1-29. 樹海の真面目な調査だと思っていたらそこそこ楽しかった(4/5)

 そこは樹海の中にあって、木々がそこだけなく、先ほどの花が数百と群生している場所だった。陽の光に照らされたその花たちはたしかにナジュミネの髪のように綺麗な赤色をしており、まるでここだけが夕焼けに照らされた空間のようになっていた。


 そよ風が吹く。すると、花たちが一斉に揺らめき、炎の波のようにうねる。


「この時期には満開なんだ。ナジュの故郷に桃色の花をつける木があるだろう? 俺の知る限り、それは桜って言うんだけど、まあ、春はそれもいいが、その時期が過ぎたら、ここの花を見るのが一番だ」


 ナジュミネはまるで自分がムツキに褒められたような気がして、少しくすぐったい気持ちになった。そして、彼女は真っ直ぐその光景に目を動かさないまま、口の端が上がり過ぎないように必死にこらえながら口を開く。


「もし旦那様に会うことがなければ、このような美しい光景を見ることはなかった。妾はとても幸せ者だ」


「良かった。ここもぜひとも見せたかったんだ。さて、あっちの方で、この花を見ながらご飯にしよう」


 ムツキがそう言って歩き出そうとするが、ナジュミネが一向に動く気配がない。そのため、彼は不思議そうに彼女を見つめることになった。


「ナジュ?」


 ナジュミネはハッとしたように、ムツキの方を向いた。


「すまぬ。……もう少しだけ、ここから見る風景を目に焼き付けてもいいだろうか」


「あぁ。……そう思ってもらえたなら、誘った甲斐があるな」


 しばしの静寂。しばらくして、ナジュミネがムツキの方を向く。もう十分ということだろう。二人が向かう頃には、既にアルたちがご飯を取り出していた。


「マイロード、ミセス、今日は干し肉とパンの質素な食事をぜひ楽しんでほしい。」


「アル、いつもありがとう」


「さすがアルだな」


 アルは自分の角と同じくらいの大きなニンジンをもの凄い勢いで食べていた。名残惜しそうに一度口から離して、口元を拭いた後に話し始めた。


「礼ならこの仔たちに言ってほしい。ほとんど彼らが用意したものだ。彼らは実に手際が良い」


 そして、アルは再びニンジンに口を付け、もの凄い勢いで食べ始める。その様子は、一心不乱という言葉がピタリと当てはまる。


「……食事中にごめんな、アル。そして、ありがとう、みんな」


「ありがとう、みんな」


「ワン!」

「ニャ!」


 犬と猫の妖精たちはカリカリした食事を食べていた。その光景は、ドッグフードやキャットフードを食べる動物そのものである。


「ところで、ここが調査の目的の一つと言っていたが、この他には何があるのだろうか?」


「今回は世界樹を除くと、あと二つだな。一つは大きな洞窟内の状況で、もう一つはここを縄張りとするモフモフたちの様子見だ! ここらへんのモフモフは小さくて可愛いのが多いんだ!」


 ムツキが嬉しそうに話すので、ナジュミネもこのくらいであれば自然な笑顔になる。


「っと、脱線した。まあ、調査と言っても、今までと比べて、違いがあるかどうかだから、そこまで難しいものじゃない。仮に異変があっても、緊急じゃない場合ならその場で対処せずに一旦持ち帰ることになる。独断は禁物だからな」


 ムツキはナジュミネに丁寧に説明する。それは、彼女がここでの暮らしに手持無沙汰を感じているように見受けられたため、今後も彼女と一緒に調査をしたかったからだ。今まで魔王としていろいろと忙しくしてきたこともあり、仕事がほとんどない今の状態が少しもどかしいようだった。


「旦那様、もしよければ、これからも妾を同行させてほしい。樹海では炎の魔法も使えないから、役に立たないかもしれないが」


 ナジュミネも渡りに船といった感じだった。何か役に立ちたいという気持ちが強く、彼女は真剣な眼差しでムツキを見据え、言葉を発していた。


「そんなことない。ナジュがよければ、いつでも歓迎だよ」


「ありがとう」


 ナジュミネは意気込み十分といった感じで両手の拳をぎゅっと握って、がんばるぞというポーズをとる。


「ナジュ」


「ん?」


「その、今朝の新婚旅行の話だが、ちゃんと行こう。二人で話し合って決めて、1週間くらい、ゆっくりと旅をしよう」


 ムツキはいよいよ切り出した。タイミングは今しかない。


 アルもうんうんと頷いている。


 しかし、ナジュミネの反応は狼狽えているようだった。


「う、嘘だっ!」


「えぇ……」


 ナジュミネの言葉に、ムツキだけでなく周りの妖精たちも驚いていた。


「こんな、こんなに嬉しいことが立て続けに言われるなんて、白昼夢に違いない……。」


 ナジュミネは嬉しさのあまりか泣き出してしまう。ムツキは彼女の頭を優しく撫でる。


「なんだかひどい言われような気もするが、喜んでもらえて、俺も嬉しいよ」

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