1-17. 『罠師』、力試しにならない。

「魔法は分かるか?」


「簡単になら分かりますが、もしよろしければ、教えてください」


 エクサムがケンとソゥラに魔法について話しかけ、ケンが彼に教えを請うた。


「いい心がけだ。謙虚と素直は成長に繋がるしな」


 受付嬢はエクサムこそ謙虚にしてほしいと切に願っている。


「魔法は元々「無」だ。「無」属性の魔力に属性を付与することで属性魔法を使うことができる。付与できる属性は、「火」、「水」、「風」、「土」、「光」、「闇」の6つであり、それらと元々の「無」、計7つが属性と呼ばれる」


「7属性ですか」


 ケンはポピュラーと感じた。変な派生属性がないだけ助かるといった表情である。


「そうだ。魔力は自分の体内にあるものを使うことが一般的であるが、自分の周りから魔力を引き寄せる方法もあり、掛けられる時間や魔法のレベルと質などで手段を使い分けることもある」


 エクサムは鼻高々に説明していく。やがて、全員が開けた場所に着く。


「ここだ」


 ケンとソゥラが通されたのは、冒険者ギルドの横にある灰色の石壁に囲まれた広い訓練施設だった。広い訓練施設と言っても、ダンジョンのガーゴイル部屋よりは狭く、形が長方形に近い。地面は舗装されておらずに土がむき出しで、背の低い草が所々に生えている。


「試験のルールは簡単だ。俺はこの円から一歩も動かずに魔法を打ち続ける。俺がこの円から一歩でも出るか、もしくは気絶したり、ギブアップと言わせたりすれば合格だ。君たちは一人ずつ順番に、俺と逆側の端からスタートしてもらう。魔法を使うもよし、魔法を避けて近付くもよしだ」


 試験官のエクサムがひとしきり説明し終わった後、ケンが手を挙げた。


「どうした?」


「遠距離攻撃は、魔法以外でもいいですか?」


「いい質問だ。ん? だが、弓は持っていなさそうだから投擲武器か? あぁ。構わない。ただし、できれば殺傷力を下げてもらいたい。あくまで模擬だからな。何かの間違いで大怪我するのは勘弁だ」


 受付嬢はナイス補足と心の中でエクサムを褒めた。


「分かりました」


「いい返事だ」


 次にソゥラが手を挙げた。


「どうした?」


「失格になるのはあ、大怪我以外にありますかあ?」


「いい質問だ。合格した後に俺に追撃するのも模擬戦闘による試験という意味で失格だ」


「分かりましたあ」


「いい返事だ。……まずはどちらから来るんだ?」


 ケンとソゥラはお互いにお互いを見た。すぐに彼女がニコリと笑ったので、彼はどうぞお先に、といった手振りを示す。


「私からあ、行きますね。よろしくお願いします」


「色っぽい嬢ちゃんからか。見るからに近接系戦士だな。よろしくな」


 エクサムは自分の立ち位置に着き、木の枝のような杖を2本取り出して両手に1本ずつ装備する。ソゥラは演習場をゆっくりと見ながら、自分の位置へと向かった。


「ほう。エクサムさんは連射タイプかな」


「あら、分かりますか?」


 ケンがそう呟くと、隣に立っていた受付嬢は少し驚いた表情をしながら質問した。


「あ。はい。杖を2本も持っているからってだけの推測ですけど。後、エクサムさんは用意周到ですね」


「え?」


 受付嬢は続けて驚いた。


「あの円、魔力を帯びているように見えます。つまり、魔法陣になっていますね。詳細は分かりませんが、おそらく、自分の魔力以外に周りからの魔力を効率良く吸収して使えるような魔法陣だと思っています」


「なるほど。でも、魔法陣にも種類がありますよ? それに、威力を強化する魔法陣が一般的かと」


 受付嬢はわざとケンに間違った説明をしてみた。何故なら、彼の推測は間違いなかったからだ。今まで何度も試験を見てきた彼女は、エクサムのやり方を熟知していた。


 彼女は彼がその説明を受けて惑うかどうかも見てみたかった。


「その可能性もありますね。たしかに連射タイプの欠点は、魔力切れのほか、威力不足です。無詠唱は連射できる分、威力が低いですからね」


 ケンは一呼吸置いた。


「ただ、これが模擬戦闘という性質、あと、先ほどの説明も含めて考えれば、試験官が威力を上げることは考えづらいですし、周りの魔力を効率良く使って、試験官のギブアップを避ける方が選ばれるかなと」


