはそれは。まあ週に1回の楽しみといってましたからな。さて、吾輩も屋内の戦闘は苦手なのですが、行くとしましょうか」
この世界は何も変わらず回っている。だがそれは何も知らない一般人にとっての話。表があれば裏があるように、この世界も一部の人しか知らない裏の面が存在する。
それは魔法使いと呼ばれる存在。
よく言われる都市伝説。男性が30歳まで純潔を貫けば魔法使いになれる。
この一見笑ってしまうような都市伝説は事実である。火がない所に煙は立たない。それと同様である。30歳まで清らかな身であった男はもれなく魔法という超常的な力を身に着ける。
魔法使い発見のため、世界では30歳の誕生日で健康診断という名目で無自覚に魔法使いへと至った人間を囲い込む。国で管理するために。
だが魔法という力はどの国であろうとも欲するもの。当然それを人為的に手に入れようと試みる。では、魔法欲しさに30歳まで禁欲をすればいいのではないかと思われるがそう簡単な話ではない。まず、魔法使いになっても1度でもその純潔を散らせばたちまち普通の人間に戻ってしまう。そのため、魔法を維持するためには己の欲を抑える高い精神力が求められるのだ。
とはいえ、一度普通の人間がそんな力を身に着ければどうなるか。当然多くの者が自分のために使うだろう。お金のために、もしくはただ魔法を使うという快楽のために。
いくら国で管理しようともその網をくぐり抜けるものたちはどの世界でも存在する。
だからこそ国が秘密裏に組織した部隊がある。
名は対魔法特選部隊フリージア。平均年齢30歳を超えた童貞集団である。
「ふむ。ビルダー殿。先頭はお願いしても?」
「がっはっは。無論だとも。ただ屋内だと吾輩の魔法は使えぬのだが……」
「そうですなぁ。拙者もこと実戦ではまったく役立たずですし」
丸眼鏡をかけた男。コードネーム博士。使用できる魔法は透視魔法である。あらゆるものを透視する魔法が使える。距離による制限はなく、双眼鏡などを使えばかなり遠方まで透視は可能。
「博士。犯人の数は?」
「はあ。毎回苦痛なのですがね」
丸眼鏡越しに青く光る瞳で建物を見上げる博士。コンクリート、鉄筋、そういった物がただの線のように透過され、中にいる人が浮き出してくる。博士は口元を抑えながらそれを見ていき、地面に向かって嘔吐した。
「うぇえええ」
「ふむ。相変わらず人の裸は苦手か」
「あたりまえでしょう。3次元の裸なんて何が楽しいのかさっぱりですよ」
「それで敵の数は?」
「二人のようです。人質は最上階にあるホールへ集められているようですな。特に縛られているわけでもなく、ただ閉じ込められているだけのようです」
「ふむ。何を考えているのかさっぱりだな。がっはっはっは」
はちきれんばかりの筋肉を震わせながら男は笑う。コードネーム、ビルダー。使用する魔法は倍化の魔法で、自身の身体を大きくする魔法だ。大きくなるサイズによって消費される力も変わり、ただ大きくなるだけではなく、身体能力もそれに合わせて倍になる。
「どうします? 屋内でビルダー殿の魔法を使うと窮屈ですからな」
「適当に時間を稼げばいいのではないか。流石にラーメンを食べ終えれば隊長殿が来るであろう」
「そうですな。隊長殿が来れば早く帰れそうです」
「ご馳走様」
「毎度あり!」
週に一回の楽しみであるラーメンを食べた俺はワイヤレスイヤホンを耳に装着し、何度も着信が来ている相手へ通話を繋げた。
「もしもし、こちら――」
『守ッ! 状況わかってるのか!』
大声で響く怒鳴り声を抑えるために俺はイヤホンのボリュームをできるだけ下げる。
「いやいや。さっきも言いましたけど、注文前とかならすぐ移動しましたよ。でも注文したラーメンが出た後ですよ? 持ち帰りなんて出来ないですし、残すなんてお店に迷惑をかけてしまうでしょう」
『人質がいるんだぞ』
「だから急いで食べたんじゃないですか。10分もかけてないですよ」
