悪夢に生きる
意思河太郎
第1話「悪夢の始まり」
悪夢は毎日、突然やってくる。それは、暖かな陽が透き通る窓際に、「色葉俊介」は一人佇んでいる時だった。
「俊介!今日も遊ぶぞ!」
1つ年上の生徒「金城健志」が声をかけた。俊介は「うん」と言って渋々、生徒についていく。
校庭でドッジボールが始まった。チームの荒っぽい指示や呼びかけが飛び交う中で、俊介は動くこともなくただコートの隅に立っているのみであった。案の定、最初にボールを当てられた。
「チェッ、今日も負けちまったじゃねえか。ほんと役立たずだな。」そういった健志が、俊介の胸ぐらを掴んで、頬を殴った。
「次お前のせいで負けたら土下座させるからな。ちゃんとやれよ。」と吐き捨て、仲間たちと校舎に戻っていった。
「なあ、ほんとにあんな接し方でいいのかよ。俺ら怒られんぞ。」
「構わねえよ。あいつは本質は悪者同然だからな。「目には目を」って言うだろ。」
校庭で痛みに苦しんで蹲る俊介に、同級生の女子生徒「皆山咲良」が声をかけてきた。
「何してるの?汚い体で近寄らないでよね。」と嫌味な目で俊介を見つめる。
「そういえばさ、昨日私たちの遊びに付き合ってって言ってたのに勝手に帰ったよね?このクズ。」そう言って咲良は立ち上がって俊介の髪を引っ張って言った。
「次に逃げたら殺すからね?」と一言かけると、仲間と共に校舎の中へ入っていった。
続く掃除の時間にも、俊介は周りの生徒から嫌味を吐かれていた。
「下手くそ!相変わらず雑巾かけるの下手だなお前。」
「もっとちゃんとしろよ!」
俊介は言われたように、教室の端から端まで一直線に雑巾をかけようとするが、何回も失敗してしまった。
ついに痺れを切らした女子生徒が、俊介を仲間から退かした。
「あんた本当に掃除下手だよね。あんたみたいなクズがいるからダメなんだよ。」
俊介は生徒たちから口々に悪口を言われ、「バイバイ!」と手を振られた。
帰り際。俊介は落ち込みながら帰路を行く。ふと、公園で遊ぶ親子に目をやる。
必死に立って「がんばれ!」と手を広げて待つ親の元へ歩こうとする子供。俊介にはなぜか、その光景が特別なものに見えていた。
そこへ咲良が声をかけて来た。
「俊介!どこ行こうとしてるの!」
「このままでは帰さないよ!ついて来て!」
俊介は咲良に手を引かれ、彼女の家に連れて行かれた。
咲良の家には、他の仲間たちもいた。
「じゃあ、この前までの続きね。俊介が意地悪なお姉さん役やって。私シンデレラするから。」
「えー咲良ちゃんばっかりずる〜い!」
「私もシンデレラやりたい!」
「私が始めたんだから私が決めるの!」
他の仲間たちが口々に言い合う中、咲良は俊介に、幼女用のドレスを着せた。
「早くして。私が飽きるまで帰さないから。」
「えぇ…。」俊介は嫌な気分になりながらも、咲良の遊びに付き合った。
ようやく長い遊びを終えて家に帰ってからも、息を吐く暇はなかった。家のドアを開けた瞬間、母親が鬼のような面構えで立っていた。
「俊介!こんな遅くまでどこ行ってたの!」怒鳴り声が家の奥まで響いた。
もう何度説明しても聞いてもらえることではなかったので、俊介は「遊んでた」と一言答えるのみであった。
家に帰ってまず先に宿題に取り掛かった。その中でも淡々と課題に集中する俊介に、兄と姉が話しかけて来た。
「俊介。お前まだこの家にいんのかよ。早く荷物まとめて出てけ。」
延々と兄たちからの悪口を聞きながら、俊介は黙って宿題に集中した。
ついに痺れを切らした相馬が「聞いてんのか!」と叫んで俊介を殴りつけた。文房具やプリントが床一面に散らばった。
「早く消えなさいよ。あんたの顔見てたら吐き気するわ。」
夕食の時間。俊介は家族の輪に入って食事を摂る。すると、母親が俊介に言った。
