第8話

大歓声の決勝戦の裏で公爵消失と言う悪夢のフィナーレ。

その後について少し話をするね。


剣術大会の決勝戦は大歓声の中シンシアの優勝で決まった。

未だかつて無かった平民の優勝に王国中に衝撃が走った。

シンシアは時の人となった。


そのシンシアを避難させると言う名目で、シンシアと姉のアンヌはアークム男爵家で住み込みで雇われる事になった。


これでシンシアとの約束も果たせて良かった。


普通ならコドラ公爵家のはずなんだが、僕が公爵をサクッとやってしまった為それどころでは無かった。


それをいい事に両親は2人を養子として迎え入れてしまった。

これで魔法剣士学園の推薦枠を持った子を2人も領地に持つ事になる。


その手際の良さには感心した。

お気楽なように見えて抜け目が無い。


ヒナタは姉と妹が一度に出来て喜んでるのを見て満足そうにしていた。


コドラ公爵家が文句言って来そうな物だが、今でも一切音沙汰が無い。


そのコドラ公爵をサクッとやってしまった件は特に大事になる事は無かった。


死体の無い不可解な死。


何も手掛かりすら掴む事が出来ない事が公爵家の威厳に関わると言う事で、当時その場にいた全員に緘口令が出され、コドラ公爵自身による失踪と言う形になっている。


じきに弟であるリリーナの父が実権を握るはずだ。

リリーナもこれで満足だろう。


最後に縁談がどうとか言ってた気がするけど、もう二度と会う事が無い事を祈るばかりだ。


無事に推薦枠を手に入れた僕の妹達は毎日忙しくも充実した日々を送っている。


いくら推薦枠を手に入れたって入学は16歳になってからだ。


それまで当然遊んでる訳にはいかない。

これまで以上の教育が必要となる。


両親は魔術、剣術、学力の教育に力を入れた。

特別に住み込みの家庭教師が我が家にやってきた。


その家庭教師が特待生クラスを去年主席で卒業。

在学中に国内の剣術四大大会を優勝し、史上最年少の剣聖の称号を手に入れた女性。


そんな漫画の主人公みたいな人がどうして両親と繋がりがあったかは不明だ。

時折両親の底知れぬポテンシャルが不思議でならない。


彼女の名前はエルザ・ノワール。

王道の金髪美人のエルフだ。


きっとスミレは大きくなると彼女以上の超絶美人になるだろう。


エルザは凄く気さくなタイプで、全然先生って感じではないけど実力はもちろんの事、家庭教師としても優秀だった。

学問は勿論だが、特に魔術と剣術を教えるのが上手かった。


直感と魔力を全面に押し出す天才タイプのヒナタと、堅実に自分の持てる技術で詰めていく努力タイプのシンシア。


全く正反対の2人に対して、良さを全く殺す事も無く的確な指導をしていた。

そのおかげで2人は着実に成長していった。


で、僕はと言うと――


「お兄ちゃん!

いつまで休憩してるの!

早く相手してよ!」

「まだやるのか?

もう今日は終わりにしようよ?」

「ヒカゲが一番弱いのに一番休んでどうするのよ」

「わかったから、もうちょっと休憩させてよ」


何故か2人と同じ教育を受けさせられていた。


いくら分け隔て無くって言ったって限度があるでしょ?