『判明しているだけで人質は23名。向こうの要求は――』
「現状維持ですか?」
俺の言葉に電話の向こうの人物は息をのんだ。
『よくわかったな』
「相手を考えればわかりますよ」
『ならタイムリミットがあることもわかるだろう。あれは時間稼ぎ、DTのボスである
魔法という力を使い世界を変えようとする犯罪組織。通称DTと呼ばれる組織だ。構成員なども謎に包まれており、時折こうして大きな事件を起こす。唯一わかっているのは組織が掲げる目的と、組織のトップが絶猫と呼ばれている事だけだ。
『わかっているはずだ。一度アレが起きれば、お前の魔法でも元には戻せないんだぞ』
「組織に入ってまだ1年未満の俺に期待しないでほしいんですが……」
『馬鹿を言うな。お前の能力は歴代最高峰だ。守が組織を辞めたがっているのは知っているが力を貸してくれ』
「出来るだけ努力しますが、普通の感覚の人間ならこんな組織すぐにでも抜け出したいですよ」
だってこの組織に属しているという事はイコール童貞という事なのだ。さっさと恋人を作って脱退したいのは普通といえる。不名誉この上ない。
『守。時間がない。魔力を使っても構わんから最速で現場へ来い』
「……わかりました」
俺は適当に路地裏を探し、周りに人がいないことを確認する。そして背負っていたリュックの中から黒いコートと真っ白な仮面を取り出した。これは俺が仕事をする際に、出来るだけこんな不名誉な職場にいると思われないように身を隠すためにお願いした装備だ。
今着ている上着を脱ぎ、シャツの上からコートを羽織る。そして花のエンブレムが刻まれた白い面をかぶった。全身に魔力を漲らせ、俺は路地の壁を蹴り、一足飛びで屋上まで飛び上がった。
「へ? な、なんだ!?」
ビルの非常階段で煙草を吸っていた男に見られてしまう。出来るだけそれを気にせず、俺は足に力を籠め跳躍した。
「なんだ、今の……ってあれ、俺なんか見たような気がするけど気のせいかな」
魔法にはいくつか特性がある。
1つ目。魔法使いとなる者は自身の魔力を発散させる事で魔法と呼ばれる現象を起こすことができる。その魔法は個人によってバラバラであり、まったく同じ魔法というのはあまりない。
そして2つ目。魔法使いでない者は、魔法を発現された場合、目撃してもその記憶を維持できない。
見ていた夢を朝起きたら忘れてしまうように、魔法という現象に関わることを一般の人は覚えていられない。それはたとえ電子機器で撮られたとしても同様だ。仮に防犯カメラで撮られたとしても、魔力は撮影できず、必ず白く発光してしまう。
そのため、魔法を使っている間は人からも認識されず、電子機器からも認識されない一種の透明人間のようになる。だから本来であれば俺がやっているような変装は不要なのだ。
だがそれでも、それはあくまで一般人の話。魔法を身に着けた者であれば認識出来てしまう。この歳になっても童貞は流石に恥ずかしすぎる。
だから万が一にでも身バレしないように俺はこんな厨二病のような恰好をしているのだ。
「あと1分で到着します。そのままホテルの中へ入っても?」
『ああ。行って終わらせて来い。ちなみに先行で入ったあの眼鏡と筋肉が交戦中だ』
「え、博士とビルダーさんが? でも屋内だと厳しいのかな」
『ああ。相手も天然物の魔法使いだ。気を付けていけ』
ビルの屋上から飛び降り、封鎖されたホテルの前で着地する。
「対魔法特選部隊フリージア。コードネーム、隊長。出動します」
都内にあるホテルアリーシ。タレントなども使用する割と大きなホテルであり、普段であれば人で溢れているような場所だ。だが現在は無人。普段活気のあるホテルが無人というのは何だか妙な感じがする。
「あー。博士、ビルダーさん。どこです?」
『お、隊長殿。いやー助かりましたぞ。もうビルダー殿は限界でして』
「え、マジ?」
『マジですぞ。一応2倍まで使えているのですが、相手側も中々手練れでしてな』
