第96話 もう一人の化け物


 俺たちパーティはどんな攻撃が来てもいいように身構えている。

 アニエスさんにいたってはすでに姿を消している。


「アウロラってローマ神話の暁の女神アウロラからきているのかな。放射する光、まさにそれだ」


 ローラがファイティングポーズをとりながら言った。

 と、そこに。

 化け物がもう一人、いた。


「こんにちは! 私、針山美詩歌といいます! 十六歳の日本の高校生です! よろしくお願いします! ぜひ仲良くできればうれしいです!」


 コミュ力の化け物が。

 相変わらずコミュニケーションがすべてを凌駕すると思っている怖いもの知らずさだな。


「あはははは! おもしろいね。で、なにか話したいことがあるのかい?」


「私たちはここから脱出できればそれでいいです! そのあとダンジョンを潰してもらってもかまいません! でも私たちが脱出するまえにダンジョンを潰されると、私たちもダンジョンと一緒につぶされちゃうみたいです。ですから、私たちはアウロラさんになにもしませんし、敵対する理由もその気もないので、私たちがそこのテレポーターポータルに入るのを許してくださいませんか?」


 少年はひとつ、羽ばたいた。

 翼の中の無数の目がぎろりとみっしーをにらむ。


「ひゃー」


 さすがに恐怖したのか、みっしーは短く悲鳴を上げた。

 だが青髪の少年――アウロラはにっこり笑って言った。


「うん、いいよ。どうぞ。ボクも君たちに用はない。あのポータルを通って、帰還するといいよ」

「ほんとですか!? ありがとうございます!」


 笑顔でペコリと頭を下げるみっしー。

 そんなうまい話ないと思うんだけどなー。


「ほんとにいいんだな?」


 俺が聞くと、アウロラは、


「うん、もちろんいいよ。君たち人類は家族を大事にするんだろう? 帰って家族との時間を大切にしなよ。残り少ない時間だから」


 ほうらきた。


「残り少ない時間とは?」

「これからボクはSSS級と君たちが呼ぶダンジョンを世界中で消滅させてまわる。歪みをなおすのさ。ばねをぎゅーっとおしつけて、ぱっと手を離すとどうなると思う? ばねの歪みが解消される。でもそれと同時にエネルギーも放出されて、ばねは飛び跳ねるよね? 地球も同じさ。歪みを治した反動がくる」


「具体的には?」


「あはは、やっぱり知りたいかい? 人類ってのは知りたがりだもんね。具体的にいうなら地磁気と地軸が一瞬にして変動する。それは地球の天候に影響を及ぼし、長い氷河期を迎えるだろう。……うまくやれば人類も絶滅はしないかもしれないよ。さきほどチリとロシアのダンジョンを潰したよ。しばらくすると小さな地震が起こると思う。それがいくつも重なってついに地磁気と地軸の変動につながるわけさ。最低でも今から一年以内に60億人以上は死ぬだろうが、数億人は生き残れる可能性はある。うん、がんばってね」


〈ほぼ全滅じゃねーか!〉

〈あれ、待って、俺もう死ぬの?〉

〈俺今から好きな女に告ってくる〉

〈やばいやばいやばい嘘だろ?〉

〈ちょっとカメラ位置わるいよ、そのショタの耳が見えない〉

〈地震速報きた、まじでチリとロシアで地震!〉

〈エグい〉

〈氷河期になってみんな死ぬの?〉

〈待ってこんなことになるなんて考えてなかったから現実感ゼロ。まじで世界滅亡?〉

〈あばばばおあdsfjごいjgさおいが〉

〈俺この配信見終わったら結婚するんだけど〉

〈私明日出産予定日です。死にたくないです〉


 くそ、なにを言ってやがる、こいつ。


「お前は何者なんだ?」


「さっき、モンスターに教えてもらっていただろう? 歪みやたわみを治療するものさ。ダンジョンはこの宇宙の物理法則にのっとっていない。その理由については人類の脳の大きさでは理解できないだろうから説明しないよ。ただ、それは歪みだ。歪めば治そうとする宇宙の働きがおこる。ボクはただそれだけの存在だ」


「もし。もし俺がお前を倒してしまったら?」


「倒す? 消滅させるってことかな、そうしたらこの地球のゆがみはさらに大きくなる。時間とともにゆがみは大きくなり続け、そしてたったの十二億年でその歪みは極限に達し……地球そのものがはじけてしまうだろうな」


 なるほどね。たったの十二億年後ね。

 ……すまんな、十二億年後の人類。

 俺は責任を持たない。

 俺はただ、妹と二人で仲良くつつましく生きていきたいだけだ。


「お前を倒す」


 俺はそう言った。


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