第100話 ケチ臭い

 一人三十億円、五人で百五十億円。

 人類を守る戦いだと思えばこんな安いことはない。

 俺にしてみれば、人類というよりも、今ここで死にたくないし、生き延びて妹となんてことない生活を送ってのんびりと生きていきたい。

 そのためにも。

 目の前のこいつは絶対に倒さなければならない。


〈公的資金まで注入されてる〉

〈もはや人類代表だな〉

〈がんばれ〉

〈たのむ〉

〈俺たちの命もかかっている、貯金全額スパチャした〉

〈今官房長官が記者会見してる、年金砲をぶちこむかもしれん〉

〈年金砲は草 世界経済がおかしくなるぞ〉

〈いや、この戦い負けたら人類が滅ぶんだってば〉


 まず最初に攻撃をしかけたのはみっしーだった。

 この判断の速さ、もう探索者としては一流だな。


「集まれ水の精霊! 手を握り合え、凍てつきつぶてとなりてすべてを砕け! 氷礫アイスボール!! 雷鳴よとどろけ! いかづちの力を解放せよ! サンダー!」


 アイスボール、とは言ってもそれは敵を刺し貫く禍々しい楔の形をしていた。それに稲妻の杖の魔法を重ね掛けし、稲妻をまとった氷の刃をアウロラに向かって連発する。

 アウロラはみっしーを見くびっていたのか、その詠唱を無効化はしない。

 だけど三十億円のマネーインジェクションだ、その魔法の威力はすさまじい。アウロラも無視するわけにはいかず、両手で持った槍でそれを叩き落す。


「空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 紗哩シャーリーの攻撃魔法。

 そいつは数百もの空気の刃を作り出し、点ではなく面でアウロラに向かって放出された。

 さすがによけようもなく、アウロラの身体が斬り裂かれる。


「いっくよーっ!」


 パァン! というソニックブームの音ともにローラがダッシュし、アウロラの腹部に蹴りを叩き込んだ。

 スマッシュヒットだ、アウロラの身体が吹っ飛ぶ、そこにアニエスさんがとびかかる。

 俺もそれに続いて名刀ヤスツナを振りかざして斬りかかった。


 俺とアニエスさん、合計六十億円。

 人間の血と汗と涙がこもった六十億円。

 時給千円ではたらいたら……どのくらいかかるんだ、20000年くらいかかるんじゃねえか。寿命のない吸血鬼でもないと絶対無理だな。

 それだけの金額を、人間の思いを、アウロラに叩きつける。

 だが、アウロラはたった一本の槍で俺とアニエスさんの攻撃をすべて受けきって、さらに反撃まで加えてくる。

 くそ、どんだけ強いんだこいつは!

 槍の攻撃をかわし、翼についた無数の目玉からのビーム攻撃を叩き落し、なおも俺たちは斬りかかる。

 だが。


「たかが一惑星の一生命体にしてはやるね、いままでの生命体で一番君たちが強いよ」


 そう言って槍を一振りするアウロラ、俺たちはそれだけで数十メートルも吹っ飛ばされた。


 くそがっ!


 すぐに立ち上がり、斬りかかろうとする。


「星も月も太陽も! すべての光はあたしの閉じる暗幕で静かに眠る! 光よ、閉じなさい! 暗黒の黒がお前たちの視界を支配する! 暗闇ダークネス!!!!」


 紗哩シャーリーが視界を奪う魔法を唱えた。

 だがアウロラはもう油断していない、


「星も月も太陽も! すべての光はあたしの閉じる暗幕で静かに眠る! 光よ、閉じなさい! 暗黒の黒がお前たちの視界を支配する! 暗闇ダークネス!!!!」


 逆位相の声をだしてその詠唱を無効化する。

 だが隙はできた、俺とアニエスさんとローラが同時にアウロラへ突撃する。

 しかしアウロラの槍が一閃、俺たちはまたもあえなく吹っ飛ばされた。

 くそ、強すぎんだろこいつ。


「君たちは虚数空間で永遠に生きるといい」


 無数の目玉がついた白い翼を羽ばたかせ、虹色の瞳で俺たちを冷たく見るアウロラ。

 くそ、いくらマネーインジェクションしてもまったく力負けしちまう、どうかならないか、どうにか。


「さあ、きみたちも終わり――」


 アウロラはそこまで言ってから、突然しゃべるのをやめた。

 いや、やめたんじゃない、喋れなくなったのだ。

 ライムだ。

 いまだ不可視化ポーションの力によって透明になっていたライムが、アウロラの顔に張り付いたのだ。

 それは同時逆位相の詠唱ができなくなったことを意味する。

 サンキューライム!

 絶好のチャンスがきた!