戦闘員ではない博士はともかくビルダーさんはかなり強い。身体の大きさを倍々に大きく出来る魔法を持つビルダーさんは身体が大きくなるとそれに合わせて身体能力も倍になる。つまり大きさが2倍になれば、それに合わせて身体能力も倍になる。2倍のビルダーさんは自前の魔力による強化も相まって銃弾さえ、筋肉で弾けるレベルだ。
一見かなり強そうな魔法だが当然弱点もある。まずこの魔法は最低でも2倍の大きさになってしまうという事。唯でさえ2mを超えている身長のビルダーさんが魔法を使うと4mの巨人になってしまう。そのため屋内では動きが制限されてしまい使いにくいという点だ。もう1つは燃費が悪いという事。俺や博士とは違い、大きくなると常時魔力を消費してしまう。
「ビルダーさん魔法は?」
『既に使っております。ただ天井ギリギリだったので行けるかと思ったのですが、相手が曲者なのです』
「了解。場所と相手の魔法の能力を教えてもらっていいかな」
『了解ですぞ』
時は少し遡る。
ホテルアリーシの5階廊下。客室の扉が並び、間接照明が照らす少し前まではおしゃれな空間であった。しかし今は違う。あちこち破壊されており赤い血が壁や床を汚している。そこは完全に戦場と呼べる場所。そこに3人の男が対峙している。
「この巨人野郎、しぶと過ぎだろ」
手に持った血が滴るナイフを振り、刃についた血液を落としながら帽子を被っている男は言った。
「伊崎さん。相手は対魔法使いの特殊部隊です。同志から殺しは避けるようにと言われてますけど――」
「わかってるって。でも硬すぎだって。さっきも割と本気で刺したのに皮膚しか切れてないぜ」
被っている帽子のキャップを触りながら伊崎と呼ばれた男は眼前にいる廊下の天井まで届くであろう巨体を睨む。その後ろに控えている少し痩せ細ったサラリーマン風の男である土門は小さくため息をついた。
「仕方りません。私も戦闘に参加します。いい加減潰しましょう」
「あーしかたねぇか。これ以上遊んでられねぇし。おら行くぞ筋肉だるまッ!」
伊崎がそう足を踏み出すとその姿は一瞬で消えた。そしてそれに呼応するように対峙するビルダーは周囲の壁を破壊しながら自身の後ろへ拳を振るう。その風圧で廊下に置かれた観葉植物が吹き飛ぶ突風が生まれる。しかしそこには誰もいない。
「ぬッ!」
「はっは! はずれだ、マヌケェ!!!」
ビルダーはさらに後ろから発せられた声に反応し咄嗟に距離を取るように跳躍する。だがその巨体のせいでその動きは周囲の天井や壁に阻害される。その瞬間、ビルダーの身体へ電流が走った。
「がぁあああ!」
一瞬目の前が真っ白になる。その隙にまた後ろへ現れた伊崎が手に持ったナイフをビルダーの身体へと刺した。だが強靭な肉体を貫く事が出来ず、その皮膚だけを切り裂かれるだけとなる。続けてナイフを振るおうとしたところで意識が戻ったビルダーの拳が伊崎の上から迫ってきた。
ビルダーのボーリング玉のような大きさの拳が床は破壊する。舞い上がる土煙と瓦礫。だがビルダーは人を殴った感触はなく小さくため息をこぼした。
「ほんとどうなってんだ?」
土門の後ろから現れた伊崎がまた歩きながら現れた。それを見てビルダーは同僚である博士の言葉を思い出していた。
『ビルダー殿。相手の武装についてお話しておきます。帽子を被った男は肉厚のナイフを2本装備しているようです。1本は腰のベルトに、もう一本は太ももに装備されているようで、それ以外の武装はありません。もう一人、スーツの男ですが、あちらは銃のようなものを2丁持っています。銃を透視した所弾薬は普通の銃弾ではなくBB弾のようです。恐らくそれを利用した何かの魔法でしょう。拙者は戦闘がまったくですので、2つ下の階からそちらの様子を見ておりますぞ』
「吾輩の筋肉をそんなナイフ程度で切り裂けるとは思わぬことだ。それと今の電撃……その程度の魔法なら大したことはないな」
そう話すビルダーに伊崎は笑って答えた。
