第111話 弱者の抵抗/限られた選択(21)

 理知を秘めた眷属おおかみが細められる。


 不義を焼く焔は、穢れ果てた千年樹を火に葬する。浄滅きよめあらわす炎にとり、みずからの機能やくめを見失い、原罪いのちを貪るだけの壊れた神なんて、乾いたたきぎも同然だ。


 氷嵐の極寒にあってさえ、灰を目指して燃え盛る。


 同時、灰と化す悠長など許されない。燃焼で脆くなった樹群の障壁に、墜落する巌の凶器つるぎ、――巨人の骨剣なまくらに引きずられたジョンのが衝突。呆気なく、まさしくと砕かれる。


 対称性コントラストは、鮮やかだ。


 咎人にせもの怪物ほんもの


 。なのに、片や壊れた擬神かみに仕える咎人ものは、傷んだ襤褸ぼろ切れにも似た矮躯を晒し、――正しき旧神かみに仕える黒狼ものは、優美にして強靭なる体躯をもって躍動する。


 所詮は、罪過つみを重ねた不実の虚像うそいつわり劫罰ばつをもたらす不動の実相ゆるがぬほこりの前でこそ、を暴かれる。


 皮肉な眷属ふたりが交差した時間は、刹那。


 “預けた/任された”


 ジョンの背から生えた怪物のサブ・副腕アームが開かれる。自由そらへと解き放たれた小さな生命ふたり。しかし、中空にひるがえるが包み込み、受け止める。


 正しき返報。真なる神秘の炎は、


 罪過つみ応報むくいを与え、怨恨うらみ当代いまで断つは、世に平穏をもたらさんがため。


 返報の摂理ことわり


 創生の起源にあったのは、次代つぎの生命を言祝ぐ祈りである。ゆえに、いまだ焼くべきを持たない物語の序章はじまりを祝福する。


 そして、――当然の背理として


 交差の瞬間に接触した小さな火種は、爆燃にも似た勢いで咎人ジョンを火柱へと変えた。


 あッッあ亜アあAああアあア"アアア唖ア亜ア"ア"ア"あ"あ"あ"あ"亜"ア"あ"A"""っーーーーーーーーーーーーーーーッーーーーーーーッーーーーーーーっーーーっーーーーーーーーーーーーーーーーーっーーッーーーーーーっーーーーーーーーーーッっ!!!!


 総身を隈なく燃やす焦熱地獄。


 炎が焼くは、外側だけに留まらない。生あるがごとく、口から目から耳から侵入し、内側でさえもと焼いていく。


 肺に臓腑に心の臓。骨は愚か、細胞の一片に至るまで悉くを炎熱で壊死に至らしめる。


 剣擬きに形相たましいを封入されていようと、肉体うつわとの接続ラインが断たれたわけではない。焼死の痛苦は、どこまでも鮮明クリアに咎人を責め苛む。


 


 どこまでも。どこまでだって。果ては見えない。だって、ここはいまだ罪人に相応しき返報を約束する祟神たたり領域もり


 積み重ねた罪過もの、彼に燃え尽きるなんて、ありきたりな結末は許されない。


 炎上しながら再生を強制される。地獄の中でこそ彼の生存は約束される。咎人の苦痛こそ擬神に鎮痛の平穏を与える祝福なれば。


 


 罪過けがれ燃料あぶらとして燃え盛る火柱。収束をはじめる。鎮火したわけではない。火勢は衰えぬまま、


 みずからを焼き滅ぼすをみずからの意志で呑み下し、留めて、


 きっと、誤解がある。咎人ジョンは、確かに多くを犠牲にした。


 けれど、この責務つみ苦難あゆみ。はじまりにおいて、彼が捧げた生贄いのちとは、――


 怨念おもい


 人格こころを損なおうが関係ない。形相たましいを砕かれようが知ったことか。肉体うつわが灰と化そうが歩み続ける。


 支払い続けた代償の結実はここに。


 荷物を放り捨て、自由になった人喰いの骨腕が、巨人の骨剣を握り、頑強に固定した。余剰の資源リソースが骨腕から湧き出し、広がり、にて流線形のを形成する。


 体内の器官として組み込まれた浄化きよめ炎塊ねつは、でありだ。肉体を経て巌のなま巨剣くらに伝導する火勢はもはやに近い。剣身に煌々たる白熱かがやきを招来する。


 を終えた異形かたちは、まるで巨大なやじり。標的を討ち貫く一方通行。帰還など一切考慮しない片道だけの


 声はない。ただ、彼の意志はどこまでも明白だ。


 “ねえさんディアドラ、あなたを殺す”


 失墜の星屑ひきずりおろすもの、――巨人エブニシエン。


 誓願の妖精かなえるもの、――人喰いアニス。


 旧神の眷属きよめるもの、――黒狼バーゲスト。


 そして、円環めぐ応報かえ怨嗟なげき、――無尽永劫樹海ディアドラ。


 に棲まう彼方もの、此の烙印の獣あしきもの


 未だ完成に至らぬいびつ。不出来な合成つぎはぎでしかないが、いまここで貴女の終幕おわりの可能性を示そう。


 貴女が理由はわかっている。


 口先だけのに意味はない。形のないなど無価値だ。机上のなど空疎な妄言に過ぎない。必要とされたのは、もっと確かな、――討伐首級みしるしに他ならないのだと。


 歪曲重力滑落フォーリン・ダウン再開リスタート


 罪過焼却器官アフター・バーナー点火イグニッション


 背中を突き破った浄化の爆炎がに加算される。常軌を逸した混合加速が巨人ほしくずの重量に音すら置き去りにしかねない推力を与えた。


 この形態かたち質量おもさ速度はやさ。もはや為し得ることは唯一つ。外装がわの硬度と強靭に任せ、中身なかの損害を省みない


 照準ねらいは要らない。


 


 終幕おわりを見失った、――帰らずの森を穿通し、焼却し、轢殺する衝角突撃。


 地に在りながら火勢をまとい、一条の誓約ねがいとなって墜落し続ける彷徨の星屑ながれぼし


 穢れた手でも為すべきを。


 いま証明あかしを示そう。


 この地獄ちからをもって、ぼく神話あなたを踏破する。

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