第76話 じゃれあい

「おっほー!!! お湯だ! お湯なんだけど!」


 喜色満面で紗哩シャーリーが叫んだ。

 ダンジョンの壁からザーと流れ出ている湧き水。

 この亀貝ダンジョンでは特に珍しくもない光景だ。

 他のダンジョンでは水の確保が難しかったりするけど、ここでは湧き水が豊富で、あちこちに採水できる場所がある。

 それだけは俺たちみたいに特に大掛かりな準備もなくダンジョンに潜っているパーティにとってほんとに助かることだった。

 ま、他のダンジョンに比べると敵のモンスターが段違いで強すぎるんだけどな。

 さて、今回も湧き水があったのでさっそく紗哩シャーリーが水筒で水を汲もうとした瞬間、紗哩シャーリーがそう叫んだというわけだった。


「まじで? ……ほんとだ、お湯だ! え、ってことはこれ、温泉ってことかな?」


 みっしーも嬉しそうな声。

 俺もその湧き水……というか温泉に触れてみる。


「おお……お湯だ……」


 俺も思わず声が出る。

 うん、温度43度くらいのほどよい熱めのお湯だ。

 ちなみに温泉の定義というのは温泉法で決まっていて、冷たくても成分が十分であるか、または成分が基準を満たさなくても25度以上あれば温泉と認められる。

 俺が住んでいる新潟市の周辺にはたくさんの日帰り温泉があるので遊びに来た時にはぜひ入っていってくれ。

 おすすめは秋葉区にある油くさい温泉だ。見た目もお湯もヤベー温泉施設だから、メンタルに自信のある人は遊びに行ってくれ。

 おっと俺は日帰り温泉大好き人間なのでついつい語ってしまったぜ。

 さて郷土愛と温泉愛を熱弁するのはここまでにしよう。


「これさー、もう温泉シャワーじゃん。順番に浴びていこうよ!」


 うん、俺もローラの意見に賛成だ。

 今日は九月十六日、このダンジョンに潜ったのが九月二日だったから、もう二週間もまともに温かい風呂に入っていない。もちろんシャワーもだ。

 こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

 みんなでジャンケンをして、順番決め。

 渾身のチョキで俺が優勝、俺が一番だ!

 あまりに早くシャワーを浴びた過ぎて、ジャンケンの前にマネーインジェクションをしようか迷ったほどだったぜ。

 ……ジャンケン強くなるのかは知らんけど。

 

 さて、オレンジ色のスライムが傍らでぷよぷよし、妹の紗哩シャーリーが見張りしている。

 ま、紗哩シャーリーは狭いアパートで一緒に住んでいる実の妹だから、いまさら裸を見たとか見られたとかでどうこうはいわんしな。

 さて、俺は天然の温泉シャワーを頭から浴びる。


「うおおおおおっ! 気持ちいいっ!」


 すげえ。

 熱いシャワーがこんなにしみるなんてな。

 お湯はちょい熱めでほんの少し、かすかに硫黄の香りがただよう、まじな温泉だ。

 汗まみれ、血液まみれで二週間もダンジョン探索してるんだ、そこにこんな、こんな、お湯のシャワーを浴びたらそりゃ絶頂するほど気持ちがいい。

 実際、あまりの快感に気絶するかと思ったぞ。

 石鹸なんて持ってないので、ひたすら手の平で身体をこする。

 いやー、うん、サイコー。


「お兄ちゃん、はやくしてよー。次あたしだからね!」

「いや待て、もう少し、もう少し温まらせてくれよ……」


 いやはや、これでシャワー上がりにビールでも飲めたらもう死んでもいいくらいなんだがな。

 そんなわけで、俺たちは順番に数日ぶりに順番にシャワーを浴びる。

 アニエスさんにも石化から戻ったらすぐにシャワーを浴びさせた。

 これでみんな、ほかほかのピカピカになったな。


「いやー、生き返ったよ……」

「ほんと、気持ちよかった……」

「もうさー、髪の毛を洗えたのほんと久しぶりだったよ。シャンプー持ってきておけばよかった」

「クンクン。温泉、最高。私、硫黄の匂いしてる」


 みんな口々にお湯をほめたたえ、そして牛肉の煮込みスープを口に運ぶ。

 うーん、最高にリラックスしているなー。

 俺たちのそばでは、俺たちを真似したのか、スライムもお湯を浴びている。


「あはは、なんかかわいい」


 みんなで笑顔になってその様子を眺める。

 ああ、こんなに気持ちが軽くなるのは久しぶりだな。

 やっぱり、温泉のお湯ってのは人間の心身をリフレッシュさせる最高のアイテムだ。

 お、スライムのやつ、ぷにぷにと動いてなんか変な形になっていくぞ。

 ……うん?