「強がるなよ。土門の電撃は下手なスタンガンよか強い。普通の人間なら即失神だ。それを受けてお前さん一瞬意識を飛ばしただろう? いくら身体が頑丈であろうと電気に対する耐性まで上がってるわけじゃない。次の攻撃で仕留められるぜ」
「なるほど。確かにあの電撃は脅威か。だがお主の転移魔法もある程度読めた。そこまで融通の利く魔法ではないのであろう。恐らく必ず相手の背後、いや死角へと転移できる、いやそれしかできない能力と見た。つまり――」
ビルダーは笑いながら腰を落とし床を蹴って走り始めた。土門が構える改造エアガンから飛び出されるBB弾。だが身体能力が2倍になっているビルダーは動体視力も倍になっている。故に来るとわかっていればかろうじて飛び出すBB弾は見える。迫りくるBB弾を腕で弾く。流れる電流も来るとわかれば我慢できる。
この戦闘におけるビルダーと博士の作戦は自身達の同僚でもあり、最高戦闘能力を持つ隊長を待つことであった。それ故相手の攻撃を受け手になっていたが、それが完全に今の状況では悪手になっていると考え切り替えた。ナイフを持つ伊崎は確かに脅威だが致命傷にはならない。ならば厄介なのは遠距離から攻撃できる土門であると考え、ビルダーは伊崎を無視することにした。
当然その考えは伊崎たちもすぐに察知した。土門はエアガンを構え連射する。それを片腕だけで防ぐビルダーは確かに脅威だ。だが土門は冷静に空いた手で腰に巻いた鞄へ手を伸ばした。
だがビルダーは1つ間違えを犯した。土門の魔法をエアガンから電気を纏ったBB弾を発射するものだと思ったこと。そしてその選択のミスに気づいたのは2つ下の階にいた博士であった。博士は見ていた。土門という男が伸ばした鞄に何があるのかを。それは大量のBB弾。
『いけません、ビルダー殿。あの男左手に大量のBB弾が入った鞄に手を伸ばしています。恐らく彼の能力はッ!』
その声を聴いたビルダーの取った行動は迅速だった。近くの扉を破壊し、一瞬で退避した。そして次の瞬間、先ほどまでビルダーのいた場所に大量のBB弾が放り投げられ、まばゆいばかりの電流が流れた。
「危ない、なるほど。物体を電気に変える魔法か。だがBB弾を使用しているところを見ると、変えられる物体はそこまで大きくないという事」
「おお、よく気付いたな。ただの脳筋野郎じゃねぇってか」
後ろから聞こえる伊崎の声に、咄嗟に反応できなかったビルダーは背中と足に走る痛みに思わず声を出してしまう。
「くッ!」
「はっは! 筋肉野郎でも鍛えられねぇ場所だってあんだろ」
ビルダーは声のする方へ拳を振るう。突風のような風圧がホテルの室内にある窓を叩く。だが誰もいない。ビルダーはさらに自分の後ろへと拳を振るおうとして博士の声が響く。
『上ですぞ!』
咄嗟に魔法を解除し、廊下へ戻る。床に膝を付いていた状態とはいえ、あのまま巨体のままであれば間違いなく頭部にダメージを追っていたと確信する。だが廊下へ出れば当然襲ってくるのは次の攻撃だ。
「くぅぅ!」
ビルダーは切られた足の痛みを我慢し、別の部屋へ飛び込む。そして背中を壁につけ、息を吐いた。常に死角へ転移するのであればその死角となる場所を削ればいい。少なくとも壁を背にすれば後ろからの攻撃はなくなる。あとはそうすれば対処すべきは上か左右だけだからだ。
(それにしても厄介ですな。あの伊崎という男の魔法。インターバルなしに連続使用している所を見ると随分熟練度が高い魔法使いという事ですかな)
どうしたものかと、ただ防戦となっている今の現状を考えているとビルダーにとってようやく待ちに待った報告が耳に入る。
『ビルダー殿! ようやく隊長が来ましたぞ!』
その言葉にビルダーは心から安堵した。屋外で思いっきり暴れるならともかく狭い屋内では完全に手詰まりになっていた所であったからだ。
「それは助かりますな。正直この手の搦め手は面倒で仕方ない」