「俊介!この前のテスト20点だったらしいわね!」
それを聞いた兄と姉も「どうやったらそんな点数取れるんだよお前。」と会話に参加し、それまで居心地がマシだった食卓の空気が、一気に重くなった。
「もういい。勉強も運動もできないクソガキを引き取った俺たちが間違ったんだ。」
父親はテレビをつけ、世論番組を見始めた。家族からの説教の声よりも、テレビの中で『怪獣』について議論している出演者たちの怒号の方がうるさく聞こえた。
「部屋に戻りなさい!何もできない悪い子にあげるご飯なんかありません!」
父親からも「さっさと行け!」一喝された。
俊介は自分が使った食器を洗って、部屋へ駆け戻った。
残りの時間は何もない自分の部屋で、テストで間違った部分の復習をした。ただ、怒られたくなかったから、これ以上間違いたくなかったから、そんな思いでノートに間違いを書き直した。しかし、今日まで受けてきた痛みが心に響き、何をする気にもなれない。何を考えても、しっくりこない。ついに、動いていた手が止まってしまった。なぜかわからないのに、心が震え、目に涙が浮かんできた。
心が空っぽの俊介は、事前に持ち込んでおいた首吊りロープをカーテンレールに括り付け、輪に頭を通した。「もういっそのこと」と思った俊介は、恐る恐る踏み台から足を離そうとした。その時、ロープが切れてバランスを崩し、机の角に頭をぶつけた。
あまりの痛みと緊張に疲れた俊介は、そのまま眠ってしまった。
(ごめんなさい。今日も悪いこといっぱいしちゃいました。)
ふと気持ちのいいそよ風に揺られ、目を覚ます。青空が広がる砂浜にいた。俊介は座って、何も考えず、ぼーっと空を見つめていた。
すると背後から誰かが、「どうしたの?」と優しく声をかけた。俊介は後ろを振り向く。そこにいたのは、自分の本当の母親であった。
母はしゃがんで、俊介の頭を撫でながら言った。
「今日も嫌なことがあったの?」
俊介は何も言えず、頷くこともできなかった。
「ごめんね。そばにいてあげられなくて…。」
母はそっと俊介を抱きしめた。
「いい子いい子。俊介は毎日、頑張って生きてて偉いよ。」
抱きしめられ、撫でられた俊介は、不思議な温かさを感じた。心が諦めた俊介の目には、涙が溢れて来た。
「だいじょうぶ。溢れた涙の分だけ、君は強くなれるんだ。」
母は俊介に囁いた。
「だいじょうぶ。」
目を覚ますと、もう朝だった。窓から眩しい日光が部屋に差し込んでいた。
俊介は今日も、いつも通りの朝を過ごす。いつも通り怒られ、いつも通りに支度をして、いつも通りの道を歩みむ。何も変わりのない朝の始まりだった。
「今日も、みんなに怒られるだろう。」そう思いながら、俊介は教室の扉を開けた。
珍しく、教室には誰一人いなかった。少しくるのが早かったのか、時計を見ても二つの針はいつも朝の会が始まる8時を指していた。何かがおかしいと感じながらも、自分の席に座って、皆が来るのを待った。
特に考えることもなくぼーっと外を見つめていると、教室の外から、悲鳴が聞こえて来た。その悲鳴を聞いて、俊介は誰の声かわかった。
(咲良ちゃん?)
俊介は廊下の奥に進み、悲鳴が響いた元へやって来た。辺りには血が飛び散っており、咲良はうつ伏せになるように泣いているようであった。何かを噛みちぎる音と共に、啜り泣くような声が響く。
不審に感じた俊介が咲良に声をかける。すると、咲良はゆっくりと体を起こし、こちらを振り向く。しかし、振り向いた顔は、真っ黒に染まった瞳に、口から血を流した、咲良とは違う何かであった。
「ウウ…ウアア…ウガガ…」
不気味な何かと目があった俊介は思わず言葉を漏らした。
「…怪獣だ…。」
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