5-13. 調査は静かより賑やかで

 樹海の調査は多岐に渡る。


 目に見える異常や魔力の澱みを探すのはもちろんのこと、負の魔力から出現する魔物の退治、そこに棲む動物たちや妖精たち、植物たちが前の調査から変化していないかなども調査の範囲に含まれる。


「今日はまさかのユウ様以外、女の子が全員来るなんて。さすがムッちゃんパワー」


「そうですね。マスターが全員に直接声を掛けていましたし、まさかのサラフェにも今回ばかりは来てほしいと、いつになく強引に誘ったくらいですからね」


 ナジュミネが来る前はムツキと精鋭の妖精たちが調査をしていたが、ナジュミネが来てからナジュミネも加わり、さらに、リゥパやメイリ、コイハ、キルバギリーまでもが代わる代わるで調査や探検やピクニック、ムツキとのデートの代わりくらいの気持ちで参加していた。


 唯一、サラフェは虫が苦手ということもあって避けていたのだが、今回、ムツキがどうしても来てほしいと言うので、渋々、男性貴族のハンティングコーデをベースに少しだけ女性らしいコーディネートを取り入れて参加していた。


「みんな、大丈夫か?」


 ナジュミネも最初の数回は中々歩くことに精一杯の様子だったが、今ではすっかりと妖精たちとともに先頭に位置することも多かった。彼女ががんばっているとムツキがすごく褒めるので、彼女はそれが嬉しくて毎回がんばっているのだ。


「姐さん、さすが。ダーリンと毎回一緒に調査しているだけはあるね」


「おーい、ナジュ。あまり張り切ると後ろがついて来られないぞ」


 後ろというのはサラフェと全体の様子を見ているムツキ、そして、最後尾を務める妖精のことである。サラフェがどうしても不慣れなためか思うように進めないようで、周りに迷惑を掛けまいとがんばっているが、どこか危なっかしい足取りだった。


「たしかに、そうだな」


 ナジュミネは少しゆっくりとし始め、メイリやリゥパと合流する。そのやや後ろに前後左右を注視するキルバギリーとコイハとがいて、その後ろにムツキやサラフェがいるような状況である。


「これは……木の根が張り出していて中々歩きづらいですね」


「サラフェ、大丈夫か?」


「ええ、サラフェは森林での戦闘訓練も受けています。さすがに足手まといには、きゃっ!」


 サラフェが言いきらない内に木の根に足を取られて体勢を大きく崩すと、ムツキはすかさず彼女を抱きかかえるようにして助けた。


 心配そうに覗き込む彼の顔が目の前にあるために、彼女の褐色肌の顔は赤みを帯びながらもどのような表情をすればいいか分からずに恥ずかしそうな顔つきのままで固まってしまっている。


「サラフェ、大丈夫か? ケガはないか? 無理はするな? このまま抱きかかえて行こうか?」


「抱きっ!? いえ、大丈夫ですから……ありがとうございます」


 サラフェは周りの目もあるし、何より自分の心臓がもたないかもしれないと思い、ムツキの申し出を断って、早々に地面に足をしっかりとつけて立つ。


 ムツキは心配そうにしながら少しだけ先を歩いて、大きな木の根を超える所に至って、彼女に向かって手を差し伸べる。


「ほら、手、ちょっと高さあるから」


「そうですね、ありがとうございます」


 ジャンプで大きな木の根でも飛び越えられると思いつつも、飛び越えた先でまたバランスを崩して支えられてしまっては今度こそ有無も言わさずに抱きかかえられてしまうと思ったサラフェは大人しくムツキの手を取ることにした。


「…………」


 その仲睦まじい姿を遠くから羨ましそうに眺めているのはナジュミネだった。いつもの凛とした彼女の顔も眉根が少しだけ下がってしまい、寂しそうに物欲しそうに見つめている。


 メイリやリゥパならば、そこで露骨なまでに分かりやすい演技もしてムツキに近寄ろうともするし、構ってもらおうともするが、彼女はしっかり者として褒められたいという気持ちもあるため、そこまでの立ち回りができない。


「あぁ……自分も拙く歩ければ、ムッちゃんに手を貸してもらえるのに……とか思っているわね?」


「……でも、ダーリンには頼られたいから、下手な真似はできないし、いまさら不慣れな感じを出したところで……とも思っているよね?」


「……二人とも、妾の心の中を読まないでくれ」


 ナジュミネの気持ちが足の運びにも表れており、彼女の足取りは段々と遅くなって止まりそうになっている。


「誰がどう見てもそう見えるくらいにバレバレなのよ……」


「まあ、姐さんの気持ちは僕も分かるよ!」


「……調査は妾と旦那様だけで十分なのに」


 ナジュミネはうっかりと本音を漏らしてしまう。もちろん、リゥパもメイリも彼女を元気付ける意味も込めて、ここぞとばかりに笑みを浮かべて反応する。


「まったくもう、聞こえているわよ? ナジュミネばかりに二日も三日も独り占めにさせるわけがないじゃない?」


「そうだ、そうだー」


「……まあ、そうだな。妾が逆の立場ならばそうしているから何も言えん」


 すっかりと元に戻ったナジュミネは礼とばかりに笑みを2人に返した。


 リゥパはナジュミネに手を軽く振りながら、木の枝へと跳び上がる。彼女はエルフ、森の人と言われる種族であり、樹上生活にも慣れていて木の枝から木の枝へと渡り歩くことなど造作もないのである。


「ほらほら、完全に足の動きが止まっているわよ?」


「姐さんより先に行くぞー」


「そうね、お先に」


 メイリが突如駆け出して妖精たちも抜かして先頭を突っ走り、リゥパも彼女を追いかけるように進んでいく。


「あ、待て。先頭は妾が旦那様に任され……っ!」


 ナジュミネは咄嗟に追いかけようとして足を滑らせてしまう。


「っと、大丈夫か?」


 しかし、ナジュミネは地面に手をつくこともなく、ムツキに抱きかかえられていた。彼がもの凄い勢いで彼女のところまで駆け寄ったのだ。


「最近、転ばなくなったと思ったのに珍しいな。油断大敵だぞ?」


 ムツキは少しからかい気味の笑顔でナジュミネを見る。


「あっ……うん……あ、すまぬ。油断をしていた。もう大丈夫だ、先に行く」


「気を付けてくれよ? あと、メイリとリゥパも見てやってほしい」


「ありがとう。それと、2人について、委細承知した!」


「うわああああああっ! すごおおおおおいっ!」


 ナジュミネが体勢を立て直してムツキから離れた直後、メイリの驚きの声が周り一体に響いた。

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