第77話 すだちとかぼす

 久しぶりの温水シャワーで心身ともにリフレッシュした俺たち(多少の精神的ダメージはあったけど)。


「いやーまじでさー、生き返ったよねー、あのシャワー」


 石化したアニエスさんをおんぶしながらローラが笑ってそう言った。


「あー地上に帰ったら温泉に行きたい……お兄ちゃん、連れて行ってね」


 そうだな、紗哩シャーリーは免許持ってないし、ドライブがてらにどこか日帰り温泉にでも連れて行ってやるかー。

 西蒲区にしかんくのあたりまでいって、弥彦神社でも散策して……。

 温泉入ってさー。

 湯上りに食堂で刺身定食でも食ってさー。


 いいなあ。


 地上に帰りたい。

 ま、ドライブといっても俺の車は超乗り心地の悪い11年落ちの軽だけどな。


「あ、それ、私も行きたい……私も!」


 みっしーがそういうと、


「もちろん! みっしーも一緒に行こうね!」


 紗哩シャーリーが即答する。


「あ、私とアニエスも一緒ね!」

「おいおい、俺の車は軽だから四人までしか乗れないぞ……」

「じゃあレンタカーだね!」


 わいわいと会話しながら進む俺たち。

 ここはSSS級ダンジョンの地下11階、もはや後戻りはできない階層、陰鬱とした迷宮の中、俺たちは奥へと進んでいく。

 と、突然。

 先行していたオレンジスライムが、慌てたようにぴょんぴょんと俺たちの元へと跳ねてくると、俺の足元でポヨンポヨンと飛び跳ねる。


「ん、敵か。インジェクターオン!」


 もう条件反射的にスキルを発動させ、パーティメンバーに注射していく。

 さあお次はどんな敵だ?

 ん、天井を這ってくるな、また蛇か……と思いきや。


 節に分かれた黒い胴体、黄色がかった無数の足、顔には巨大な触覚とハサミのような顎。


 ムカデだ。


 それも、全長十メートルはあろうかという巨大ムカデ。

 やべー、これは……かなり……気持ち悪い見た目だぞ。

 うお、一匹だけじゃねえな、三匹もいるぞ。

 しっかし、数十対もある足がゴニョゴニョと動くさま、ほんと背すじがぞっとするぜ……。

 虫が嫌いなみっしーなんてさぞや……。

 と思ってみっしーの顔を見てみると。


 みっしーは氷のように冷たい無表情でそのムカデのモンスターを見つめている。

 顔色は真っ青、唇を真一文字にひきしめている。

 稲妻の杖を持つ手に力が入りすぎてワナワナと震えていて――。

 そして、無表情のままのみっしーの両目から、ダバーっと涙があふれてきた。


「みっしー、ムカデは節足動物だけど昆虫じゃないから大丈夫だよ!」


 ローラが慰めにもならないことをいってる。

 いやあ、正直俺が見てもきもちわりー見た目してるからなー。

 そういやギューキのときも、蜘蛛の足部分は紗哩シャーリーに目の届かないところに捨てさせてたよなー。肉はうまそうに食ってたけど。

 まあいい、なんであれ倒すだけだ。


「よし、みんな戦闘の準備を――」


 俺がまだ言い終わらぬうちに。


「雷鳴よとどろけ! いかづちの力を解放せよ! サンダー!」


 みっしーの声が響く。

 稲妻の杖の先から放出されたカミナリの魔法がムカデを直撃する。

 俺も刀を引き抜いて天井に張り付いているムカデに斬りかかる。

 マネーインジェクションのおかげで我ながら跳躍力が人間離れしてるからな。

 数メートルくらいならなんの苦労もなくジャンプすることができる。


「空気よ踊れ、風となって踊れ、敵の血液とともに踊れ! 空刃ウインドエッジ!!」


 紗哩シャーリーの攻撃魔法、さらにはみっしーも稲妻の杖だけではなく覚えたての攻撃魔法を放つ。


 「集まれ水の精霊! 手を握り合え、凍てつきつぶてとなりてすべてを砕け! 氷礫アイスボール!!」


 さらには。

 ちょうどのタイミングで、アニエスさんも石化から戻っていた。

 あ、アニエスさん起きたな、と俺が目の端で確認した次の瞬間にはそこから姿を消していて、数秒後にはもうムカデの足を数十本切り落としていた。

 マネーインジェクションなしでこれだっていうんだからさすが人類最強のニンジャだ。


〈やべーこのパーティ〉

〈いちおうこのムカデのモンスター、SS級なんですけど〉

〈お兄ちゃんの底上げ効果がすごいから〉

〈みっしーも戦闘慣れしてきているし、パーティの安定感がやばい〉

〈もうだいたいのモンスターは軽く狩れるだろこれ〉

〈お兄ちゃん強い〉

〈もうすごすぎて言葉もないわ〉


 あっという間に三匹のムカデを絶命させる俺たち。

 いやあ、まじで俺ら最強じゃね?


「うむ、モトキ、お前、ほんとに強い、SSSクラスに昇級したのも当然」


 人類最良にして最強とよばれてるアニエスさんに褒められて俺もうれしい。


「だからモトキ、お前、私のパー……」


 そこまでいって石化するアニエスさん。


「あー!!!  アニエス、そんなかっこうで石化しちゃって! おんぶしにくいでしょうが!」


 なんかローラが怒っている。

 みっしーはもう死骸になったムカデの死体を念入りに稲妻の杖で焼いているな。

 うーん、そんなことすると逆にムカデの肉が焼ける臭いがたちこめてやばいことに……。

 一瞬気をゆるめそうになったそのとき。


「あ、お兄ちゃん、あれ!」


 紗哩シャーリーの焦ったような声にそちらを見ると、あ、もう一匹いやがった!

 ムカデのモンスターがちょうどオレンジスライムにかじりついているところで――。

 SS級モンスターとスライムでは人間と蚊くらいの戦闘力の差がある。

 もう半ばスライムはムカデに食われかかっている。

 モンスターがモンスターを捕食したところで別になんの感慨もわかないはずだけど、なんか、こう、情もわいちゃっているしなー。

 俺は刀を抜いてムカデに斬りかかり、まずはスライムを捕まえているでかいハサミ型の顎を切り落とした。

 スライムはポヨンポヨン跳ねながら紗哩シャーリーたちのもとへ。

 俺は刀をふるってムカデをなんなく切り殺した。


「……ま、助かってよかったな」

「よかったねー、ライムちゃん!」


 紗哩シャーリーがスライムの頭をなでている。


「いやちょっと待て紗哩シャーリー、ライムちゃん?」

「うん、スライムだからライムちゃん!」

「待て待て、ライムってあの緑色の果物だろ、すだちとかかぼすっぽいやつ。そいつ、オレンジ色だぞ……」

「かわいいからいいじゃん! ね、ライムちゃん!」


 うーん、紗哩シャーリーはかわいい妹だけど考えが足りないのがタマにキズだ。


「ライムちゃんか、うん、かわいいかわいい」

「へー、オレンジ色してるのにライムとかキラキラネームだねー、おい、よかったね、ライムくん」


 みっしーとローラもネーミングに納得しているみたいなのでよしとするか。

 そのライムは、俺の足元にやってくると、じゃれつくようにして俺に身体を擦り付けてくる。

 俺のことをきちんと命の恩人と認識しているみたいだな。


「よしよし、ダンジョンの中にいる間だけでも一緒に探索しような」


 といって、俺はライムの身体を撫でた。

 なるほどー。

 これがおっぱいの感触……。

 ふむふむ……。


〈お兄ちゃん、考えていることが顔に出ていて草〉


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