第7話 悪夢への誘因
「本日は当館の奴隷をご購入頂きありがとうございます」
俺は周囲の盛り上がりが覚めやらぬ中、いち早くステージ裏へ向かった。
そこには気色の悪い笑みを浮かべる奴隷商人の男と、檻に収監されるシエルがいた。
彼女は隅の方で膝を曲げて寂しそうに座っており、首を垂らしてこちらを一瞥すらしない。
「運搬方法はどうなさいますか?」
「一から説明してくれると助かる」
俺は初めて奴隷を買ったので知らないことだらけだったので、とりあえず聞き返しておくことにした。
それと同時に
「おお! これはこれは、収納魔法を使えるだなんて、有名な魔法使いのお方でしたか! 初めて拝見いたしました!」
奴隷商人の男は俺が空間に手を突っ込んで、どこからともなく金を出したことに驚いているようだ。
「説明の続きを頼む」
だが、そんなことはどうでもいい。
時間が惜しいのだ。
徐々に近づいてくる複数の
「もう少しばかりお金を積んで頂ければ、我々が責任を持って安全に運搬致します。もしも腕に自信があるのでしたら、檻から出して連れて行っても構いませんが、生憎珍しい奴隷ですので外部から狙われる危険性もあります。故に我々に頼んだ方が安心かと思いますがね。我々にお任せいただけますか?」
奴隷商人の男は手のひらを擦り合わせながら、媚を売るような態度でにじりよってきたが、俺よりも弱いやつに運搬を任せる方が危険性が増すので、断る以外の選択肢はない。
「必要ない」
俺は狭い檻の中で三角座りになって涙を流すシエルに手を伸ばす。
そして優しく頭に手を添えて魔力の同期を図る。
奴隷商人は訝し気な目で俺のことを見ていたが、特にその行為を止める様子はなかった。
しかし、背後から耳障りな声が聞こえてきた。
「おい! そこの黒髪の男! さっきはよくも横取りしてくれたな! ぼくを誰だと思っている!? ぼくは公爵家のチャーリー・ヘンダーソンだぞ!」
現れたのは胸を張って偉そうに自己紹介をするチャーリーだった。
怒気を孕んだ口調から分かるように、かなり頭にきているらしい。
「手篭めにした大勢の貴族を引き連れて何を企んでいるんだ? もしかして、腹いせに自分が買えなかった奴隷を無理矢理奪い取るつもりか?」
俺は呆れながらも言葉を返した。
シエルの首元から手を離し立ち上がると、彼らに向き合う。
「うるさいっ! 一般の愚民がぼくに口答えする気か! 大人しくその魔族をよこせ!」
話が通じないな。背後にいる護衛の騎士や他の貴族共もすっかりやる気みたいだ。
彼らに買われた奴隷たちは更にその後ろにいるようだが、よく見てみると今日一日でオークションにかけられていた十名全員の姿が見える。
ふむ……このまま引き下がるのも癪だし、少し
「———
俺は瞬間的に魔法を発動させた。
魔力を練り上げる動作すら見せることはない。
「あ……っ……え?」
刹那。チャーリーを含むこの場にいる貴族や護衛の騎士の全員が、白目を剥いて泡を吹きながら地面に崩れ落ちた。
俺のすぐ隣にいた奴隷商人の男も同様で、近くの壁にもたれかかって瞳を閉じている。
バタバタと倒れ伏していく貴族共の姿を見た奴隷たちは、わなわなと震えて怯えていた。
この魔法は俺が選択した対象を一瞬にして眠りの世界に誘い、強制的に悪夢を見させる魔法である。
周囲からの評価や恨まれ方がそのまま悪夢に反映される為、チャーリーや奴隷を買いに来た貴族共はもれなく酷い悪夢を見ることだろう。
「……さて、君たちはこの隙に逃げるといい。もちろん強制はしないが、こんな下衆共の
俺は困惑する奴隷たちを一瞥すると、彼らに背を向けてシエルに視線を移した。
それからすぐに背後から複数人が走り去っていく騒がしい音が聞こえてきた。
何人かは律儀にお礼の言葉まで述べているようだった。
まあ、何はともあれ、気配的に全員逃げたようだ。
当たり前だよな。こんなところに留まる必要なんて全くない。
彼らはに自由を手に入れる権利がある。
「さて……俺たちも行こうか。
俺は檻の中に手を伸ばしシエルの首元に手を当てると、転移魔法で【ハイドアウト】へ向かった。
彼女は外部との接触を完全に断ち切っているのか、未だに俯き続けていた。
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