第105話 おまけSS③ みっしーの憂鬱

 針山美詩歌、十六歳。

 愛称、みっしー。

 彼女は、悩んでいた。


「おはようございます! 羽山はやま有起哉ゆきやといいます。はじめまして、あのみっしーさんとお仕事できるなんて、光栄だなあ」


 目の前には超イケメン俳優で有名な、二十歳の男性。

 輝く笑顔、小さな顔、死ぬほど整った目鼻立ち、ぞくぞくするほどの美形男子、背も高い。

 なんですかこれ、男のくせになんでこんなスタイルがいいの、しかも声も最高にかっこいいし。

 さらには。


「ダンジョン配信、ずっとワクワクして見てたよ。ふふふ、よろしくな」


 三十路すぎたダンディーな男性。

 この人は小倉可夫雄。

 ハリウッド映画にも出演したこともある実力派俳優で、その西洋人みたいな顔立ちはファンも多い。


「うわー、みっしーさんだー! やった、ご一緒できて光栄です!」


 さらにはみっしーよりも年下っぽいこの男の子は、ジュニアアイドル時代からとんでもない女性人気を誇る少年アイドルだ。

 みっしーはニコニコと屈託のない笑顔で、


「はい、よろしくお願いします! こんな素敵なみなさんと同じ映画に出られるなんてこんな光栄なことないです! 演技はまだまだ素人ですので、みなさんから勉強させていただきます! ビシバシと本気のご指導お願いいたします!」


 今回、みっしーは現在制作中の怪獣映画に出演することになったのだ。

 といっても女優というわけもないし、演技にも自信がない。

 セリフもほとんどなくて画面のはしっこに映るだけの、ほとんどエキストラみたいな役だ。

 とは言ってもあの世界を救ったダンジョン配信以来、みっしーの知名度は配信者としてはもはや人類で一、二を争うほどになっており、POLOLIVEの宇佐田社長の方針もあってたまにこうして映画やドラマやCMに出ることも多くなった。

 はっきりいって並みの女性ならそこにいるだけで失神してしまうほどの超人類的イケメンに囲まれて仕事をしているのだ。


 みっしーは、悩んでいた。


 ――全然、ドキドキしない。


 ときめかない。


 顔もスタイルも身長もなんなら性格や仕事に対する姿勢もすべてが素晴らしい俳優たちに囲まれてなお、ときめきを感じないのだった。

 女性慣れしている役者や男性アイドルたちは洗練された口調と手慣れたスマートさでみっしーを二人きりの食事に誘ってくる。

 別にみっしーはガチ恋勢相手にアイドル売りしている配信者、というわけでもないし、気が向いたら男性とお付き合いしてもいい、と宇佐田社長にも言われている。


 そして次から次へと宝石みたいに美しい男たちがみっしーを誘ってくるのだ。

 でも、みっしーはその誘いのすべてをきっちりと断っていた。

 別にそこに誰ともお付き合いしない、なんてポリシーがあったわけじゃない。


 でも。


 心が、魂が震えるほどの男と、巡りあえていないのだった。


「ね、春子さん、明日の予定は?」


 マネージャーの春子に尋ねる。


「みっしー、何度も聞くわねえ、あはは。よっぽど楽しみなのね。明日は新潟に行ってあのメンバーとダンジョン配信よ。基樹さんに紗哩シャーリーさんにアニエスさんにローラさんね。危険だからみっしーは地下一階までよ。いやほんとに地下一階まで! アイテムボックスには一切さわらないこと、近寄らないこと! そのあとほかのメンバーが深層階まで潜りますので、みっしーは東京に帰ってきてもいいけど」


「やだ! そのまま新潟でラーメンでも食べて待つよ。明後日はオフなんでしょ? で、紗哩シャーリーちゃんたちも次の日には戻ってくる予定なんでしょ? だったら私も新潟にいる! 仕事はしあさっての昼からでしょ、だったら朝一の新幹線で帰るもん」