そう呟いた時、ビルダーは左から迫る気配へ咄嗟に反応する。振り上げた左の拳は空を切り、そこから生まれた死角に転移した伊崎の刃がまたビルダーの肌を切り裂いた。だがビルダーはそのまま部屋から廊下へ向けて走る。
「なんだ。また逃げるのか」
後ろから聞こえる嘲笑する声を無視してビルダーは破壊した部屋の扉を引き寄せ、廊下へ出た瞬間土門へ向かって放り投げた。その行為に土門は流石に廊下の壁へ身を寄せ回避する。そしてその隙にビルダーは廊下の端へ走る。その後ろから攻撃をしようとした伊崎と土門だったが、攻撃の手を止めた。それは廊下の端から現れた新たな人物がいるからだ。
その男は異様としか言えなかった。ロングコートに白い面をつけている。まるで漫画のコスプレのような恰好。だがその男からただならぬ気配を感じる。
「ビルダーさん。お疲れ様です」
「まったく後でステーキをおごってもらいますぞ、隊長殿」
「ええ。俺ラーメン食べてきちゃいましたけど。まあいいか」
そういうと男がビルダーの肩を叩く。すると傷だらけであったビルダーの身体が一瞬で傷一つない身体へと変わる。それに土門と伊崎は驚愕した。
「回復系魔法の使い手か?」
「いや……それにしては何か妙ですね」
「とはいえ2対2……いやあの筋肉達磨下に戻って行ったか? 俺たち相手に1人ってのは舐めてんのかね。とりあえず俺が突っ込んでみるから、土門は様子みててくれ」
「分かりました。気を付けてください」
そうして隊長と呼ばれた仮面の男はゆっくりと廊下を歩いてくる。その不気味さを警戒しつつ、伊崎もゆっくりと歩を進める。互いの距離はまだ30mほどある。そしてその瞬間、伊崎の姿が消えた。
対象の死角へと転移する魔法。長年女性の背後へ回りストーカー行為に固執していた伊崎に与えられた転移魔法。その転移によって仮面の男の後ろへ音もなく転移する。
(ちょろいな、とりあえず足を潰すか)
仮面の男は反応できていない。下手に振りかぶらずただ切る事だけを目的とした最適なナイフ捌きで男の足を切ろうとし、刃が男の足に触れ切り裂こうとした瞬間であった。
(よし転移してまずアイツの動きを見るか)
伊崎はそう考え
「不味いもっと弱いくか」
「……なんだ今のは」
そしてソレの一部始終を見ていた土門は戦慄していた。
伊崎は間違いなく転移を行い、あの仮面の男の背後へ回った。そしていつも通りナイフによる攻撃が加えられるという瞬間、伊崎は突然元居た場所へ戻っていた。そして一度顔面へ攻撃を受けた伊崎と攻撃を加えた男。だがまた次の瞬間には二人の動きが逆再生されたように戻り、次に伊崎は腹部へと攻撃を喰らい倒された。
そのあり得ない現象を目の当たりにして土門は思い出す。同志絶猫が言っていた言葉。
『フリージアにいる天国堕としに気をつけてね』
天国堕とし。それは数々の魔法使いを恐怖に叩き落とすある男の異名である。曰く、すべての魔法使いを終わらせる存在であり、同志絶猫の唯一の脅威。その存在を知る者は同志絶猫しかしなかった。何故なら対峙した魔法使いはすべてその男に倒されていたからだ。
「貴様……天国堕としかッ!」
「もしかしてその変な呼び名DTの中で流行ってます?」
その様子に土門は確信する。あいつこそが天国堕としなのだと。
「やはりか。あの悪名だかき天国へ誘う化け物めッ!」
「いやいや。ただ
「黙れ、知っているのだぞ。そこへ無理やり連れていき、我らの純潔を奪うのだろう!」
何たる非道か。既に幾重のも仲間がそこで散らされているのだ。
「大丈夫です。あそこの女の子……いや50代だし女の子じゃないかな。まあ歴戦の兵に任せておけば大丈夫です。薬で眠っている間に喪失します。怖い場所じゃないですよ」
「何が怖い場所じゃないだ。50代のばあさんに私の初めてが喰われてたまるか!」
連射する2丁のエアガンから発射されるBB弾は男に迫った瞬間。電撃へと変化する前にすべて土門の目の前まで戻っていく。そしてエアガンのあった場所まで戻ると重力に従って床へ落ちた。
