第106話 おまけSS④ 紗哩(シャーリー)の憂鬱①

 紗哩シャーリーは、焦りを感じていた。

 なぜなら、最近どうも基樹のまわりの女の子たち――特に、みっしーとアニエスが基樹に対してアプローチを開始してるっぽいのだ。

 今まで女っ気のなかった大好きな兄に彼女ができること自体は喜ばしいことで、紗哩シャーリーとしても兄がモテるのはまんざらでもない気分ではあった。

 でも。


紗哩シャーリーちゃん、お金の無駄遣いは駄目だよ! ああ~! また完凸してる! いくら使ったの?」


 みっしーが詰め寄るように聞いてくる。


「……五万円くらい……」


 嘘 で あ る 。


 ほんとは十五万円くらい使ってる。

 みっしーはむむぅ、と顔をしかめて、


紗哩シャーリーちゃあん……自分のお金だからいいけど、五万円もあったらさ、かわいい服も買えるしおいしいごはんも食べられるし……うーん、まあ、ほどほどにしなよー?」


 ほどほどにするつもりなのだ、いつも。

 今回のイベントはスルーしようかなーとか思ってるのに、いつもいつも魅力的なキャラをだしてくる運営が悪いのだ。


「いやほらみっしー、マルチとかFXじゃないからさ、いいじゃん、たった五万円くらい……」

「五万円を『たった』ですますのは金銭感覚がおかしいよ……」


 なーんかみっしーがこうるさいのだ。

 いいじゃんいいじゃん!

 別にこれは借金じゃなくて配信で稼いだ自分のお金なんだし!

 もーほんとにうるさいなー。


「これ、なんてゲーム? ええと、『競輪娘』……?」

「うん! すっごいんだよ、女の子たちのふとももが全員すっごくムッチムチでゾクゾクくるの!」

「……紗哩シャーリーちゃん、まさか競輪にお金かけたり、してないよね?」


 そんな人をギャンブル好きみたいに言わないでほしい。


「そんなわけないよ! ……百円くらいはかけたことはあるけど……当たらなかったらつまんなかった、もうやらない」

「ほんとに約束だよー?」


 ほんとはその1000倍くらいやらかしているのだけど、黙っていればばれないだろう。


「もー紗哩シャーリーちゃんはだれかしっかり金銭管理をしなきゃ危ないなあ。……たとえば、基樹さんの奥さんとか……」

「みっしー、その座を狙ってる?」

「えへへ、どうかな? ま、でも紗哩シャーリーちゃんのお金遣いはちゃんとしっかり監視しないとね!」


     ★


 また別のあるときは。


「ぎゃおおおおおん!」

「どうしたShirley、まるで全財産をダービーで溶かしたような顔をして」


 紗哩シャーリーがかじりついていたPCの画面をアニエスがのぞき込んできた。


「ま、まさかあ! やだなあアニエスさん、ダービーは先週終わったじゃない! これはダービーじゃないから大丈夫だよ!」

「そうか、じゃあ安心だな」


 まったくもう。

 アニエスさんは知りもしないで口を出してこないでほしい、と紗哩シャーリーは思った。

 これは安田記念だからダービーとはまったく別物なのだ。


「いやちょっとなんか競馬のレースをたまたまやってたから見てただけだよ、やだなあアニエスさんはぁ~」


 紗哩シャーリーは新車一台買えるくらいの金額を安田記念で溶かした顔で言った。

 実際、溶かした。


「……Shirley、私はお前の姉になる女。だから言っておくけど、モトキと一緒に命をかけてダンジョン配信で稼いだ金を無駄遣いはやめるんだぞ。自分の金とはいえ、モトキ、心配してたぞ。私はShirleyにお金を自由に使わせるのは反対したのに。私が姉になったらお小遣い制導入する」


「わわわわわわかったよ! あははは、やだなあアニエスさんったら。あともしあたしのお姉ちゃんになったらあたしにどのくらいのお小遣いくれる?」


「月5000円もあげてやる。……通帳とカードは全部私が預かるから」


「そそそそそそんな!」


「だいじょぶ。お前が信用できる男のところに嫁に行ったとき全額かえしてやるから」


 冗談ではない。

 紗哩シャーリーは基樹がいれば人生に足りないものなんてなにもないので、ほかの男のところにお嫁に行くなんて想像もしたことない。

 あと月5000円は厳しすぎる。


「ほら、おやつの時間だぞ。スーパーでホワイトロリを買ってきた。食え」


 一袋100円くらいで売ってるボルブンのお菓子を食べながら、うーん、お菓子はおいしいけどこの状況はまずいぞ、と紗哩シャーリーは思った。

 これは、どっちが勝ちヒロインになっても紗哩シャーリーのおこづかいがへらされるではないか!


 ――あたしはちょっと魂の震える金額を賭けて脳細胞をプルプルさせるのが好きなだけなのに!

 お兄ちゃんのお嫁さん候補としてはみっしーのこともアニエスさんのことも好きだからどっちでもOKなんだけど、そうなると脳みそプルプル遊びができなくなってしまう……。



     ★



 みっしーとアニエスは、紗哩シャーリーのいないところで話し合っていた。


「これは、まずいよね?」


 とみっしーが聞くと、アニエスは答える。


「うむ。まずい」

紗哩シャーリーちゃん、ちょっとギャンブルにのめりこみすぎてる……」

「うむ。しかしダンジョン探索者ではよく聞く話」

「そうなの?」

「ダンジョン探索は命がけの冒険。究極の危険に身を晒しているとアドレナリンやドーパミンが脳内でドバドバ出てそれが普通の状態になる。それを繰り返していると脳がその快感になれすぎてしまって日常生活でも刺激を求めるようになってしまう」

「なるほど……。なんとか紗哩シャーリーちゃんを普通の人に戻ってもらわないとこまるね」

「私の妹になる女だからな」

「いやそれはどうか知らないけどっ!」


 かくして、紗哩シャーリーの姉候補二人による、紗哩シャーリーの脳細胞を鎮めよう作戦が始まった。




――――――――――――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございます!

おまけSSの紗哩シャーリー編はまだ続くよ!


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