むしろエルザはポンコツの僕を教えるのを一番苦労してるまである。

本末転倒だ。


「妹2人に言われたら弱音を吐いてる場合じゃないね。

頑張れヒカゲ君」


待ちきれずに手合わせを始めた2人を眺めていたらエルザが隣に座った。


「エルザ。

僕を教える給料貰ってないんだよね?」

「そうだよ。

君の両親は払うって言ってたけどね。

私は2人を教える為にここに呼ばれたから断った」

「なら、なんで僕の先生もしてるの?」

「趣味だね」


エルザは考える素振りすら見せずに言い切った。


いや、趣味ってなんだよ……


「だってあの子達は君と一緒に学校通いたいから一緒に教育してくださいって言いに来たんだよ。

それも2人別々に。

健気でカワイイじゃないか」


そうなんだよね。

しかもちゃんと両親には根回し済み。


そうなってしまったら僕に拒否権などあるはずが無い。

なんたって僕は家族内カースト最下位だからね。

養子で来たアンヌとシンシアよりもカーストが低い。

下手したらエルザよりも低い。


これはきっとあれだな。

間違い無い。

僕への嫌がらせだ。


最近わかったんだ。

ヒナタは僕だけ領主になるプレッシャーが無いのが気に食わないんだ。

だから毎日僕をボコボコにしてストレス発散してるんだ。


しかし僕は嫌がらせには屈しない。

絶対に学園には行かない。

あそこは自由とは正反対の場所だ。

全力でポンコツを貫いてやる。


「本当に2人共カワイイよね。

私ここに来て良かった〜」


エルザが2人をうっとりした目で見つめる。

少し、いやかなり危ない目をしている。


「エルザってもしかしてそっちの趣味ある?」

「言ってる意味わからないけど、あの2人を見てカワイイと思わない方がおかしな人さ」

「それは認める」

「ちなみに君も私のカワイイ友達だよ」

「それはどうも」

「もう!

そうつれない所もカワイイな!」


エルザは両手で僕の頭をクシャクシャにする。

僕は無抵抗にされるがままだ。


エルザには本当に困っている。

いくらポンコツを装っても決して諦めないし、見限らない。


「君はきっと強くなる。

私よりも、更にはあの2人よりもずっと」

「無理ですよ」

「そんな事は無い。

君にはそれだけのポテンシャルがある」

「ないです」

「いや、間違いない。

私の魔眼にそう映っているからね」


これが困っている最大の理由。

エルザの持つ魔眼は魔力の強さや性質を正確に見る事が出来る。

更に彼女の魔眼は精度が高く、どんなに僕が偽装していても魔力以外の力をも微かに感じ取ってるようだ。


「お兄ちゃん!

もういいでしょ!」

「お呼びだよ。

行って来いお兄ちゃん」


エルザに背中を叩かれて渋々立ち上がる。


「あんたは休憩してたんだから、ハンデで二対一ね」

「それいいね」

「よく無い。

全然良く無い」

「兄の威厳を見せてやれヒカゲ君!」


結局2人を相手にさせられてボコボコにされた。


ヒナタはもちろん、シンシアなんて僕に一切遠慮無しだ。


いや、いいんだよ。

養子だからって遠慮する事なんて一切無い。

みんな一緒の家族だ。


だけど、僕も一応家族なんだよ。

ちょっとは可哀想だと思わない?