勝てない。そう確信した土門だったへ接近した仮面の男は拳を振るう。だがその拳は人ではないものをとらえていた。それは巨大なクマのぬいぐるみ。
「あれ」
俺は先ほどまで目の前にいた男が消えた。博士からの話では転移系の魔法使いは最初の伊崎という男だけのはずだ。さっきの土門という男はただの電気使いのはずだったんだけど。
『隊長殿。そこにもう別の人物が現れましたぞ! ただ少し妙なのです。その……男というか女というか。変な人物が……』
博士さんの声で俺は警戒を強くした。
「郷田指令。面倒なのが来ました」
『こちらも確認した。捕らえられるか……?』
「やってみます」
暗い廊下の向こう。1人の人物が立っている。長い髪をなびかせ、笑みを浮かべた人物。セーラー服を着ており、見た目は20代くらいの一見女性に見える人物。
「絶猫さん。あなたが現場へ来る前に終わらせたかったんですけど」
「つれないことを言わないでよ。隊長ちゃん」
「なんですかその服。コスプレですか? 自分の年齢を考えてください」
「ひっどいなぁ。一応23だぞ!」
頬を膨らませて怒る絶猫さん。
「いやいや。
「魂の年齢はそうかもしれないけど、肉体年齢は23だから!」
大きな胸を張りながら両手を腰に当て答える様子を見て俺は仮面の中でため息をつく。DTのトップであり仲間から同志と呼ばれる男。
「流石にここで手塩にかけた仲間を天国へ連れてかれちゃ叶わないからね。回収に来たんだよ」
「おや。絶猫さんの目的は上の人質かと思ってましたよ」
「いやいや。まだ私の魔法の熟練度が足りないんだ。今回も別に無理にさらうつもりはなかったんだよ。ただ同じ志を持つ同志がいるかもしれないだろう? 勧誘しようと思ってんだ。どうだい隊長ちゃん。いい加減私の仲間になろうぜ」
「いや結構です」
即答する。
「だったら君の望んでいる通り童貞を卒業するかい? 何なら私が相手するよ?」
「いやいや。あなた下半身は男のままだったはずでしょう」
「うーん。確かに男相手だと卒業認定されないんだよね。なら良い娘紹介しようか?」
「結構です。俺は愛のある相手とそういう事はしたいのでッ!」
そう言い終わった瞬間、俺は全身に魔力を漲らせ、絶猫さんへ肉薄する。振り上げた拳が笑っている絶猫さんへ当たる。その瞬間、衝撃波が発生し、俺と絶猫さんを吹き飛ばした。
「おお。成長しているね。つい一ヶ月前は今ので終わってたのに、私の魔法に干渉できるレベルまで上がっているなんて! どうだい、やっぱり私と一緒に世界を変えないか! 君の逆行魔法は私にとって唯一の脅威だ。でもできれば君には敵ではなく同志として横に並びたい。一緒に世界を――」
笑みを浮かべる絶猫さんは叫ぶ。拳を握り、高らかに。
「世界全員の
「いやいや。普通にカオスな世界にしかなりませんって」
「いいや。君なら理解できるはずだ。私は最後まで君を仲間にすることを諦めないぜ! まあとりあえず今日は帰るよ。じゃね!」
ピースして笑顔を振りました瞬間、絶猫さんは消え、代わりに巨大なクマのぬいぐるみが現れた。周りを見ると先ほど殴り飛ばした伊崎という男がいた場所にも同じく巨大なクマのぬいぐるみが横たわっている。
「はあ。逃げられた。いや見逃してもらったのかな。あの人の反転魔法ほとんど反則だろ」
なんせ自分が反転できると思ったものはすべて反転できるのだ。物理的なものも、概念的なものも、それこそ性別でさえも。唯一幸いなのは俺ほど魔力がないことくらいだ。とはいえ、もう少し修行しないと殴る事さえ無理だ。
「ああ。面倒。変な人に目はつけられるし、やっぱこの仕事碌なもんじゃねぇ。はやく恋人作ろ……」
これは、桜桃守30歳が突然魔法使いに目覚め、何故か世界TS計画を企む悪の組織と戦いながら恋人を作ろうと奮闘する物語である。
ウィザード・サーティー(読み切り版) カール @calcal17
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