不気味な女

猫又大統領

読み切り

 吐く息が白く色を付ける。冬の冷たい外気に触れながら夜の屋上でベンチに座りながらアンパンを頬張り、横に置いてある熱々の紅茶を飲む。下からの頻繁に大きな音と赤色灯が警察署から出ていく様子に治安を憂うことは無くなった。

 警察官から刑事になっても、出来ることは悪党をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りをしてこの世の悪党を一網打尽にすることはない。

 逮捕状がなければ現行犯でもなければ悪党は野放し。証拠がなくては案山子。国家を守る一人としてそこに疑問を持つような青い匂いはこの二年ですっかり消臭された。それとも、腐臭でかき消されただけだろうか。

 最後のあんぱんのひとかけらを紅茶で流し込み、取調室に入る。そこには白いマフラーをまいたショートヘアの女性が一人。

 

 あの出来事で病院に搬送されたもの達は、病院に搬送されたあとの記録はない。亡くなった一人の遺体も警察署で行われた検死の前消えた。

 初動ではマスコミはヘリまで飛ばして中継報道を行ったにもかかわらず、現在はガス漏れが原因ということで短い報道のみになっている。

 丁度そのころ、ネットの世界ではある数分の動画の信ぴょう性が話題になっていた。その映像は警察が到着する前と思われるもので、飲食店の窓ガラスが割れ、店内と外には複数の倒れた人が映っている。それだけでも衝撃的で世間の興味を持たれるものだが、映像には最後の数秒にフェイクと疑われるようなものが映る。黒いショートヘアの女性が地面から足を一メートルほど離れた所を漂い、白いマフラーが風になびく。

 映像は本物だ。そうだ。彼女のようなものは実際にいる。問題も起きる。彼らも力を持ちながらも人間なのだから。

 彼らのことは、この世界にはいない。そう決めたのだ。決して誰にも知られない世界共通の約束。

 

 死傷者は幸にもなし。それが今回の出来事だ。あとは、それが事実だと思い込むだけでいい。

 いつもなら、それで終わるのだが、取調室に座る女性は淡々と〇起きてもいない事件〇について語る。

「一人を殺した。他の奴らはそいつの協力者だから傷つけた。私の細胞を取り出して、増やそうとしたみたいだから……いけないことしたのかな?」

 向かい合う私が小さく咳払いをして、決定している事実を伝える。

「あなたはたまたまそこにいて、爆発事故に巻き込まれただけです。混乱しているんですよ」

 それを聞いた彼女は笑った。紅茶とアンパンは合わないでしょ、といって笑顔とは程遠い笑顔を私に向ける。

 すべてを分かっている。私のことも。この世の仕組みも。予知などもできるのかもしれない。何もかもお見通しなのかもしれない。警察署から消え去ることも訳ないはずなのに彼女は粗末な椅子に座り、無言でぱっちりとした目を開いている。

 そんな彼女に同僚たちは頭を抱え、遂に取り調べが苦手な私に番が回ってきてしまうほど。

 彼女達は条約締結前に作られた人工的な生命体。漫画のような力を使う。空を飛ぶ。物を吹っ飛ばす。想像を超える力もきっと持っているかもしれないが想像を超えているので考えても仕方がない。

 彼女たちの分かっているだけの能力だけで私たちは無力なのだから。幸いにも彼女たちの犯罪率は極めて少ない。そして、被害者はみな罪人なのだ。だが、間違いなく彼女は私を一瞬で葬ることができる力を持つ。


 「お腹すいたけど?」

 思いもよらない言葉に、ビクッとなってしまい。彼女は笑う。

 私は署にあった出前のメニューを慌てて彼女に渡した。

 メニュー表をひとつひとつ指をなぞりながら彼女はじっくりと見ていく。突然、彼女は立ち上がると、メニューのから揚げ丼の大盛を指をさす。これは今だけ大盛無料なんだって、彼女が小さく呟く。

「えっと……からあげ丼……大盛……それでいい? メニューには大盛無料なんてかいていないけど……」

 私がそういうと彼女は大きく頷いた。

 大人しく書かれた筋書き通りにしてもらうために、まるで使用人のように振舞うことも仕事の内と、割り切って私は出前を注文する。

「大盛無料は今日から店主の気まぐれで始めたそうだ。唐揚げ3つも増量されるそうだ。食べられる?」

 その言葉に彼女は右手でゆっくりとピースサインをする。だから頼んだの、と呟く彼女。

 それから増量された唐揚げ丼が届くまでの間黙秘を続けた。というよりも彼女は机に顔を付けて目を閉じている。おそらく、空腹なのだろう。

 出前が届き、彼女は目をキラキラさせた。

 ゆっくりと味わい食べ終わると今までの沈黙が嘘のように話し始めた。

「それで、私は誰が裁くの? 罪は何? 結局、死ぬまで利用される。この死というものもいつ、どこで訪れるのか思い当たらない。確実に言えることは食べ過ぎで死ぬことはないってこと」

 彼女はそいうとナプキンで口元を拭く。

「様々なプログラムが受けられる。社会で我々と変わらない生活ができる。悪は無くならないんだ。私だって君のような力があったら……」

 彼女は口元に人差し指を立て、静かにするようにサインをした。

 そのすぐ後、二人っきりの取調室に入ってきた女性の上級捜査官がこの件を引きついだ。同僚から後日聞いた話だと、彼女は名前を変えてどこかの町に住み始めたとか。

 

 あの時の対応は署では好評。私はカロリー摂取だけを考えて食べていた、紅茶とアンパンの食べ合わせが悪いという中傷を気にしていた。

 もしかしたら、この世にはカロリー摂取よりも大事なこともあるのかもと思い、最近は外食をするようにしている。

 署の近くの公園の周りには複数台のキッチンカーが並ぶ。食欲をそそる匂いが周囲に広がる。だが、今日はクーポンが使えるファミレスでランチのために、歯を食いしばり、通り過ぎる。

「あ、そこのお兄さん、ちょっと!」

 振り返りその声の主をさがす。どうやら通りすぎたキッチンカーの中から私を手招きをする。

「これ、あの、これ。店長からのサービスみたいです!」

 青年はそういって手のひら位の大きさの茶色い袋と湯気が立つ紙コップを差し出す。

 袋の感触はいつものヤツ。コップの中身もいつものヤツ。

 とっさに心にもない感謝の言葉をいう。

「今度、買いに来ますね」

「これは……店長のサービスなので……当店の自慢は唐揚げ丼です」

 車内の奥からの音が聞こえる。チラリと覗くとそこには長い黒髪の女性が銀色のボウルに手をいれ、何かを混ぜている。

「ありがとう。今度は唐揚げ丼を買いに来ますね」

 こちらには見向きもせず、奥の女性は振り向くことなく黙々と仕込みをしているようだ。

 その女性がサービスしてくれたというのに無視とは悲しいような。

 「あ、店長が!」

 青年がそういと、奥のを指さす。

 女性はこちらに向けてピースサインを向けていた。

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