第13話 賢者失踪の噂

 一般人から成金の商人、血気盛んな冒険者まで、十人十色の様々な人々が行き交う王都。


 治安は決して良いとは言えないが、多くの貴族が奴隷オークションやその他賭け事などの娯楽を堪能し、たくさんの金を落とすおかげで、王都の経済は常に潤っている。


 故に人も多く自然と栄えるのだ。


 おまけに、王都には冒険者ギルドの本拠地があるということもあってか、日々外部の冒険者や冒険者志望のルーキーも数多く来訪している。


 俺が所属していたSランクパーティー『皇』は嘔吐から遠く離れた街であるスイセイを拠点としていたが、王都のお偉いさんや貴族から直々に依頼された重大なクエストを受注する際は足を運ぶことも多々あった。


 まあ、今となってはどれも過去の話だ。


 今の俺は単なるバーのマスターである。


 だからこそ、一般人に紛れ込んで買い物を続けていたのだが、今日の王都はいつにも増して騒がしいような気がする。気のせいだろうか?


「まいど~」


 八百屋の店主の男は朗らかな笑みを浮かべてお金を受け取ると、代わりに袋に詰め込まれた野菜の山を渡してきた。


「どうも」


 俺は袋を手にした瞬間に魔法収納アイテムボックスの中に全てを収納した。


 すると、店主の男がちょいちょいと手招きをしてから口を開く。

 世間話が好きなのか今にも何かを話したそうな顔をしている。


「賢者様が冒険者を辞めて姿を消したって話、聞いたかい?」


「……」


 俺は無表情で口をつぐんだ。

 心当たりがあるどころか、俺が一番良く知っている話題だ。


「なんだ? 世間を騒がすビッグニュースだってのに、何も知らねぇのか? Sランクパーティーにいた賢者様が突然いなくなったんだよ。何もかもを蹂躙するようなとてつもない魔法を放つっていう……ちょっとは聞いたことくらいあるだろう?」


 俺が無知で黙りこくったのかと勘違いしたのか、店主の男は聞いてもないことを長々と教えてくれた。


 それにしても、もうそんな話が出回っているのか。

 確かに世間は数少ないSランクパーティーの動向については逐一追っているので当然か。


「んー……まあな。その賢者様ってのは有名だったのか?」


「噂だけはよく出回っているが、実は顔も名前も知られてねぇんだ。見たことあるって奴らはたくさんいるんだが、ある時は屈強な大男だったり、またある時はか弱い少女になってたり……本当の姿は誰も知らないって噂だ」


 店主の男はさぞ興味深そうな様子で教えてくれた。


 しかし、そんなことなど当の本人である俺からすれば当然の話である。


 なぜなら、俺は身バレを防ぐために、常に事あるごとに容姿を魔法で変えていたからだ。


 本当の素顔を知るのは『皇』のパーティーメンバーだけだった。

 その理由は、Sランクパーティーに入った以上は素顔で接して活動し、迷惑をかけずにクエストや冒険に臨む覚悟があったからだ。


 結果的に全ては失敗に終わり、単にパーティーメンバーである俺を除く三人に顔バレしただけになったが、今もこうして素顔で過ごしているので気にすることはない。

 万が一邂逅するようなことがあれば別だが、おそらくその可能性は限りなく低いので気にしないことにする。


「そうなのか。見つかるといいな、賢者様」


「だな!」


 店主の男が軽く微笑んで返事をしたことで一連の会話が終わりを告げ、俺たちの背後から次の客がやってきた。


 中々興味深い話を聞けたな。

 そんなビッグニュースと呼ばれるほどにまでなっているとは驚きだ。

 まあ、普通に過ごしていればバレることはないだろうし、特に気にしないでおこう。


「さて、シエル。帰ろうか」


 俺は斜め後ろで佇むシエルに声をかけた。


「うん。それにしても、噂では聞いてたけど賢者様がいなくなったって本当だったんだね。どこに行ったのかな?」


「……案外その辺をぷらぷら歩いていたりするんじゃないか?」


「だといいけどねー」


 呑気な会話をしながら帰路へ就く。


 道中、物騒な雰囲気を纏いながら剣と鎧を装備した騎士の姿が散見されたが、他にも何かトラブルがあったのだろうか。


 王都には一般の民も貴族も商人も冒険者もかなりの数が滞在しているので、様々なトラブルは日常茶飯事と言える。

 こちらも特に気にすることはないだろう。

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