1-Ex3. ソゥラ、『分身生成』を覚える。
服屋。今日は臨時休業にして、デザイナーと店長、そして、ソゥラの3人で試着会を行っていた。
「いいですね。素敵ですね」
店長は小柄な体に背中を覆うほどの茶色のロングヘアーが特徴的で、衣服は町娘風の平凡な形で押さえている。店長の顔立ちは平凡なものの、大きな丸眼鏡に映り込む瞳の色は明るい茶色であり、中々に愛嬌がある。
「スタイルの良い冒険者が来てくれて助かった。いろいろな系統で見てみたいからな」
一方のデザイナーは、この国では珍しい猫型の獣人である。猫耳と猫の尻尾をつけたようなヒトであり、赤と緑のオッドアイが特徴的なスレンダー美人系である。デザイナーも茶色の髪をしているが、こちらはポニーテイルで髪をまとめている。
この世界には獣人に2種類ある。前述のとおり、獣から二足歩行および言語をや文字などを理解するようヒト族に近付いたものであるが、獣寄りをプリミティやプリモと呼び、人寄りをディリヴァやデリブと呼んでいる。
プリモは姿が二足歩行の獣が服を着ているのに対し、デリブは耳や尻尾などのその獣の特徴を引き継いだヒトを指す。簡単に言えば、プリモは獣度が高く、デリブは獣度が低い獣人だ。プリモは魔法を使えない代わりに力が人の数倍も強く、デリブは力がプリモより劣る代わりに魔法が使える。
「これはあ、とても楽しいですね♪」
デザイナーも店長も女性だったことと、時間もないことから、ソゥラの提案によって試着室を使わずにそのまま目の前で着替えとポージングを繰り返している。
「わぁ、素敵ですね。この腰にある大きなリボンの装飾がいいですね」
店長は白色のワンピースで着飾ったソゥラを見て、そう呟いた。白のワンピースと褐色の肌のコントラストが夏休みの美少女を想像させる。また腰にある大きな青いリボンが色のアクセントになっている。
「麦わら帽子もあればあ、これは完璧な夏休み美少女コーデですね」
ソゥラはくるっと回転して、かわいくはにかんでみる。店長もデザイナーも同性だが、思わずドキリとしてしまう。
「夏休み? 麦わら帽子か。あれは農家の被るものではないか?」
デザイナーはソゥラの言葉に反応し、デザイン資料に麦わら帽子を書き込んでみる。
「なるほど……。麦わら帽子で田舎らしさをイメージさせることで清純さを出すわけだな? つばの大きさも好み次第だが、私なら大きめの麦わら帽子を目深に被った方が好きだな。より初々しさや神秘性が表現できそうだ」
「まあ、こういう白い帽子もいいですけど、ちょっと白が多すぎるかなあ?」
ソゥラは白い帽子を被りながら、少し俯き加減にポーズを取る。彼女なりの初々しさを表現しているようだ。
「いいな。なるほど、そうか。異世界に知見のある勇者様が来てくれたから、いろいろと試したくなるな」
デザイナーは笑顔と難しい顔を器用にくるくると目まぐるしく変えながら、今まで溜めていた未公開の服を無数に広げている。
「伝統的な衣服は、実用性や機能美、その土地の特色を示すことが多い。これ自体はとてもいいことだが、私は好きな服を着るという気持ちを大切にしたい。着る服で自分を表現することがあってもいいと思う」
デザイナーは真剣な眼差しでそう呟く。語りか、独り言か、いずれにしても、店長とソゥラは縦に頷いている。
「いいですね。私も応援していますよ!」
「私も服はあ、たくさんある方が嬉しいです」
ソゥラは次の服を着ていた。
肩の露出が多いワインレッドのカクテルドレスはソゥラの妖艶さを十二分に引き出している。オプションとして、唇に紅を付けてみると、より妖艶さが増した。
「肩が出ているのは大胆! いいですけど、私ならちょっと恥ずかしいかも。スタイルも良くないと自信を持って着こなせないタイプな気がします」
店長は小柄でスタイルにも自信がないようだった。
「むしろ、店長さんのような方があ、着た方がいいと思います」
店長はソゥラのその言葉に、首から頭がどこかへ飛ぶんじゃないかというくらいに、全力で首を横に振る。
「うーん。魅力的だが、若干娼婦感が出てしまうな。もう少し装飾があって、下の裾を長くしてみれば、貴族の簡易ドレスにもなりそうだが。まあ、これが庶民にも広がるのはもっと先かもしれんな」
デザイナーは冷静にぶつぶつと独り言を呟き始める。
「ギャザーをつけたらどうでしょうかあ?」
「ギャザー?」
ソゥラの放つ言葉に、店長は理解できておらず、デザイナーは思案顔になる。
「ギャザーか。別の国で聞いたことがある。いわゆるシワだな。あえて、シワで立体感を作って、ふんわり感を出すことだろうか。そういうタイプも面白そうだな。勇者様は、やはり知識の泉だな」
