第15話 ギルマスの悩みの種

「はぁぁぁぁぁ……疲れたし、ハイになる強い酒を飲ませてくれ」


 目の前の席にどっかりと腰を下ろしたのは、大柄な若い男だった。

 ツンツンとした茶色い髪の毛に鋭い吊り目が特徴的で、ごく普通の変哲のない服装だ。


 しかし、どこかで見覚えがあるような気がする。よく思い出せないが一度会ったことがあったようなないような……思い出せない。


「かしこまりました」


 俺は静かにショットグラスを手に取ると、中に秘蔵の自家製氷を入れてからウイスキーと炭酸水を注いでいく。

 もちろん、濃くなるようにウイスキーの比率はかなり多めにする。


「お待たせいたしました。ウイスキーのソーダ割でございます」


「悪いね」


 若い男は目の前に差し出されたショットグラスを指先でつまむようにして持ち上げると、何の躊躇もなく一気に飲み干した。


「カァァァァァァ……っ……染みるねぇ! もう一杯!」


「かしこまりました。どうぞ」


 俺は再びウイスキーのソーダ割りを若い男の目の前に差し出した。


 すると、若い男はまたしても一気に飲み干した。

 そしてすっかり満足したのか、柔らかな笑みを浮かべてショットグラスをテーブルに置く。


「いやぁ、なんかこれ、その辺の飲み屋で飲むよりも美味しいね? 全身に回るアルコールが気持ちいいっていうか、悪酔いする気がしないんだよね。もしかして年代物のウイスキーだったりするのかい?」


「一般的な市販のウイスキーですよ」


「え!? じゃあ悪酔いしないのは気分的な問題か?」


「いえ、それは私が製氷したその氷の効果でしょう。製氷する際に水に少量の魔力を込めているので、それらが悪酔いを防いでくれるのです」


 秘蔵の氷と俺は勝手に呼んでいるが、これは単なる魔力を含ませた水を冷却して固めただけに過ぎない。

 まあ、効果は確かだし、お酒と合わせると悪酔いをしないのも事実だ。


「へー、つまりポーション的な役割ってことだな」


 若い男は特に何の疑いを持つこともなく納得していた。

 魔力含有のある液体をすぐさまポーションと言い換える辺り、おそらくこの若い男は冒険者かなんかだろう。


「そういうことです。失礼ですが、お客様は魔法関係の職業に精通されている方ですか?」


「ここだけの話だぜ? オレは王都のギルマスやってんだよ。最近は妙な事件が多くて大変なんだよなぁ……」


 俺の問いに対して、若い男はあっけらかんとした様子で教えてくれた。


「ギルマス……?」


 思わず復唱すると同時に俺は思い出した。


 そうだ。どこかで見覚えがあると思ったら、この若い男は王都の冒険者ギルドのギルドマスターだ。

 確か、二、三年前に前ギルドマスターである初老の男性が亡くなってから、目の前の若い男がそのポジションについたはずだ。


 名前は確か……。


「オレの名前はアレン。王都の冒険者ギルドのギルドマスターだよ。ん? 今、こんな若造がマジかって思っただろ? ハハハッ! 別にいいぜ、病気で死んだ親父の代わりに自動的に選ばれただけだからよ」


 若い男———アレンはカウンターの下で足を組むと、陽気な笑みを浮かべた。

 

 人が良い性格なのだと一目でわかる。店主と客という立場だというのに、妙にラフで接しやすい。


「いえ、お若いのに素晴らしいなと素直に尊敬しておりました。それにしても、妙な事件というくらいですから、何か不可解な出来事があったのですか?」


「うーん、冒険者関係で言ったら一番のニュースは賢者の失踪だが……こんなのは誰もが知ってるだろうし興味ないよな?」


「ええ、まあ。色々な方が噂をしておりますからね。他に何かございますか?」


 自分自身のことは自分が一番よくわかっているので、特にそこに関して深く聞く必要はない。


「あー、他にも今世間を賑わせてる話といえば、ヘンダーソン公爵家の一人息子であるチャーリー様が、とある人物を捜索してるってことだな。チャーリー様はは中々に厄介でな。少しでも自分の思い通りにいかないことがあったら、すぐに頭に血が昇るんだ」


 アレンが呆れたような口振りでそう言うと、視界の左隅にいるシエルがぴくりと肩を跳ねさせた。


 ヘンダーソン公爵家の一人息子って……あいつか。

 奴隷オークションでシエルのことを買おうとしてた奴だ。確か名前はチャーリー・ヘンダーソンだったな。


「あのヘンダーソン公爵家ですか。彼を怒らせた原因は何ですか?」


 追加で情報を聞き出そうと、俺は更に質問をしていく。


「自分が欲しかった奴隷を横取りされたからだとよ。横取りって言っても、別に無理やり奪ったわけじゃなくて普通に競り負けただけらしいがな。まあ、そんなこんながあって、血眼になってその相手を探してるってわけさ。顔に仮面をつけた黒髪の男らしいぜ? ちょうどマスターみたいな髪色だな」


