1-16. 『罠師』、冒険者ギルドに現れる。

 ケン、ソゥラ、アーレスの3人は歩きながら、ギルドについて話している。


「ギルドはこの世界において、同職業の世界規模のコミュニティと考えれば理解が早いですね」


「うーん。コミュニティか」


 アーレスの説明に、ケンは思案顔になる。


「はい。加入の有無は自由です。ただ、冒険者なら冒険者のギルドに、商人なら商人のギルドに入ることによって、多くの恩恵を得ることができますね」


「たとえば?」


 ケンは合いの手を入れるようなタイミングでアーレスに言葉を返す。


「えーっと、たとえば、冒険者ギルドを例にとると、依頼者との依頼仲介や依頼受注時の即席パーティーの仲間集め、依頼外の戦利品の鑑定および売買補助、汎用武器および防具の売買や修理、大陸外の現状などの多くの情報などでしょうか」


「それはあ、便利そうですね。すぐに登録できるんですかあ?」


 ソゥラは手間の掛かるものを任せられそうな雰囲気に喜びを隠さない。


「私は特殊ルートなのでギルドで試験みたいなものは受けてないですけど、たしか、各ギルドいずれも一応の登録試験がありますね。ただ、難しくはないと思います」


「そうなの?」


「はい。多くの人々は15歳の成人前後になれば少なくとも1つのギルドに所属しているんです。もちろん、複数のギルドに加入していてもよくて、兼業冒険者が多く存在しています」


 ケンの質問にアーレスは首を縦に振る。続けて、彼女が口を再び開く。


「兼業冒険者の多くは、地元で生まれ、地元で育ち、地元で依頼をこなします。彼らはその戦利品を元に何らかの生産をして、商人に自身の生産品を納品します」


「ふむ」


「その中には家族全員で役割分担をして、材料の調達から生産、販売まで一貫して行う者たちもいる。そのため、冒険者ギルドは、旅や冒険をしない狩人のためのギルドでもあります」


「なるほど。よく分かった。やっぱり、この世界の情報は世界の住人から聞いた方がいいね」



 冒険者ギルド。冒険者の朝は農家同様に早い。理由として、依頼は1日単位であることが多く、朝早くから受けた方が時間的に余裕も生まれるからだ。今、朝の依頼受注ラッシュが終わったこの時間帯は閑散としている。この後は早ければ、昼過ぎごろに一狩り終わった冒険者が達成報告に来るため、今の時間帯にドアが開くことは割と珍しい。


「おはようございます……っ」


 開いた扉と同時に挨拶をしたギルドの受付嬢はエルフのような姿だった。彼女は肌の白さに似合った金髪碧眼に先端の尖った長い耳、そして、スラっとしたスレンダーな容姿をしている。衣装は少しゆったりとした青みがかった白を基調としたローブであり、装飾品の類は身に着けていなかった。


「おはようございます」

「おはようございまあす」

「おはようございます」


 しかし、受付嬢はギルドに入ってきたケンとソゥラを見るなり、その魔力量の異様な多さとその異様さを上手く隠蔽していることに驚いた。そして、もう1人が2人に隠れたような状態でいることも分かった。その3人は真っ直ぐ受付の方に向かっていく。


「依頼の受注でしょうか? それならば、まずはあちらのボードから……」


「すみません。私たちは、依頼を受注する前に、冒険者としての登録に来ました」


「……えっ……」


 受付嬢は目の前のギルドに未登録ということで再び驚いた。元冒険者、しかも割とレベルの高かった彼女から見ても、過去一の自分以上の強者である。それが今まで未登録とは、にわかに信じがたいものの、少なくともここでは初顔であることも間違いない。


「っと、そうでしたか。失礼しました。では、冒険者の登録ですね。ご存知かもしれませんが、登録の際には試験があります」


「おー」


「見事なまでの様式美。素晴らしい。どのような試験ですか?」


 ソゥラは感嘆の声を漏らし、ケンは嬉しそうに受付嬢に訊ねた。彼女には何が素晴らしいのかがまったく理解できなかった。


「2つあります。1つ目は、最低ランクであるEランクの採取クエストを達成すること。2つ目は、ここで試験官との模擬戦闘を行って合格すること。いずれかを選んでいただきます」


「試験内容が2つあって、私たちが選べるのですかあ?」


 ソゥラが慣れた感じでそう質問した。


「はい。お選びいただけます。非力な方や成人前の方は採取クエストを選ぶことが多く、それ以外の方は腕試しも兼ねて試験官との模擬戦闘を行います」


 受付嬢は内心、採取クエストを勧めたり、そのまま試験免除で通したりした方がいいのではないか、とも思ったが、ルールを破るわけにもいかず、そう提案するしかなかった。


「ちなみに、今の私たちには関係ないことですが、成人前でもギルドへの登録が可能なのですね?」


「はい。保護者が同伴し、この場で同意書を記載いただければ、可能です。とは言っても、冒険者ギルドではあまりないですね。商人や運び屋などの商業系ギルド、鍛冶や裁縫などの技術系ギルドでは、幼い頃から登録する方も多いですね」