姉のアンヌは逆の意味で遠慮が無い。

本当の姉のようにシンシアに接するのと同じぐらい優しい。


僕が2人にボコボコにされて怪我したら、滲みない傷薬を塗ってくれて、可愛い動物の絆創膏を貼ってくれる。


僕が家にいる時の癒しだ。


僕程の悪党じゃなかったら、たちまち改心してしまうよ。


今日は猫ちゃんにしてもらおう。



夜の一仕事で今日は西都まで足を伸ばした。

公爵交代のドタバタで西都内の治安が安定していない。


悪党にとっては絶好の状況。

僕にとっても絶好の状況。

さあ、いっぱい稼ぐぞー


こういう街中の悪党はパターンがいろいろあって楽しい。

今回は盗品売買の現場に突撃。


盗品と金貨と両方頂ける最高のお仕事。

では突撃。


盗品と金貨を交換する瞬間を見計らって町外れの倉庫の屋根を突き破る。

地上に到着する頃には中心で交換してる人達の首は胴体とサヨナラ。


2人が持っていた金貨と盗品が床に散らばった。

今回の盗品は宝石。

僕の為に集めてくれてありがとう。


「そのふざけた仮面にふざけた格好……

まさかナイトメア!」


「俺はナイトメア。

今宵、悪夢へ誘う者」


公爵領内で少しずつナイトメアの名前が噂されている。

目撃者の悪党は全部殺してるのに不思議だ。


「殺せ!」


悪党共が一斉に僕へ襲いかかる。


『動くな』


僕の霊力をのせた視線に当てられた者は動きを止める。

ちなみに僕の視線は360°視覚は無い。


床に散らばった宝石と金貨を超能力で遥か上空に飛ばす。


魔力で倉庫を覆うようにドーム型の結界を展開。


「グッド・ナイト・メア」


ドーム内が僕で爆発が発生、魔力に光によって塗りつぶす。

そのあとには大きなクレーターしか残らない。


これぞ人間ダイナマイト。

全ての物を跡形も無く消し去れる。

結界を張って無いと甚大な被害になるのが欠点。


結界を解いて、避難していたお宝を回収。


さて帰りますか。

しかし美しさが足りないな。

前世では結界をオーロラ色に染められたんだけどな〜


今は透明で精一杯。

まだこの体と力が馴染んでいない証拠だ。

まだまだ鍛錬は必要だな。



今日の収穫を持って秘密基地へと帰って来た。


わざわざ西都までお勤めに行ったのにはもう一つ理由がある。


それはこの山の治安が凄く良くなってしまったからだ。

あれだけいたエリート悪党達は全滅してしまった。


「おかえりなさい」


スミレが僕が入ると同時に出迎えてくれた。

この秘密基地もすっかり様変わりしてしまった。


スミレが力の鍛錬のついでに少しずつ快適に改造していった結果だ。


もう、下手な豪邸よりも豪華に仕上がっている。

高級ホテルとして運営出来そうな程だ。


「今日も西都まで行って来たの?」

「そうだよ」


僕はスミレを従えて奥の宝物庫にお宝をしまう。


「今日は静かだね」

「みんな出払ってるの」


そう、これがこの山からエリート悪党がいなくなった原因。


スミレが次々と僕の美学に賛同する娘を拾って来て、小さな悪党集団を作っていた。

確か5人?6人?いや、7人だったかな?

忘れちゃった。


顔見たら名前は分かるんだけどね……

なんたって全員僕が名前つけたから。


みんな訳ありの悪党ばっかりだから、元の名前が無かったり嫌がったりする子ばっかりだった。


だからって僕に名前を付けてもらうのもどうかと思う。


とにかくこの山は彼女達の縄張りとなってエリート悪党すら太刀打ち出来なくなってしまったのだ。

悪党甲子園の頂点になったのは僕では無く彼女達だった。


山から悪党がいなくなるのはつまらない。

でも、両親は大喜びだから良かったって事にしておこう。

僕が遠出すれば済む話だ。


「ヒカゲ。

名前考えてくれた?」

「……あ〜あれね。

もうちょっと。

もうちょっとでいい名前が思い付きそうなんだ」

「そう。

楽しみにしてる」


そういや、悪党集団の名前も考えてって言われてた。

すっかり忘れてた。


今の反応で忘れてたのバレバレだろうけど、スミレはあえて気付かない振りしてくれたのだろう。


名前考えるのって難しいよね。

みんなの名前を決めてと言われた時も困ったよ。

みんな髪の色が違うから助かった。


前世ではずっと一人だったからな。

ナイトメアって名前もメディアがいつの間にかつけてた名前だからね。

気に入ったから使ってただけ。


あういう人達って次から次へとよく言葉出てくるよね。

悪魔のみが見る悪夢とか、最も目醒めたく無い悪夢とか、今世界が一番望む悪夢ってのもあったな。


世界が悪夢を望むとか、もはや世界の終わりだよね?


ナイトメア・ルミナスってのには笑ったね。

輝く悪夢って何?

いよいよネタ切れだったんだね。


「ナイトメア・ルミナスって」


思わず思い出し笑いしてしまった。


「ナイトメア・ルミナス……

いいわね。

私達は今日からナイトメア・ルミナス」

「いや、今のは違うくて……」


スミレが僕の独り言を聞いて組織名と勘違いしてしまった。

何度か小声で復唱してから嬉しそうに微笑んでいる。


「ありがとう」

「え?いいの?

ださくない?」

「そんな事は無いわ。

凄く気に入ったわ。

なんたってあなたが付けてくれた名前だもの」


いや厳密には僕では無いんだかど……

まあ、いっか。

本人は気に入ったみたいだし。


「これで私達は次の段階にいけるわね」


ん?次の段階って?


「私達は先に行ってるわ」

「どこに?」

「心配しないで。

あなたが来る頃には全部整ってるようにするから」

「どういう事?」

「フフッ。

またそうやってすぐに惚けて。

大丈夫よ。

ちゃんとわかっているから」

「えーと……」

「次会える日を楽しみにしているわ」


そう言ってスミレ達は消えた。

次の日から僕の秘密基地は再び無人となった。


彼女達もきっとエリート悪党がいなくなったこの山に飽きてしまったのだろう。


それは仕方ない事。

いつか別れは来るのだから。


だって悪党は自由だから。

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