問1。自称リア充は天才少女をオトせるか、1年以内に証明せよ。

@should_taso

第1話 4月の朝

4月の朝は、何故だか愛おしい。

それまで人間に対して冷たく当たっていた風が、まるで恋をしたかのようにあたたかい物に変わる。

太陽は冬ほど無力じゃなく、かといって夏ほど厳しくなくて、丁度いい。

さらには、至る所に蝶が舞い、花が咲き、季節を色とりどりに彩る。

世界のすべてが優しくなるような、さながらモラトリアムのような雰囲気だ。

そんな優しい世界では、ちん、と鳴るトースターの音や、コーヒーメーカーの小刻みな駆動音さえも、芸術の一端を担うかのような風情を感じられる。

そそくさと用意し、机の上に並べられたのはチーズトースト、イタリアンサラダ、焼いたベーコン、コーヒー。

それらを幸せを噛み締めるように頬張りながら、朝のカフェで流れていそうなFMラジオのクラシックと共に、来たる登校の時間を待つ。

窓の外には3匹の雀が止まり、俺の目の前でコンサートを始めてくれるみたいだ。ちゅんちゅん、と彼らの美声が窓越しに聞こえ、クラシックとの調和が図られる。

まるで、映画の始まりのような。

そんな、美しい、儚い、朝だ。


そして、俺、荻野凪おぎのなぎが血の滲む努力の末に作り上げた物語の一話が、今日も始まる。



万全の準備の末玄関を開けると、潮風が吹いてきた。

ふと、この街に住み始めて、もう一年が経つのだと実感する。

宮城県の北の端っこ、小学校の授業でも習ったリアス式の海岸線が描かれる街、気仙沼。

街を歩けば潮風が吹き、道には高級食材フカヒレがさも安物のように干され、海に近づけばカモメとウミネコが縄張りを争う光景が見られる、ステレオタイプな港町。

古くは昭和の「港町ブルース」なる演歌に登場するくらいだから、その歴史っぷりは並大抵じゃない。

対して人口は6万を切る程度で、都会と比べりゃ遥かに小さく、ショッピングモールもデパートも、それどころかマクドナルドも無かった……が最近できたから救いだ。

代わりに並ぶのは魚屋と魚料理屋だらけ。前はブームに乗じてタピオカ屋が出店してきたけど、一瞬で閉店した。次はフルーツサンドの店もできたが売り上げは微妙らしい。

しかしまあ、そのこぢんまりした雰囲気が、俺には心地よく感じる。

何も大都会じゃなくたっていい。

ど田舎じゃなくても良い。

こういう中途半端な大きさの街で起こる物語があっても良いじゃないか。

いや、そっちの方が、等身大で良い。


背にはノースフェイスの鞄、身に纏うのは赤シャツの上にワイシャツ、制服たるブレザー。

右耳に付けたAirPodsからはVaundyの『怪獣の花唄』が流れ、左耳で感じる虫の声、ウグイスの美声に思いを馳せながら、コンバースのワンスターで静かな通学路のアスファルトを歩き出す。

この近辺はまだ俺以外の高校生は歩いていない。朝特有の匂いに包まれ、まるで世界に俺だけのような、幻想的な感覚さえ覚える。


俺の家……というかアパートだが、通っている高校から徒歩15分くらいの、所謂徒歩圏内にある。

その高校の名は、宮城県九条高等学校。

県立なのに「宮城県立」という名前が付かない、逆張りもかくやという学校。

この気仙沼で、唯一の公立普通科高校である。

そのせいで、商工業や海洋、農業に興味がないような気仙沼近辺の子供が一同に会し、学年6クラスとそこそこの大きさと幅広い生徒層を持つ。

というか、平たく言って仕舞えば雑多と言うべきだろう。

名門大学に行くような人間も、スポーツ推薦を狙うような人間も、専門学校への進学や就職を志す人間も。陽キャやギャルから陰キャやら人見知りに至るまで、皆が集まるのである。

そして、そのお雑煮高校の最寄り駅——いや、BRT=バスであることを考えると、バス停と言う方が正しいかもしれない——が、俺の幻想的な通学路の真ん中にある。

それは即ち、同じ高校の生徒たちが一気に歩き出すと言うことであり。

バス停から先は、人混みで混雑している。

独りぼっちの隔絶された世界から、人里へとトリップしたみたいな感覚になる。


何かの文献で見たが、人の脳は他人の身体の動かし方で感情を判断できるらしい。

俺の脳さんによれば、バスから降りる人の群れは、概ね三つに見分けられる。

まず、見るからにウキウキの足取りをして、心なしか肩も揺れ動いているのが、この前入学したばかりの1年生。彼らの描く高校生像は、キラキラした青春を思いっきり突っ走る輝いた姿なのだろう。

次に、「この前の模試どうだった?」だの、「大会で勝てる気しねぇんだけど」だの、やけに現実的な話を疲れた足取りでするのが、晴れて最終学年となった、いやなってしまった、3年生だ。

あーほら、あんたらがそういう話するからキラキラの1年の顔が曇ってるぞ……。「これからの学校生活楽しみだね」と女子に話しかけてみた勇気ある1年よ、頼むから現実は見ないでくれ。

そして、そのキラキラナンパ1年坊主が救いを求めるように視線を伸ばしたのが、ウキウキというよりデヘデヘの2年生である。

まあ、その、なんだ。高校生活を謳歌している。受験が見えない時期だから、と言うこともあるんだろうが、一番人生で輝いている時期と言ってもいい。

ただ、本当の意味で輝けるのは一部の人間だけなのだが……。

そんな事はつゆ知らず、ある意味では盲目的に、ある意味では心から、その日々を謳歌しているのが、俺ら2年生。

その姿は、1年坊には尊敬と羨望の的で、3年には若さと青さの象徴となる。


さて、そんな道でひときわ異彩を放つ存在がいる。

校則で髪染め禁止を謳うこの高校に於いて、入学後の模試全国一位という圧倒的好成績で教師陣を黙らせ、金髪ボブという唯一無二の特徴を手に入れた女。

それにもかかわらず、気さくな性格とアイドルばりのルックスで校内の人気街道をひた走る学園のマドンナ。

その名を、近藤雪菜こんどうゆきな


この女こそ、俺の物語のメインヒロイン。

そして————とある人物に命じられたミッション、『1年以内に彼女をオトせ』の、攻略対象だ。

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