 ケンの回答は完璧だった。


「やっぱり免除にした方がいいような……」


「ん? 何か仰いましたか?」


 ケンの問いに、受付嬢は首を横に振った。


「準備できましたあ」


「それじゃ開始だ! ファイアボール!」


 エクサムは構えてからすぐさま、ソゥラに向かって杖を2本とも向け、その先から迸るバスケットボール大の火球数発を次々に放っていく。彼女は連続でやってくる火球たちを避けもせずに直撃を受けた。彼や受付嬢は避けるものとばかり思っていたので驚きの表情が隠せない。


「おい。大丈夫なのか?」


 エクサムは、一旦、魔法の発動を止めた。


「あれ? もう終わりですかあ? 別に攻撃を受けても失格ではないですよね?」


 ソゥラは何事もなかったかのように傷も火傷も負った様子がなく、ただただ突っ立っていた。


「は? 無傷? バカな! ファイアボール!」


 エクサムは再び火球を矢継ぎ早に放ち続ける。彼は2つの杖の先端から連続で数十発以上打ち続けていく。それに対して、ソゥラは気にした様子もなく、ずんずんと一歩一歩と進んで彼に近付いた。なおも打ち続ける彼は何が起こっているかが理解できていない。


「バカな! 無詠唱の初級魔法とはいえ、もう今で100発以上受けて、無傷で迫ってくるなんて、どういう装備や身体をしてんだ!」


 ソゥラの防具は、ただ露出が多いだけの女戦士用の防具ではない。神秘の鎧という強力な防具であり、魔力による攻撃から守る不可視のベールで肌や防具を覆っている。そのため、多少の魔法攻撃なら無効化できる上、寒さや暑さにも耐性が付く優れものである。


 さらに彼女は、基礎能力も攻撃型前衛で攻撃力寄りの構成ではあるものの、防御力にしても5つの世界を救った勇者のレベルであり、常人とは比べても仕方がない。


「ふぅ。そろそろ着きますよ」


「く、来るな! ブレイズアロー!」


 エクサムは思わず炎属性の中級魔法の1つブレイズアローを無詠唱連射する。ブレイズアローはファイアボールが2つ分の大きさ程度で敵に向けた側が矢のように先端の尖っている魔法だ。ブレイズは、ファイアに比べて継続効果が高く、着弾した箇所でしばらく燃え続ける。


「嘘だろ?」


 しかし、ブレイズアローにして何が変わったのかというと、エクサムの魔力の減り具合が激しくなったことと、ソゥラの身体の周りがほとんど燃え盛って火だるまになっていることくらいである。彼女は火だるまの状態にも関わらず、特に気にした様子もなく彼の方へ向かって行く。


「ギブアップしないですかあ?」


「っ! 今だ! ガストウォール!」


 突如、エクサムの杖から突風が吹く。ソゥラを突風で吹き飛ばそうと考えたようだ。彼女が纏っていた炎は、強い風を受けて一度大きく広がった後にあっという間に消えていく。


「ったく、驚かせやがって……えっ!」


 ソゥラは最初だけ少し仰け反って数歩ほど下がったが、体勢を立て直した彼女は突風吹き荒れる中、エクサムの目の前に再度立った。彼女の髪の毛はボサボサに逆立ち、顔も風で少し面白いような怖いような表情になっている。


「ヒイィィィィィィィッ!」


「こらああああああ! 人の顔見て、悲鳴を上げるなあ!! もー! ギブアップしないんですかあ?!」


「ギ、ギヴァップゥゥゥゥゥゥゥッ!」


 ソゥラがエクサムを捕まえようとする瞬間に、彼はそう叫ぶ。彼の杖から突風が止み、彼はあまりの恐怖に膝から崩れ落ちた。


「合格ですね。やったあ! 次はケンですね!」


「そうだね。よろしくお願いします」


 ケンが自分の位置へ動こうとした。受付嬢はエクサムの方を見るが、膝が崩れ落ちたままで戻らないようだ。


「勘弁してください!」


 エクサムはそのままの体勢、つまり、土下座のような体勢のままで懇願し始めた。


「え、いや、そんな、人をいじめっ子みたいに言わないでください」


「勘弁してください! ギブアップです! なので、合格です! 合格ですから!」


「でも、まだ受けてない……」


 ケンはエクサムの魔法に少し興味があったようで、残念そうな顔を隠せていない。


「お連れに完っ全に歯が立たなかったんだから、同じことだ、いや、同じことです!」


 連れが強ければ強いわけではないが、今回に限っては間違っていない。


「まあ、試験官がギブアップと言えば合格、というルールですから」


 受付嬢はエクサムに助け舟を出し、残念そうにするケンを説得した。

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