青い鳥

蒲公英

プロローグ

飼っていた犬が死んだ。17年生きたのだから大往生なのだろう。


ナナが我が家にやってきたのは秋のはじめの頃だった。娘の友達の家で仔犬が産まれて2ヶ月の間毎日「犬を飼いたい」と言われ続けた。はじめは娘と息子だけだったのがいつの間にか妻までもが「自分たちで世話をするというし…」などといいはじめ、子どもたちで散歩と餌やりをすることを条件に飼うことを承諾した。


7月に生まれたからという安易な理由でナナと名付けられた仔犬は短い足でコロコロと転がるように庭を走り回り、娘も息子も妻もすぐにナナに夢中になった。


ナナはあっという間に大きくなって力も強くなった。はじめは取り合うように散歩へ行っていた娘と息子も中学にあがる頃には散歩へ行く回数が減り始め、見かねた私がかわりに散歩へ連れて行くようになると気の向いたときにしかと行かなくなった。子どもはそういうものだろうと思ったのと、餌やりはきちんとしているし毎日撫でて可愛がってはいるようだったので特に何も言わなかった。私も健康が気になるようになっていたので毎日の散歩は健康的な生活になっている気がして気分が良かった。


散歩好きなナナは毎日長い距離を歩いた。私を気遣う素振りなど一切見せずにぐんぐん引っ張って歩いていたのがいつの間にか私の隣を歩くようになり、やがて私がナナに合わせてゆっくり歩き、散歩コースが短いものになっていき、立ち止まることが増えて散歩へ行きたがらなくなり、やがて動かなくなった。


県外で就職していた息子がナナの顔を見に帰ってきて、ナナに少しでも長生きしてほしいと孫と一緒にナナの好物の缶詰を手土産に良く遊びに来ていた娘も孫と一緒に泣いた。


ナナがいなくなってしまうと静かだった。近所の猫が通りかかって吠えることもなく、花壇に穴を掘られて妻が怒ることもなく、とにかく毎日が静かでつまらなくなった。


ナナがいなくなって2年が経ったある日、面影が強くて処分できず置きっぱなしにしていた犬小屋にあの子が眠っているのを見つけた。はじめは近所の猫が入り込んでいるのかと思ったが私が近付いて顔を上げたあの子はこの家に貰われてきて1年が経った頃のナナと瓜二つだった。


あの子は毎日現れるわけではなかった。数日間連続で見ることもあれば数ヶ月見ないこともあった。庭にいることもあればよく散歩で一緒に歩いた公園にいることもあった。なんの前触れもなく、決まって私が一人でいる時に現れた。


不思議とすぐに受け入れることができて次第にあの子に会うのが楽しみになっていった。


あの子が現れるようになってもう20年が過ぎただろうか。私は今でもナナと歩いた散歩コースを歩くのが日課になっている。あの子は今も初めて会った時と同じ顔をして私の前に現れる。

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