5-14. 花見は花より団子で

 メイリの上げた声は決して悲鳴ではなく、驚き混じりの歓声といった様子である。続けて、リゥパやコイハ、キルバギリーも目の前の何かに圧倒されたように立ち止まっている。


「どうした! メイ……リ……あぁ……たしかに、これはすごいな……」


 ナジュミネも追いついてメイリの視線の先を見ると、自分たちが若干小高い位置におり、眼下に映し出される光景に思わず息を零して驚いた。


 それは桜だった。


 ただし、種類は何十種にも及ぶ。白、薄紅、紅、濃紅の紅系だけでなく黄緑や緑などの色も多くあって、一重も八重も菊のように広がっている花形まであった。散り始めている種類もあれば、これから咲くだろうとつぼみがようやくほころび始めようとする種類もある。


 それが何百本も入り乱れながら咲いている風景は圧巻の一言であり、この風景を感動もなく見る者は一人としていないだろうと誰しもが思えるほどの美しさだった。事実、普段は花にそれほど興味を示すこともないメイリでさえも、この光景に興奮を覚えずにいられなかったようで駆け下りたい気持ちでいっぱいになっている。


「綺麗ね」

「綺麗だな」

「綺麗です」


 リゥパ、コイハ、キルバギリーも綺麗以外の言葉を呟くことはなく、呆けていると言われても否定できないほどに桜の咲き乱れる光景に見惚れていた。


 樹海に住んでいたリゥパでさえも自分の活動範囲外の樹海はよく分かっていない。それほどまでに樹海は広く、様々な種類の動物や妖精たちがある種の縄張りを持って生活している。樹海を隅々まで把握しているのは、妖精王であるケットのほか、クー、アルなどの上位の妖精たちくらいであった。ようやく、ムツキが数年を掛けて樹海の管理者として把握してきたところだ。


「お、やっぱ、ここはこの時期、綺麗だよな。いろんな桜があって」


「さくらと言うのですか? 綺麗ですね」


 誰も知らない雰囲気に、ムツキは少しだけ優越感を覚えながら嬉しそうに語り始める。


「俺の前にいた世界ではそう呼んでいたんだ。特にこの時期に薄紅の花びらが散る光景を見ると、いろいろなものの終わりや始まりを連想させるんだ」


「終わりと始まりですか。この花たちも終わりそうなものもあれば、始まりそうなものもありますものね」


 ムツキの意味深な言葉にサラフェが感受性豊かに反応して思いを馳せている。


「始まることの方が多いけどな。さて、ここで休憩、花見だぞ」


「花見?」

「花見?」

「花見?」

「花見?」

「花見?」

「花見?」


 ムツキの言葉に女の子たちは全員きょとんとした顔で彼の方を見る。彼は彼女たちに向かってゆっくりと頷く。


「そう、花見。その名の通り、花を見て愛でる催しだ。桜の咲いている様や散り様を眺めながら、ご飯や酒をともに分かち合って楽しむ催しなんだぞ」


 ムツキが女の子たちにそう説明している間に、妖精たちはテキパキと場所を見つけてから大きく広いシートを広げて荷物を置き、それぞれが滞りなく支度をどんどん進めていく。


「さ、酒が出るのか!?」


 ナジュミネは鬼族ゆえかお酒に目がない。しかし、お酒に強いかとなると決してそうではなかった。飲む量も多いし、翌日に残すこともほぼないが、酒癖が悪く、飲み過ぎると絡み酒が発動してしまうのだった。


「え、ナジュミネに飲ませるの?」


「……あ……やはり、ダメ……だよな……」


 ナジュミネも周りから指摘されているだけでなく、多少の酔っているときの記憶や絡み酒の自覚があるので止められてしまうと手が止まってしまう。ただし、すごく悲し気な顔をして、後ろ髪を誰かに全力で引かれるような思いをしながら諦めることが多い。


「いや、今日は俺が何とかする! せっかくの花見だ! みんなに楽しんでもらいたい! 任せろ!」


 ムツキは胸を張って、ナジュミネの絡み酒処理係を買って出た。


「旦那様! 大好きだっ!」


「まあ、最初からムッちゃんが絡まれているならいいか」


 ナジュミネが嬉しさのあまりにムツキに抱きつき始めたことを横目に、リゥパは仕方ないといった様子で渋々その条件を了承した。


 理由は、ナジュミネの絡み酒の終着地点はいつもムツキだからだ。序盤に周りの女の子にムツキとのエピソードを話し始めたり、自分がムツキにきちんと好かれているかを知りたがったりした後、終盤にはムツキに絡みに行って話をして、ついでに夜の営みも流れでするのである。


 つまり、ムツキが最初からナジュミネの相手になるのであれば、女の子たちに実質被害がない。


「たまには姐さんも羽を伸ばさないとね」

「まあ、ハビーが何とかするだろう」


 メイリもコイハもムツキがどうにかするならよいかということで了承する。


「さあ、準備ができたぞ! 花見の開始だ! 乾杯!」


「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」

「にゃ!」

「わん!」

「ぷぅ!」


 ムツキや女の子たち、そして、全ての支度を終えた妖精たちも含めて、全員で花見を開催し、心行くまで花見を楽しんだのであった。

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