「地の底の底、燃えさかるマグマ、すべてを焦がし溶かす灼熱の溶岩! 燃えろ、俺の魂! 俺の力を、心の力を、魂の力を、血液を、筋肉を、すべてを燃料に変え爆ぜろ! 火砕流となって敵を滅しろ!」


 俺は魔法の詠唱を行った。

 そのあいだもアウロラは自分の顔からライムをひっぺがそうとしている。


火山弾ヴォルケーノアタック……」


 だが詠唱が終わっても俺はまだ魔法を発動しない、ぐっとこらえる。


「ライムちゃん!」


 みっしーが叫ぶ、ライムは透明のままアウロラのもとを離れたみたいで、みっしーの胸に飛び込んできた。その途端、不可視化ポーションの効果がきれたみたいでライムのオレンジ色の姿が目視できるようになる。


 ライムの粘液の身体はアウロラにひきちぎられていて、かなりちっちゃくなっていた。ライムにもマネーインジェクションを打っていなかったら、死んでいたかもしれんな。

 さて魔法の詠唱を終わった俺は、アウロラとにらみ合う。


「ふむ。人間にしては――」


 目をすがめてアウロラが言った。


「やるじゃないか」


 その直後、


「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 俺は魔法を放った。

 とんでもない熱量のマグマが俺の両手からふきだし、床も天井も空気も焦がしながら俺たちの前方すべてを覆い、爆発した。


「輝け! あたしの心の光! 七つの色、虹の力、壁となりてあたしたちを護れ! 防護障壁バリアー!!!!」


 紗哩シャーリーの魔法障壁がその熱と爆風から俺たちを守る。


〈やったか?〉

〈やっただろ、三十億円のヴォルケーノアタックだぞ?〉

〈絶対生きてない、勝ちだろ?〉

〈やったな〉


 おいやめろ、それはフラグだ。

 身構えている俺たちの、爆炎の中アウロラが飛び出してきた。

 全身が焼けこげ、翼についていたいくつかの目玉は溶け落ちている。

 ほとんど体当たりに近いその攻撃を俺はヤスツナで受ける。

 次の瞬間、ローラが横からドロップキックのようにアウロラの身体を吹っ飛ばし、その吹っ飛ばした先にはアニエスさんがいて、


「やっと、終わり。これでぬいぐるみちゃんたちにただいまを言える」


 そう言ってアウロラの首を切り落とした。

 アウロラの身体は首を失ってもなお俺を槍でつき殺そうとしてくるが、


「雷鳴よとどろけ! いかづちの力を解放せよ! サンダー!」

「空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 紗哩シャーリーとみっしーの同時攻撃、いかづちをまとった空気のカッターがアウロラの身体をスパッと縦に切った。

 血の代わりに輝く火花が散り、アウロラの身体は力なく床に落ちた。

 そして、もう二度と動かなかった。


 首だけとなったアウロラはそれでも首のまま空中に浮かんだ。

 初めて虹色の瞳に感情――怒り――をあらわにし、俺に向かって飛んでくる。


「インジェクターオン! セット、gaagle adsense!」


[ゲンザイノシュウエキ:312オク2544マン5800エン]


 人類が滅亡するか、しないか。

 その最後の金額にしては、安いのかもしれない。

 俺は叫んだ。


「セット、312億2544万5742円!」


 そしてバカでかい注射器の針を自分の腕に刺す。

 俺の全身に力がみなぎる。

 熱い。

 俺自身が光になったかのようにあたりが照らされる。

 俺は名刀ヤスツナを上段にふりかぶる。

 身体は焼けるようなのに、心は静かに凪いで冷静だ。


 俺は。


 俺は。


 ヤスツナを、振り下ろした。


 まばゆい閃光がダンジョン内を照らす。

 そして――。

 すべてが終わった。


「はぁ、はぁ、はぁ、……」


 聞こえるのは俺たちの息遣いだけ。

 俺の目の前には頭頂からまっぷたつになったアウロラの頭部。

 虹色に輝いていたその瞳はもう真っ黒で、光はない。


 ――死んだ。


 紗哩シャーリーがそっと歩いてきて、その頭部に風呂敷をかけた。

 顎が不自然にとがったキャラが笑っている。


 ……終わったのだ!


〈ああああああああああああああ〉

〈勝ったぁぁぁぁぁぁぁっ!〉

〈やったぁぁぁぁぁぁぁぁっ〉

〈人類の勝利だ!〉

〈ダイヤモンドドラゴンの角は貴重だから持って帰ってきて!〉

〈あとそいつの耳も!〉

〈やばい、泣いてる〉

〈みっしーの勝利だ!〉

〈ところでなんで58円残したんだ?〉


「大した意味はないさ。絶対生きて帰って、妹と3パック58円の納豆を食べるんだってだけ。少しは金を残しておかないと食うもんがないからな」


 俺はそう言った。


「ん? それじゃみっしーとローラの分がないぞ? かわいそう」


 アニエスさんがそう言った、あんたは食うのかよ!


     ★


 目の前には青く光り輝きながら渦巻くテレポーターポータル。

 俺たち五人と一匹は手をつなぐ。

 いや、ライムは俺の肩に乗っているんだが。

 アウロラに引きちぎられたせいで、ちっちゃくなっちゃって手乗りスライムになっちまったな。

 手をつないだ俺たちは、


「じゃあ、俺が合図するぞ」

「うん」

「よし、じゃ、いくぞ、1、2の、3、」

「「「「「ジャーンプッ!!!!!」」」」」


     ★


 ぷわんぷわんぷわん!

 けたたましい音とともに俺たちの身体はテレポーターによって運ばれ――。

 そして、ダンジョンの床に降り立った。


「あれ? ここどこだ」

「ちょっと待って」


 みっしーがスマートウォッチを操作する。


「えっとね、亀貝ダンジョンの……地下七階!! ここからなら階段使って地上に帰れるよ!!!」

「なんだよ、地上まで送ってくれよ、ケチくさいなー!」


 まあしょうがない。

 俺たちは正真正銘、間違いなく、このSSS級最難関ダンジョンである、亀貝ダンジョンを攻略したのだ。



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