「はいはい、ほんと、みっしーは紗哩シャーリーちゃんが好きよね……。いいえ、好きなのは……。ま、ホテル取っておくわよ」

「いらない! 紗哩シャーリーちゃんのマンションに泊まっていくもん」

「はいはい。紗哩シャーリーさんのマンション、ねえ」


     ★


「やっほー! みっしー、よく来たねー!」


 待ち合わせ場所の、赤道あかみちダンジョン前。

 二か月ぶりにあった紗哩シャーリーが、みっしーに抱き着いてきた。


紗哩シャーリーちゃん、元気してた?」

「もっちろん! 元気元気! 毎日納豆食べてるから健康そのものだよ! 最近は贅沢に新潟名物カレー納豆食べてるから超元気!」


 抱き合い、手を取りあって再会を喜ぶみっしーと紗哩シャーリー

 アニエスとローラもいる。


 そして。

 いつもどおりの、基樹もいた。

 ちらっとその姿を見る。


 みっしーの魂が、震動するのであった。


 自分のために命をかけて闘い、そして勝ち抜いてくれた男が、そこにいるのだった。


 女として生まれて、自分のために文字通り命をかけて戦ってくれた男。

 そんな人に、出会えること自体が奇跡。

 あのダンジョンから無事に脱出して、月日がたつごとに、だんだんとその奇跡が心の中で大きくなっていった。


 好きに、ならないわけがなかったのだった。


 心が弾むのだった。


 どんな美形の男を見てもなんとも思わなかったみっしーの心臓が、どこにでもいるような普通の見た目の基樹を見ると、飛び跳ねて暴れまわってどうしようもなくなるのだった。


「じゃ、配信始めるよー」


 紗哩シャーリーがのんきに言って、カメラを起動し、タブレットをタップする。


〈お、始まった〉

〈おお、いつものメンバーだ。なんか感慨深いな〉

【¥34340】〈みしみしみっしー!〉

【¥50000】〈シャリちゃん、納豆代おいておくよ〉

〈あれ、みっしー風邪ひいてる? 顔赤い〉

〈みっしー、なんか、メスの顔になってる〉

〈アニエスもそうだけどな〉

〈みっしー、今度、羽山有起哉と共演するんでしょ? うらやましい〉

〈あのイケメンか〉

〈みっしーは羽山有起哉とお兄ちゃん、どっちがかっこいいと思う?〉


 そのコメントを見て、


「もちろん羽山さんのがイケメンかなー」


〈じゃ、好きなのはどっち?〉


 一瞬、身体が固まる。

 顔が熱い。

 瞬時にコメ返できなくて、みっしーは口をパクパクさせてから、


「ひゃー……そりゃ、命を救ってもらったから基樹さんのが……」


 うわ、やばい、全身が熱い。

 でもいい機会だ、さりげなく言えるときにいっとこう。


「基樹さんのが、好きだよ」


 言っちゃったーーーーー!!!

 ちらっと基樹の表情を見る。

 少しは、意識してくれてるだろうか?

 あ、ちょっとにやにやしてる。

 嬉しいのかな?

 嬉しかったら、嬉しいな。


「そりゃ、そう。私も、モトキが好き」


 アニエスが言う。


「いやーモテ期だね、いや、モテるべくしてモテてるねこれは。どうする、モトキ、どうするー?」


 ローラがいたずらっぽく言う。

 基樹はちょっと視線を泳がせながら、


「ああ、よくわからんけど。今回も俺がお前らを守ってやるからな」


 守ってやる!


 俺が守ってやる!


 守ってやるっていわれたぁぁ!


 くぅぅぅぅぅん!


 みっしーは多幸感に包まれ、全身の血流がドクドクいって、なんだかわからないけど下腹部のあたりがキュンキュンして立っていられなくなった。

 あ、やばいやばい、こんなの、やばい。


「よし、じゃあ行くぞ、俺が前衛だ。一応マネーインジェクションしておくか? ……みっしー、ほんとに熱とかないか、なんだか顔が……」


 やばい、ほんとにやばい、守られたい、守られたい、ちょっとモンスターに襲われるふりをしてでも基樹に守られたい、絶対に…………最高に気持ちいいと思う。


「やさしくね、やさしく」


 みっしーは基樹に腕を差し出し、その男っぽい指で不器用に注射をされるのも気持ちよすぎてまたもや下腹部がキュキュキュンッ! となった。


 見ると、アニエスもとろけるような顔をして注射されていた。

 上気した顔をした女性二人、顔を見合わせて、お互いに同じ気持ちでいるのがわかると、にへらと笑いあった。


 ふふふ、どちらがうまいことモンスターから守ってもらえるか勝負だよ。

 アニエスさんは探索者として強すぎるのが弱点!

 そんなみっしーとアニエスを見て、ローラがぽつりと言うのであった。


「一応下着の替えあるけど、もういる? それともあとにする?」

「えへへ、まだぎり大丈夫……でもあとでください」


 みっしーはだらしなくそう言うのであった。



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