1-31. ただのエルフと思っていたらエルフの姫だった(1/5)
「こんな奥深くに魔人族? 一人? どうやって入り込んだのかしら? ムッちゃんにも困ったものね。仕事をしてもらわないと」
ナジュミネと同様に水浴びをしていたのだろうか。気配の主は、声質からして女性のようで、この樹海に魔人族がいることに少し驚いているようである。
「……もしや、森人か。初めて見るな。ん? ムッちゃん?」
気配の主は、森人、守り人とも言われ、エルフとも言われる種族の女性である。
暗がりで分かりづらいが、瞳の色や髪の色は淡い緑色をしているようで、髪はショートボブで短く綺麗にまとめられている。
肌の色を見れば、ナジュミネに負けず劣らずの透き通るような白い肌が月に照らされて輝いているように見える。
そして、何より容姿は大人のユウに近い美貌を有している。少し違うのは、森人特有の長く尖った耳と、若干スレンダーな体型なくらいである。
そのエルフがナジュミネ同様、一糸纏わぬ姿で水浴びをしていた。
「もしや、そなたの言うムッちゃんとは」
「黙りなさい」
エルフの声色が急に刺々しく変わる。ナジュミネはそれに応戦するわけでなく、話し合いを試みようとする。
「む。話し合いが」
「いいえ、必要ないわ。侵入者の言い訳なんて聞く耳持つ理由がないもの」
しかし、エルフは頑なにナジュミネと話すことを拒んでいた。さすがのナジュミネもこの対応には少しカチンと来たようだ。
ただ、樹海の原住民であるエルフとムツキの関係性が分からない今、彼女が事を荒立てるわけにはいかない。
「むむ、侵入者? 違うぞ。妾はムツ」
「いいえ、違わないわ」
「むむむ。さすがにそれは乱暴ではないか?」
ナジュミネの「む」の数は、苛立ちの回数と比例する。そして、「むむむ」と続くと、苛立ちが態度や顔にも表れてきてしまう。既に彼女の顔は若干険しい。
「いいえ、問答無用よ。ここにいる時点で殺させてもらうわ。悪く思わないでね」
エルフは少し口の端を上げて、そのように言い切る。
「どうすれば話を聞いてもらえるだろうか」
かくして、ナジュミネとエルフのそれぞれが一糸纏わぬ全裸の姿で戦いの火蓋を切った。
「【ラピッドファイア】【マジックアロー】」
エルフが弓も矢も持たずにそう唱えると、淡い緑色に光る矢が出現し、それをあたかも弓を持っているように構えた後に矢を放った。矢はナジュミネの心臓を貫くために直線的な軌道を描いて飛んでいく。
「森人ご自慢、魔力の矢か。【ラージ】【マジックシールド】」
ナジュミネは自分の身体くらいに大きい魔力の盾を出現させ、防戦、逃走に徹することにした。
いくら湖の上とはいえ、炎魔法を使うわけにはいかない。そして、彼女は、エルフがムッちゃんと言っていたことからムツキのことを知っていると判断し、ムツキのところまで辿り着いて誤解を解くことに決めていた。
「魔法で魔人族ごときが森人と死合うのかしら?」
魔力を扱うという意味では、妖精が最も長けており、人族が最も不慣れで、魔人族はその中間というのがこの世界にあるイメージである。
ただ、ナジュミネは炎の魔王と言われただけあって、魔力量や魔力操作力も妖精と匹敵している。
「妾は戦う気なぞない」
マジックシールドはマジックアローを受け、ヒビが入っていく。ナジュミネはマジックシールドをエルフの方に投げつつ、湖の深い所から脱する。
エルフはエルフで投げつけられた盾を事もなく回避し、ナジュミネを見据える。
「意外と堅いようね。【ペネトレイト】【マジックアロー】」
「意外と鋭いようだな。【パリィ】【ラージ】【マジックシールド】」
2人はお互いに相手の力量を窺いつつ、戦いを進めていく。エルフはナジュミネが地上に上がりきらないように進行方向に矢を連続で放ち、ナジュミネはエルフの攻撃を受け流して耐えつつ進行方向を何とか地上の方に向けている。
「なるほど。手強いわね。でも、もう終わらせるわ。準備が完了したもの。それじゃあね。【クイック】【ミリオンアロー】」
「なっ。まさか、固有魔法?! 【カバー】【マジックウォール】」
ナジュミネが両手を相手の方に向けながら、自分の周りに分厚い魔法障壁を張る。
次の瞬間に、無数の矢が五月雨のように降り注ぎ、彼女の魔法障壁をガリガリと削り続ける。止まない矢の雨に魔法障壁が入っていき、彼女は汗が滲んでくる。
「旦那様……」
ナジュミネが弱弱しくムツキのことを呼ぶ。いや、呼ぶと言うには小さすぎる独り言のようで、どこか諦めた先の小さな思いの呟きのようだった。
そして、魔法障壁が決壊する。
「くっ」
ナジュミネが声にならない声を出す。エルフが勝利を確信した。いまだに降り注ぐ矢の雨が降り終わる頃にはナジュミネが事切れることが容易く想像できたからだ。
「待たせたな」
その声がナジュミネの耳に届いたと同時に、彼女の目の前は真っ暗になる。次の瞬間に彼女が感じたのは優しい温もりだった。
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