1-34. ただのエルフと思っていたらエルフの姫だった(4/5)
「ところで、旦那様。なぜ先ほどはリゥパになされるがままになっていたのだ? 婚約者とはいえ、人前で臆面もなくあのような不埒な真似をした理由を、理解力が不足している妾にも分かるようにどうか説明してもらえるだろうか?」
ナジュミネがそれはそれとして、と言った感じでムツキの先ほどの対応に疑念もとい怒りを抱いていた。後ろからゴゴゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうな雰囲気の笑顔と、持って回った丁寧な言い回しが少し怖く見える。
「え? 怒っているのか? ごめん」
ムツキが何かに気付いてナジュミネに謝るも、それは彼女の神経を逆撫でするだけだった。
「いやいやいや、妾はこれっぽっちも怒っておらぬぞ? 何かしら理由があるのだろう? そうでなければ、妾の目の前であんなうら……コホン……あんな不埒な行いはできぬはずだろう?」
ゴゴゴゴゴゴゴという擬音はより大きく感じる。今にもナジュミネの感情のロケットミサイルがムツキに向かって発射されるだろう。
「……それも条件の1つなんだ。リゥパからの要求には、誰かの生命の危険や尊厳の損なわれない範囲なら応えないといけないことになっている。だから、ナジュの尊厳が損なわれる伴侶の順番はリゥパでも押し通せないが、キスやまあ、その、なんだ、それ以上のこともよほど突拍子もない要求じゃない限り、俺からは拒めない」
ナジュミネの背後の擬音がプシューっという音に切り替わった。彼女なりにムツキの説明に納得したようだ。
「そういうことよ」
「左様です。マイロードとエルフ族とは、ユウ様の見ている前でいくつかの条件の下に契約を結んでいます」
ムツキ、リゥパ、アルまでもそう言ったことで、ナジュミネは小さく溜め息を吐く。
「とんだ条件だな。その時点で旦那様の尊厳が損なわれている気もするが……」
ナジュミネはムツキを心配するも、当人たちが納得した条件での契約であれば、これ以上の口出しをする理由もない。
「安心してくれ。本当に嫌なら拒否もできるさ」
「……さっきのは嫌じゃなかったんだな?」
「……あー、いや」
「あらら、私とのキスは嫌……なの?」
「いや、そんなことは……」
ムツキは完全に墓穴を掘っていた。口は災いの元である。
「……リゥパ。でも、今日は一体どうしたんだ? 今まで、あんな大胆なことはしてこなかっただろ? それどころか、俺に触ろうともしなかったじゃないか」
ムツキは強引に話を切り替えた。
「……ムッちゃんがいつまで経っても迎えに来ないからよ? 忘れられたのかと思って不安になっちゃったわ」
リゥパは胸に手を当てて、寂しそうな顔をする。これが迫真の演技なのか、率直な思いの発露なのかは誰にもわからない。
「それはさっきも言ったけど、俺が25歳にならないといけないから」
「それは、父との、エルフ族との約束だから、私を娶るの? それがなかったら、この話はなかったのかしら?」
「いや、俺もリゥパが側に居てくれるのは嬉しいし、正直、いろいろと、そのなんだ、ま、いろいろと考えるわけだけど、それでも、しきたりは大事なんだろう?」
あくまで、彼らのしきたりに準ずると言わんばかりのムツキに、ナジュミネまでも少しやきもきし始めた。
リゥパはたった一言欲しかっただけだ。しきたりなど関係なく、いつだってお前が欲しい、と。しかし、この少しばかり鈍感な男から引き出す術は持ち合わせなかったようだ。
「……旦那様。乙女心は複雑なのだ。いくら旦那様でも理解できないから諦めろ。ただ1つだけ言えることは、ほったらかしにされて不安になる者はいても、嬉しい者などいないということだ」
ナジュミネはたまらずリゥパの味方をする。リゥパは少し驚いた顔をする。
「ナジュミネさん……」
「ナジュミネでいいと言ったはずだ。私もリゥパと呼んでいるからな」
ナジュミネは握手を求め、リゥパもそれに応える。お互いに敵対関係になるより、協力関係を持って、ムツキに臨んだ方が良いと理解できたようだ。
「ナジュミネ。それでも、私、負けないわ」
「リゥパよ、当然、妾は負ける気などないぞ」
2人が仲の良い姿を見せるので、ムツキは一安心した。アルは、安心している場合ではないと思ったが、ムツキに伝えることなく、場の雰囲気を理解した上で喉奥に飲み込んだ。
「それはそうと旦那様。もう1つ言いたいことがあった」
「なんだ?」
「いくら容姿が良くて、優しくて、強くても、あまりに鈍感だとモテぬぞ」
「そうよね。たしかに、鈍感すぎるとモテないわね。ムッちゃんは素敵なところがいっぱいあるのだけどね」
ナジュミネとリゥパは顔を見合わせてお互いに頷いていた。
「うぐぅ……。2人で俺をいじるのはやめてくれ。1人でも敵わないのに……」
ムツキはがっくりと肩を落としている。しかし、モテないと言っている女性たちにモテているのだから、肩を落とす必要は全くない。
「ふふっ」
「んふっ」
「ははっ」
3人の小さな笑い声が風に揺れる森の声に乗って、周りへと少しだけ広がっていた。
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