世界を生き抜く悪党の美学

横切カラス

1章 悪党は死んでも治らない

第1話

イヤだ、イヤだ、イヤだ。

保育園は嫌な事ばっかりでウンザリ。


「お昼寝の時間ですよ」

「眠く無いからイヤ」


「ご飯の時間ですよ」

「お腹空いて無いからイヤ」


「お歌の時間ですよ」

「好きな歌じゃないからイヤ


「お遊戯の時間ですよ」

「面白く無いからイヤ」


僕は自分がしたい事だけをしたい時にしたい。


正しくクソガキ。


そんな僕も小学生になると……

何も変わらずクソガキだった。


なんなのあの学校と言う狭いコミュニティ。

その中でルールに縛られて窮屈で仕方ないよ。


社会に出れば自由になれる。

そんな事は無いと僕は中学生になる前までには気付いてしまった。


結局コミニティが広がるだけで、そのコミニティのルールがある。


ルールに縛られて生きるのは窮屈で仕方がないよね。


もちろん人間社会にルールが無いと秩序が保てない。


そんなのは当たり前。

頭では理解してるよ。

でもイヤな物はイヤ。


何故窮屈なんだろう?


答えは簡単だ。

他人が決めたルールだからだ。


じゃあ自分でルールを作ろう。

社会のルールなんて関係無い自分だけのルール。


自分の決めたルールにだけ従って生きていけばいい。

そうすれば自由だ。


ヤバイ思想の持ち主。

社会不適合者。


これが悪党の考え方だと言うのなら、僕は悪党でいい。



僕は11個のルールを作った。

これこそ悪党の美学だ。


『美学その1

自分が悪党だと自覚しなくてはならない』


自分が社会に馴染めない事、ルールを守らない事、悪党として生きて行く事。

それは決して人や社会のせいではない。


間違ってるのは僕の方。

それを忘れてはいけない。


『美学その2

ルールを守っている善人の生き方を尊敬し、決して馬鹿にしてはいけない』


ルールを守って生きていく事は難しい。

僕には出来ない事をやってのける善人を馬鹿にするなんて、あってはならない事だ。


『美学その3

善人から奪ってはならない』


善人というのは、この窮屈な世界で必死に生きている。

その行いが必ず報われるわけでは無いけど、

少しでも多く報われるべき人達なんだ。


そんな人達の物を奪ってはいけない。



僕は本当に好きに生きた。

欲しい物は手に入れて、行きたい所に行きたい時に行き、邪魔する物は力で捩じ伏せた。


そんな僕の周りには誰もいない。

誰も僕の事を理解なんて出来ない。


そうやって生きている内に、16歳になる頃には世界に名を轟かせる大悪党『怪盗ナイトメア』になっていた。


そんな僕に一通の挑戦状が届いた。


『親愛なる怪盗ナイトメア様

ゲームをしませんか?

ルールは至ってシンプル。

私の屋敷から宝を奪ってください。

その宝はあなたが満足する事間違い無い宝です。


もちろんただの屋敷ではございません。

あなたの命の補償は一切出来ない程の罠がございます。

挑戦お待ちしております。


月夜の挑戦者より


追伸

私はあなたの言う悪党なので、あなたの美学には反しません』


この挑戦状には心躍ったね。


僕の正体を知ってるだけで無く、僕の美学も理解している。

素晴らしい挑戦者だ。


満月の夜に月夜の挑戦者なんて洒落が効いてるじゃないか。


僕は早速指定された屋敷に向かった。


『美学その4

面白そうな事には積極的に参加する』


これが人生を楽しく生きるコツだ。



黒いカッターシャツに濃い紫のスーツ。

更には同色のロングコート。

手袋も同色。

深く被っている中折り帽子も濃い紫で揃えている。

だけど仮面は白。

そしてシンプル。

これが孤高の大悪党、怪盗ナイトメアのスタイルだ。


「さて、屋敷攻略といきますか」


僕は胸の高鳴りを感じながら、山奥にひっそりと佇む屋敷に正面から飛び込んだ。


……その胸の高鳴りを返して欲しい。

あまりにも呆気なく攻略してしまった。


「これなら満月を眺めて月見してた方が有意義だったかもな」


正直かなり落ち込みながらも最後の扉を開ける。

そこには期待以上のお宝が置いてあった。


片手では収まらない程の美しいアメジスト。

僕の好きな濃い紫色なのもポイントが高い


『美学その5

素晴らしい物には惜しみない賞賛を』


自分の感性を大切にしないといけない。

他人がどう思うかでは無く、自分がどう思うかが重要だ。


僕は宝石を手に取って眺める。


うん、気に入った。

早速帰ってこれを片手に月見をしよう。


「では頂いていく。

月夜の挑戦者。

もし聞いてたら、またの挑戦を待っている」


(なら次の挑戦も受けてくれますか?)


