第72話 日本原産
俺たちはダンジョン地下11階を進んでいく。
広いダンジョンだから、半日歩き回っても探索し尽くせない。
「……ん。なにか、いるね」
ローラが身構えて言った。
「インジェクターオン! セット、300万円!」
今までさんざんひどい目にあってきていたせいで、俺は大金をマネーインジェクションするのにかけらも抵抗感がなくなってきている。
だって命の方が金より大事だからな。
……もともと死ににこのダンジョンに潜ったことを考えると、あの選択は間違いだったとはっきりいえるなあ。
ま、そのおかげでみっしーを助けることができているんだけど。
俺はローラの肩にぶすりと針を刺す。
「痛い痛い! あのさー、モトキ、針の刺し方、優しくないよね?」
ローラにも文句を言われた。
「ほんと、お兄ちゃんって注射針刺すセンスが絶望的にないよね」
「うーん、確かに。基樹さんの注射、すごく痛い……。基樹さんのそこだけはちょっと嫌い」
みんなに不満の集中砲火を浴びる俺、みっしーにまで言われてちょっと落ち込む。
どうも俺は医者と看護師だけは選んではいけない才能の持ち主らしい。
ま、医療関係者になれるほどの頭脳を持ち合わせちゃいないけどさ。
「私は痛くされるの嫌いじゃないけどさー。……どっちかというと、好きだけどさー。……だからまあいいけど」
ふーん、ローラは痛いのがいいのか、そっか、ええのんか。
んじゃ今度からもうちょっと意地悪にぐりぐりしてやろうかな。
さて角を曲がると少し離れたところにモンスターがいた。
そいつは地面の草をはんでいるような体勢で下に首を向けていたが、俺たちに気づくとぐいっと顔を向けた。
牛、というかバッファローみたいな頭部、しかしでかい牙が見えている、どう見ても草食動物ではない。
角もバッファローのそれよりも大きく長く鋭く、見るだけでまがまがしさが伝わってくる。
「うわ、キモいんですけど……」
その意見に同意だ。
なにしろ、胴体も牛なのだが、そこから生えている足は六本。
しかも牛の足じゃない、蜘蛛のような節足動物の足だ。
黒と白のシマシマのキショク悪い蜘蛛の足の先には紫色の鋭い爪。
なんじゃこりゃ、こんなモンスターいるんか。
〈ギューキだな〉
〈なにそれしらん〉
〈日本原産のモンスターだぞ、知らんのか〉
〈漢字でいうなら牛鬼〉
〈牛の頭と胴体、蜘蛛の足、鬼の角。モンスターというより古来からの妖怪だな〉
〈レアなモンスターだから等級は未登録〉
〈よくみんなそんなレアモンスターを知っているな〉
〈モンスターwikiを見ていると時間を忘れちゃうんだよ〉
〈あ、それはわかる〉
〈あとスライムっぽいモンスターもいるぞ〉
〈あのスライムは種類特定不能、ってかスライムって進化が早いから大まかにしか特定できないんだよな。基本的に全部弱いから特に問題ないけど〉
なるほど、見るとギューキの足元に直径一メートルほどのオレンジ色の粘液でできたモンスター、スライムもいる。
「あれ、ただのスライムか?」
俺が聞くと、ローラが答えて、
「いや、ちょっと違うかもね……。でも、これ、どう見ても、ギューキに踏みつけにされてるよね、あのスライム……」
確かに、そんなふうに見える。
もっと言うと、ギューキの口のまわりにはスライムっぽいオレンジ色の粘液がついている。
これ、スライムをギューキが捕食しているところだったのか?
まあいい、なんであれやっつけるだけだ。
「……私が行くよ」
ローラが地面を蹴った。
もともとはSS級の武闘家な上に、俺の300万円分のマネーインジェクションで大幅にパワーアップしている。
もともとが世界トップレベルの人間が、俺のスキルでバフされるとどうなるか。
バァァァン!!!!
とんでもない音とともに、衝撃波が俺たちを襲った。
……まじか。
ソニックブームじゃないか。
物体が加速して音速を越えるときに発するという衝撃波。
信じられるか、人間が音速でダッシュしてるんだぞ、俺のスキルありきとはいえすごい。
「ぐはぁぁぁ!」
ギューキがそれを角で迎撃する。
反応できるギューキもすごい。
これ、俺も自分にマネーインジェクションしていなかったら目で追うこともできていなかったかもしれん。
それほどの高速の攻防、ローラは主にキックを主体に戦い、ギューキは角と足の爪でそれを防ぐ。
一瞬のスキをつかれてギューキの爪の攻撃がローラを襲う、でもローラはそれをクロスした腕で受けた。でも衝撃で壁まで吹っ飛ばされる、追撃しようとするギューキ、だがその瞬間を俺は見逃さなかった。
「おるぁぁ!!!」
俺が走り寄って振り下ろした刀によって、六本足のうち一本が切り落とされる、そこにローラが飛び蹴りをギューキの額にくらわした。
ベコッとギューキの頭蓋骨ごとその部分が陥没する。
「ぐほぁ……」
苦しそうなうめき声を出すギューキ、俺はその首を一刀両断に切り落とした。
うむ、特に苦戦もなく勝った。
そして俺たちは同時に勝利の雄たけびを上げた。
「「「「牛肉だ~~~~~~~っ!!!!!」」」」
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