 人間の形になった。

 まあ、表面はスライムのままだから、オレンジ色の粘液の身体なんだけど、それがそのまま、人の姿をかたどって……。

 うん?

 これは女性の身体かな?

 まあまあ鍛えられてて、胸の大きさは中の上、けっこう足が長くて……スタイルがよくて……。

 ……これ、俺の知っている身体だな……。


「ぶほぉっ!」


 紗哩シャーリーが飲みかけの水筒の水を吐き出した。


「ちょっとちょっとスライムちゃん、それ、それ、あ、あ、あたしじゃん……」


 スライムのやつ、どうもシャワーを浴びていた紗哩シャーリーの裸をおぼえていて、それを自分の身体で表現したらしい。


「ふはは、そっくりそっくり」


 俺が思わず笑うと、頭を紗哩シャーリーに軽くはたかれた。


「もう! バカお兄ちゃん! スライムちゃんもそれをやめなさーーーーい!」


 するとオレンジスライムは形を変え、今度はアニエスさんそっくりに形を変える。

 ちなみにアニエスさんはシャワー後石化しているので、誰も突っ込まない。


「うわー……スライムちゃんさー、少しはおっぱい盛ってあげないとかわいそうじゃん?」


 ローラ、止めてやれよ……。


〈やべえ、カメラをそっちに向けろ!〉

〈おい、カメラの向きがお兄ちゃんの顔を向いているんだけど?〉

〈お兄ちゃんの顔なんてどうでもいいから裸を映せ〉

〈ばか、そんなことをしたらBANされるぞ〉

〈どうなんだろう、スライムの変形でもBANされるかな……?〉

〈オレンジ色だしAIが人の裸だと認識しないからセーフじゃない?〉

〈おい、そんなわけでカメラをスライムに向けろ!〉


 いやいや、どんなわけだよ、俺のかわいい妹やパーティメンバーの裸を全世界にさらすわけがないやろがい!


「ま、お前らは俺の顔でも楽しんでいてくれ」


〈楽しめるか〉

〈お兄ちゃんってひげ薄いよな〉

〈剃らなくてもいいからラッキーだったな〉

〈中年になるとだんだんひげが濃くなるぞ〉

〈私はお兄ちゃんの顔でいいよ。……ふぅ……〉

〈せめてお兄ちゃんじゃなくて女の子の顔を映してくれ・・・〉


「じゃあアニエスさんの顔を映しておくか」


〈草〉

〈石化してるからそこをただ映されても・・・〉

〈いや、石化した女の子っていうのもなかなか・・〉

〈石化少女ってジャンルが爆誕したな〉

〈少女(24)〉

〈いやでも見た目は明らかにロリだし〉

〈なんかとんでもない性癖に目覚めている奴いて草〉


 コメント欄とじゃれあっていると、スライムはまたも姿を変える。

 ん?

 これは男の形だな、っていうか、どう見ても……。


「俺じゃねえか!」


 このスライム、俺の裸もばっちり観察してきっちり俺そっくりに変形しやがった。

 ま、俺は男だからそんなに恥ずかしくは……。

 恥ずかしく……。


 んん?


 待て待て、そんなところまで詳細にコピーするなよ!

 あ、やばい、そこはやばい!

 ローラが俺そっくりなその場所を見て、


「おてんてんが!」


 と叫んだ。


「え、うそ、これ基樹さんの……?」


 両手を顔で覆ってでも指はしっかりあけて凝視しているみっしー。


「……間違いなく、お兄ちゃんのおてんてん……」


 紗哩シャーリーが呟く。

 やばい、お墨付きを与えるな、さすがに最近のは見たことないはずだぞ。

 ちょうど一時間くらいたったところだったのか、アニエスさんが石化から戻ってパッと上半身を起こすと、


「こ、これがおてんてん! 私のおてんてん!」

「ちがーう! アニエスさんのではない!」


 俺は慌ててスライムに向かって小石を投げた。

 小石はスライムに当たってぽよんと跳ね返り、地面に落ちる。でもスライムはその拍子にまたもとの不定形な粘液状にもどった。


「そっかー、モトキ、ああいう大きさと形してるんだ、これからモトキと会話するたびに思い出しそう、ぷっ、くすくす」


 ローラが笑って言い、


「びっくりしたー……そっか、ああいうのが男の人の……すっごいドキドキしてる……」


 頬っぺたを真っ赤にしたみっしーが俺を上目遣いで見て、目をキラキラさせてる。

 アニエスさんも頬を染めて、そしてこういった。


「あのおてんてんは私の生涯のパートナー」

「違うわっ!」


 いろいろちがーう!

 


――――――――――――――

お読みいただきありがとうございます!

★★★をっ!

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