デザイナーはすらすらとメモを書き残していく。
「しかし、モデルがいいから、何でも着せたくなりますね」
店長は興奮しながらデザイナーに同意を求めている。デザイナーもまた肯く。
「たしかに、ついつい、追加もお願いしたくなってしまうな」
「追加ならあ、報酬も追加してくださいね?」
ソゥラはニコリと笑いながら、店長とデザイナーにそう提案する。
「……お金じゃなくて、服でもいいかな? 素材費もあまり使えないが」
デザイナーも店長もお金はあまり持っていないのだろう。
「いいですよ♪ シンプルなものが好きですからあ。ただし、オーダーメイドでお願いしますね?」
「もちろん、最高の1作をプレゼントしよう」
「やったあ♪ それではあ、はりきっていきますよ♪」
その後、ソゥラは次々に着替えていく。肌をほぼ見せない神官服、きわどい踊り子の服装、武闘家のような伸縮性の良い服、魔法使いのローブのようなものから学校の制服、白いブラウスに紺のミニスカート、ゴスロリドレスまで様々なものを着ていく。
しかし、まだまだ積み上げられている服はある。彼女が着られないサイズを除いたとしても、店長とデザイナー、そして、ソゥラの品評を交えてとなると、1日で終わる気配もない。
「ソゥラさんが3人とかいると、いいんですけどね」
店長が冗談でそんなことをつい呟いてしまう。
「そうですね。私があ、たくさんいるといいのですけどね」
ソゥラも自分が増えるイメージをしながら、店長の話を笑って返していたその時である。彼女の身体が急に熱くなる。
「うっ」
「どうした?! 急病か?!」
「どうしましょう! どうしましょう!」
「いえ、待ってください。これはあ、もしかして。もしかすると!」
次の瞬間、ソゥラからソゥラが出てきた。
「えっ。ソゥラさんが……4人?」
ソゥラが心配そうにしている店長に笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ。どうやらあ、この世界でのスキルを覚えたようです。『分身生成』と言ったところでしょうかあ」
オリジナルのソゥラがその言葉を発した後、残りの3人は自己紹介を始めた。
「よろしくです! 戦闘はあ、ガンガン行くタイプのソゥラです!」
「よろしくお願いしますね。戦闘はあ、いろいろするタイプのソゥラです」
「よ、よろしくお願いします……。戦闘はあ、いのち優先タイプのソゥラです……」
まるで某ゲームの作戦名のようなタイプ分けをしたソゥラたちがそれぞれらしい笑みを浮かべている。
「よし、人数も増えたんだ。少し回転率を上げていこう!」
「この状況によく順応できますね……」
デザイナーの意気揚々とした言葉に、店長は驚きすぎて表情が固まっている。
「勇者様なんだ。面白いことがあってもおかしくない。それよりもスピードアップだ」
「デザイナーさんの言う通りです。ここはあ、私のスキルを利用しましょう」
オリジナル、ガンガン、いろいろが順番に着替えていき、いのちが3人の着替え補助に回って、3交代制でドンドン進めていった。さすがに3倍の速さにはならなかったものの、溜まっていたストックがほとんど消化することができた。
「それではあ、私たちはここまでで。またいつでも呼んでくださいね」
「バイバイ!」
「それでは……」
分身たちもまたオシャレができて満足ができたようだ。
「勇者様、ありがとう。これは依頼成功のサインだ。ギルドに持って行ってくれ。あと、服は何がいいんだ? 4着プレゼントだ」
「本当ですかあ? やったあ。それでは……」
ソゥラはデザイナーの言葉に甘えて、正確に採寸をしてもらい要望を伝えた。
「これを最優先にするが、それでも、3日ほど待ってほしい」
「はあい。楽しみにしていますね」
そして、ソゥラは意気揚々とお店を出て、宿へと戻っていった。
「……世界はいろいろなことがあるな」
「そうですね。というか、いまさらそこまでびっくりされているのですか?」
「まあな。そりゃ、びっくりするもんはびっくりするさ。さて、では、いくつかはサイズラインナップを増やして出そう。あと、贔屓にしてくれそうな客には愛想良くしないとな」
デザイナーはソゥラの要望をイメージにしてすらすらと描いていく。
「分かりました。ガンガン売っていきましょうね! 庶民オシャレ化計画を達成しましょう!」
店長とデザイナーもまた意気揚々と仕事に取り掛かった。
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