第99話 Gotcha!


 俺の心臓が槍に刺し貫かれる寸前。

 ごつん、と何かがアウロラの足元の床にぶつかった。

 石ころだった。


「へへー、大事なとこなのに外しちゃったよ……いやーまじでやばい、片手片足だと練習は必要だ」


 ローラだった。

 片足を潰されたのに、そのとんでもない精神力でたちあがり、風呂敷でできた簡易投石器をぶんぶんとまわしていた。


「片腕片足を潰されてもなお、戦おうとするのか。しかし、そんな石ころでボクを倒せるわけないよね? どうしようもないのに、なぜ無謀な戦いをする?」


「いやさー、私もそう思うけど、これ負けちゃったら人類滅亡の危機なんでしょ? 負けるのは仕方がないけど、最後まで戦った、っていう言い訳はほしいじゃんー?」


「言い訳……。人類とは悲しくもこっけいな存在だね」


「人類はね、奇跡を信じて生きてるからさー、こんな石ころでもあんたに当たればどうにかなるかもしれないじゃん?」


「ならないよ」


「じゃあ、試してみるよ。これが、人類最後の反抗だよ。石ころが、人類最後の攻撃。受け取ってね」


「受け取って、そのまま君に投げ返すよ。それがキミの命の終わりだ」


「そのセリフ、私の人生で一番うれしいっ! それっ!!」


 ローラが片足でバランスをとりつつ、見事なフォームで石ころを投石器で投げた。

 それはまっすぐアウロラに向かっていく。

 ただの石を風呂敷の投石器でなげたところで、こんな化け物をどうすることもできるはずがなかった。

 石ころがこんなSSS級モンスターをはるかに超越した怪物に、わずかなダメージも与えられるわけがなかった。

 俺たちはもう終わりだ。


 そう、石ころが石ころだったならば。


 でもさ、もし。


 もし、その石ころが。


 


 


 アウロラはなんともなしにその石を手の平で受け――。

 そして、アウロラの片腕が爆発するように霧散した。


Gotchaガッチャ!」


 叫ぶローラ、ひるむアウロラ、よし、隙ができた。

 絶好のチャンスだ。

 ここから大逆転だ!

 俺は。

 叫んだ!


「ラァァァァァァァァァァァァイイィィィィィィムゥゥゥゥッ!!!」


 この戦いのさなか、ライムはどこにいたのか?

 天井だ。

 俺の指示で、天井にはりついていたのだ。

  それも、不可視化ポーションの力によって誰にも視認されなくなった状態で。


 そして。


 あらかじめ俺が多量に具現化させておいた注射器を体内いっぱいにため込んでいるのだ。

 俺の能力、マネーインジェクションは大ケガを治すためにはケガを負う前ではなく、後にインジェクションする必要がある。

 だから、万が一俺が意識を失うとかして、マネーインジェクションによる回復ができなくなる事態に備えて、大量の注射器を持たせたライムを天井に張り付かせて待機させていたのだ。


「ライム、今だ、頼む!」


 俺の合図と同時に、何もないはずの天井から、注射器が俺たちに向けて発射された。

 その数数十本。

 あるものは俺の身体に刺さり、あるものはアニエスさんやローラや紗哩シャーリーやみっしーの身体に刺さり、あるものは外れて床に刺さった。


 おいおい、いっとくがこれ一本五千万円だからな。

 とんでもねえ金額が床のしみになっちまったぞ?


 俺の身体には四本刺さった。

 ちなみに一本は俺の顔めがけてきたんでとっさによけちまった。

 何やってんだ俺、五千万円がパー。

 まあしかし、俺の身体は瞬時に回復する。


「ぐぅおおおおおおおお! 国税庁のみなさん、見てたよな、これは経費だっ!」


 俺は叫びながら立ち上がった。

 両腕はすぐに再生された。落ちている俺の右腕はまだしっかりヤスツナを握ってる、偉いぞ俺の右手、俺はそこからヤスツナを奪い取る。

 紗哩シャーリーとみっしーが立ち上がるのが見える、アニエスさんは……もう姿が見えない、不可視化ポーションとかなしでこれができるのはすごいスキルだよな、長持ちはしないらしいけど。

 そしてローラも腕が生えてきている。

 みな完全復活だ。


〈株価の乱高下がすごい〉

〈テレビ京東以外みんなこのニュースやってるぞ〉

〈テレビ京東は越前ガニの通販やってるな、ってことはまだ地球は大丈夫だ〉

〈きた! gaagleのCEOがお兄ちゃんのチャンネルに限りスパチャの上限撤廃を宣言したぞ〉

〈遅くねえか?〉

〈CEO、最近まで流行の感染症で寝込んでいたらしい〉

〈とにかくみんなで全力でスパチャ投げよう〉

【¥1,000,000】〈頑張れ! 頑張れ!〉

【$100,000】〈I believe in your courage. You will win.〉

【¥1,000,000,000】王義正〈応援してます〉

〈ああ? ハードバンクの王義正だと!? 十億円!?〉

【$5,000,000】Aaron musk 〈I promised you that I would give you the money.〉

〈アーロンマスクまで!?〉

【¥12,000,000】新潟市長のワクワクチャンネル〈頑張ってください〉

【¥800,000,000】防衛省

【¥50,000,000】内閣官房

【¥10,000,000】みっしーのパパママチャンネル〈美詩歌! 頑張れ!〉

【¥1,000,000,000】POLOLIVE公式〈みっしー、みんな、がんばれ!〉


 次から次へと、目もくらむようなスパチャが連打される。


「インジェクターオン! 残高オープン!」


[ゲンザイノシュウエキ:220オク5282マン4200エン]


「セット、三十億円!」


 そして俺は自分に注射器を打ち込む。


「セット、三十億円! アニエスさん!」


 スキルで姿を消していたアニエスさんが俺の十メートルほど先に現れた。

 俺はアニエスさんに向かって注射器をぶん投げる。


「危ない!」


 アニエスさんはそれをひらりとよけると――よけんなよ!――でもちゃんと手でつかまえて、自分で丁寧に痛くないように腕に注射している。

 そういやアニエスさんは注射器嫌いだったなー。

 同じように、ローラ、紗哩シャーリー、みっしーにもそれぞれ注射器をぶん投げた。


「いったー!! 結局基樹さん、最後まで注射器をやさしく打つってことを覚えなかったね!」


 怒った声で言うみっしー、そんなん言うなよ、しょうがないだろ。


「いいんじゃない? 優しい男はモテないからねー」


 とかなんとかいいながらローラは復活した腕をぐるぐるまわしている。お前のおかげでまじで助かったぜ、地球が。まさか賢者の石を投石器で投げるとはな。

 さてと。


「俺たちがマネーインジェクションするあいだ、律儀に待ってもらって感謝するぜ」


 アウロラに言った。


「興味深い。本当に、君のそのスキルは興味深いよ。通貨を力に変えるとは。最後まで見届けたくなったのさ」




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