心に直接言葉を刻み込まれるような感覚。

今まで感じた事の無い感覚だ。


こんな技術を僕は知らない。


こんな隠し玉を持っていたのか。


面白い。

面白いぞ挑戦者。


「もちろんだ。

受けて立とう。

今度こそ胸高鳴る挑戦なんだろうな?」


(ええ、ナイトメア様が今まで経験した事の無いような体験を補償しますよ)


これは大きく出たね。

僕はやりたいと思った事は全てやってきた男だよ。

その僕が経験した事の無い経験なんて……


楽しみじゃないか。


「頼むぞ。

二度も肩透かしはごめんだからな」


(ではご案内します)


その瞬間アメジストから強烈な光が放たれて、視界が真っ白になった。



次に気がついた時は赤ん坊だった。

そして全く知らない世界。


所謂異世界転生だ。


別に珍しい事じゃない。

前世でも転生して来た人には会った。

彼らは総じて信じて貰えず孤独だった。


仕方ない事だ。

そう言う彼らだって、他の転生者の事を本気では信じて無かった。

人間は自分の常識から抜け出すのが難しい。


でも僕は違う。


『美学その6

自分の常識は世界の常識と思うな』


自分の常識だけだと自分の世界を狭めてしまう。

それは勿体無い事だ。


彼らは真摯に話を聞く僕に、いろいろ教えてくれた。


だから僕は魔力も超能力も気力も霊力も使える。


おかげで前世では僕は無敵だった。


だけど僕は死んだ。


なるほどなるほど。

確かに今まで経験した事ない体験だ。

やるじゃないか月夜の挑戦者よ。


最後の最後で面白い事をしてくれるじゃないか。

いいだろう、ここからは第2ラウンドといこう。


果たして僕を転生させてまで挑戦したい事とは如何に。


これは長丁場になりそうだな。

そして長く楽しめそうだ。


でもせっかくの異世界。

今度はこの世界で自由に生きていこう。



この世界は魔力が当たり前にある世界。

至って普通の異世界。


「オギャー!」


僕はアークム男爵家の息子ヒカゲ。

王国の西の端にある小さな領地を収めている田舎領主だ。


「オギャー!」


隣で夜泣きをしているのが双子の妹ヒナタ。


「オギャー!」


出来れば平民に産まれたかった。


「オギャー!」


貴族だといくら田舎男爵でも後継者問題が出て来る。


「オギャー!」


まあ、この世界は実力主義で男女に差は無いからヒナタに継いでもらおう。


「オギャー!」


幸いヒナタの魔力量は多い。

順当に育てば立派な魔法剣士に育つはずだ。


「オギャー!」


その魔力量を制御出来ずに毎晩夜泣きが止まないだけどね。


「オギャー!」


それにしても乳母さん遅いな。

毎晩の夜泣きにお疲れなんだろう。


いつも世話になっている乳母さんの為だ。

僕が子守りを手伝ってあげよう。


『美学その7

恩には恩を仇には仇を、悪党には悪党を』


ヒナタに僕の魔力を流し込んで、魔力の流れを制御する。

これで少しでも魔力の使い方を覚えてくれたら成長も早まる。

一石二鳥だ。


「オギャー!」


なかなか泣き止まないな〜

魔力の制御は上手くいってるはずなんだけど……

仕方ない。

サービスしてあげよう。


僕は超能力でヒナタの体を浮かせて揺らす。

更に霊力を使って子守り歌を直接脳に流してあげた。


あれ?これ鍛錬にちょうどいいな。

なにせ僕もこの体に慣れていない。


これからヒナタを使ってこっそり鍛錬しよう。


「ウキャキャ!ウキャキャ!」


泣き止んだけど、寝ずに喜んでる。

子守り歌は逆効果みたいだ。


ちょっと僕好みのアップビートにアレンジし過ぎたかな?


ガシャーン!


突然部屋の入り口から音がした。

この光景を見た乳母さんが水差しを落としてしまった。


「旦那様!奥様!大変です!

早く来てください!」


しまった。

やってしまった。

このまま僕の能力がバレると後継ぎにさせられてしまう。


しかしもう遅い。

すぐに父と母が来て僕達の方へ駆け寄った。


「おお!凄いぞ!」

「信じられない才能を持って産まれたのね!」

「これは将来大物になるぞ!

アークム家も安泰だ!

立派な子を産んでくれた君のおかげだ」

「いえ、あなたの子だからよ」


マズイな。

2人の記憶を消すか?

でも、僕の美学に反する。

この両親は絵に描いたよな善人だ。

どうしたものか……


両親はヒナタの方を見て言った。


「「流石私達の娘だ!」」

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