 アレンは俺の髪の毛を指差してそう言うと、ふざけた様子で笑みをこぼした。

 冗談半分で言われてるのに、俺が件の犯人だから自然と心臓が跳ねてしまった。


 ポーカーフェイスで乗り切らないとな。


「ふむ。中々に興味深いですね。道理で王都中を騎士たちが駆けずり回っていたわけですか」


「本当はあんなバカはすぐにでもとっちめたいところなんだが、何せ公爵家の一人息子だからな。何もできないのが現状だよ。でも、父親である公爵様本人も息子の傍若無人振りには困ってるって噂だし、何かきっかけがあれば瓦解しても不思議じゃねぇな」


 買い物に行った際にも感じた王都の妙な騒がしさや、駆け回る見覚えのない騎士たち。

 その原因がようやくわかった。奴隷オークションでの一件が関係したのか。


 それにしても、公爵本人が困っているというのは初耳だ。それだけ身勝手な事を日頃から行なっているのだろう。


「……中々難しい問題ですね」


「まあな。その仮面をつけた黒髪の男はその日の奴隷オークションで売買された奴隷を全員解放したらしいし、オレ的には悪い奴じゃないと思うんだよ。だって、人に値段をつけて物として売るなんて胸糞悪いだろ?」


 アレンは怒りを孕んだ表情で軽くカウンターを拳で叩いた。

 単なる若いギルドマスターという認識しか抱いていなかったが、思っているよりもまともな思考を持っているようだ。


「そうですね。私も奴隷オークションはあまり好ましく思っておりません」


 テンポ良く話が進んでいく。


 この調子でいけば、もっとギルドマスターしか知らない情報を引き出せるかもしれない。予想以上にこの店でリラックスできているのか、入店した時に見せていた疲れ切った顔つきはかなり和らいでいるようだ。


「それこそが民衆の総意だよ———ん? 待て、やばい! すっかり忘れてた! 今夜は会食の日だ! 悪いが、話の続きはまた今度だ。勘定はこれで頼む。釣りは必要ない! また来る!」


 しかし、そんな俺の期待とは裏腹にアレンは突然約束を思い出したのか、カウンターにかなりの額を置いて走り去って行ってしまった。早口で言葉だけを残して風のように消えた。


「……会食前にあんなに飲んで平気だったのか?」


 ドタバタとした空気から一転して、静けさに包まれる店内で俺は呟いた。

 もう少し色々な情報を聞いてみたかったのだが、それはまた次の機会にお預けだ。

 あの様子ならまた来てくれそうだし、一介のバーのマスターである今の俺が、王都のギルマスと知り合いになれたのはかなり大きいと言える。


「片付けるか」


 俺はアレンが使用したショットグラスをスポンジで洗い始めた。

 すると、隣にシエルがやってくる。


「なんかギルドマスターも大変なんだねー」


 彼女は伸びのある楽観的な口調で言ってきた。


「冒険者関係以外にも王都で起きてるトラブルをたくさん抱えてるだろうし、あんな若くして良くやってるよ」


「若いって……マスターと同い年くらいでしょ?」


「多分な」


「というか、ヘンダーソン公爵の一人息子ってあまり覚えてないけど、私のことを買おうとしてマスターに競り負けた人だよね」


「あの時はケダモノみたいな目つきだったし、相当シエルのことが欲しかったんじゃないか?」


「うげぇ……」


 俺の言葉を聞いたシエルは露骨に嫌な顔して舌を出した。

 本当に拒絶しているようだ。まあ、あんなのに買われたらどんな未来が待ち受けているかは明白だからな。


「でもまあ、今の俺たちには関係ない事だ。すぐに飽きて収まるだろうしな」


「そうだねー」


 シエルは一番の被害者だというのに、既に立ち直ったのか楽観的な口調だった。

 まあ、既に首輪は外れているし、自由を手に入れているから気に止む必要は全くないことだ。


 それに、チャーリーの狙いが俺だけでよかった。

 もしもシエルの奪還を主軸に置いているのだとしたら中々に面倒だった。


 俺だけが狙いならどうとでもなる。万が一バレて狙われたとしても、そこらにいる有象無象の騎士なら容易にあしらうことが可能だ。


 一つ安心した俺は次の来客を待ちながらもシエルと適当な話に花を咲かせたが、結果的にはこの日の客はアレンのみだった。


 夜が完全に更けて日を跨ぐ時間になる頃には店を閉め、俺とシエルは眠りについたのだった。


 ちなみにシエルがベッドで俺は床で寝た。

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