「なるほど。ありがとうございます」


 ケンとソゥラはお互いにお互いの顔を見て頷いた。


「そういえば、試験の選択ですよね。やはり、私たちも腕試しをしたいですね」


「……そうですよね」


 受付嬢は試験官を少し不憫に思いつつ、試験官を呼び出すことにした。


「あ。その前に、ちょっといいですか?」


 ここで、その2人の後ろにいたアーレスが2人の隣に並んだ。この時ばかりは、いつもの藍色の口当てを外し、顔を見せた。


「え? ……ええっ! 勇者候補のアーレス様?」


 受付嬢は、壁に貼ってあった人相書きと目の前の顔を思わず3往復した。彼女は、失踪扱いになっていた勇者候補のアーレスが出てきたことで三度驚く。


「はい。アーレスです。お手数をお掛けするのですが、冒険者として登録がまだ有効なのか、あとはランクについて確認が取りたいです」


「少々お待ちください。アーレス様についてはギルド支部長とお話をお願いします」


 やがて、冒険者ギルドのウィルド城下町支部の支部長が受付嬢とともに奥からカツカツという靴音を立てて出てきた。支部長は細身ながらも引き締まった身体をした男だった。


 彼はロマンスグレーの短い髪が揺れ、日に焼けた肌色によって健康的に見せつつ、存在感のある金縁の眼鏡とシャツやスラックスのようなズボン、革靴によって、冒険者というより知的な事務員のように見える。


「ようこそ、アーレス様、ウィルド城城下町支部へ。支部長のガームです」


 ガームは笑顔でアーレスと固い握手を交わした。


「ガームさん? もしや知り合いにグームさんはいますか?」


 ケンは少し見覚えのある顔つきと似たような名前に思わず反応して訊ねた。ガームもその名前に反応する。


「おや、そちらの方は、グームをご存知ですか。グームは私の弟です。冒険者としては、まあ、あまりパっとしませんが、身内びいきでしょうけど、誠実な良い男です。っと、そのグームが何か?」


 ガームは弟の話題が出たからか、先ほどとは違う雰囲気の笑顔になった。


「先に自己紹介を。私はケンと申します。そして、彼女はソゥラ。いえ、グームさんとは、先日にここまでの道中にお会いしたものですから」


「そうですか。ケンさんにソゥラさん、よろしくお願いします。グームには、次に会ったらお伝えしておきます」


 ケンとソゥラもまた、ガームと固い握手を交わした。


「しかし、なんというか、アーレス様のお連れ様お二人も強そうというか、失礼ながら、アーレス様より強そうですね」


「間違いないです。私の師匠ですから」


 アーレスのその言葉に、ガームは少し驚いた表情をした後、先ほどの笑顔に戻って話を続ける。


「そうでしたか。重ねて失礼ながら私はケンさんやソゥラさんのことを存じていませんが、さぞ高ランクの冒険者なのですね」


「いえ、今日、冒険者登録に来られました」


 すかさず、受付嬢がガームにそう説明した。ガームの顔が少し困惑気味の笑顔になる。


「え、未登録? え、まさか。いや、それより、これからまさか試験ですか?」


「はい。腕試しに試験官との模擬戦闘を希望されています」


「……そうですか。せっかくなら強い試験官で腕試しをしてみていただきたいところですが、あいにく今、強い者が数人出払っている状況です」


「そうですかあ」


ソゥラは少し残念そうな声で呟いた。


「それでも、今、この支部で手配可能な一番強い者にしましょう。本当はあなたでしょうが、今は受付嬢ですから、別の方をお願いしますね」


「承知しました」


 ガームはそう伝えて受付嬢の返事を確認した後、アーレスを連れて奥の支部長室へと向かう。受付嬢は彼の余計な一言に少しざわついたが、ホッと胸を撫で下ろした。


「試験の手配、ありがとうございます」


「いえ、少々お待ちください」


 その後、受付嬢がケンやソゥラのいる場所に戻ってきてからしばらくして、青色のローブを纏った男が現れた。


 男は見るからに魔法を使う風体だ。先ほどのガームとは打って変わって、目まで隠れる黒い重たそうな髪と、病的なまでに白い肌が印象的で、あまり外へ出ないような雰囲気を出している。顔と中年太りの体格からして30代後半と言ったところだ。


「試験官のエクサムだ。冒険者ランクはCランクで、最近は主に試験官をしている。とはいえ、現役Cランクにも後れは取らないぞ。何故か、支部長から試験は本気を出せと言われているから容赦しないからな?」


 エクサムの話し振りは少しばかりつっけんどんな感じだが、無愛想でこのような喋り方をするタイプのようだ。


「お願いします」

「お願いしまあす」


「…………」


 受付嬢は、容赦してもらうのはエクサム、あなたの方です、とも言えず、自分と相手の実力差に気付けていないエクサムの身を案じるばかりだった。

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