第5話 目撃者はイージス艦?(5)
「それで現場の捜査員をこき使いながらまた隠蔽してる。こんなことしてたら、また不祥事が起こるのは必至ですよね。情報漏洩を恐れるにしても、捜査員の人間としての尊厳をここまで軽んじて、まともな組織が運営できるはずがない」
「ですけど……どうにもならないです」
そのとき、鷺沢は佐々木の表情の陰りに気づいた。
「あまり触れるべきではなかったかもしれません。あなたにもその影響があったのかもしれません。それはここではやめておきます。でも、この隠蔽は捜査員の結束を崩壊させてしまう。それでもいいという判断なのかもしれないけど」
「そんな」
「でも佐々木さん、あなた、キャリアですよね。本当の力を使えば、それを変えることだってできるはず。蝶の羽ばたきにすぎなくてもそれは回り回って大きな嵐になることもある。ましてまともなことをしたい、任官した時信じて誓った正義を裏切りたくない、という訴えは、この県警でもきっと大きな共感を持って組織改革のきっかけになり得る」
佐々木は顔を隠した。
「私は信じてます。県民として、県警がきっとそういう苦しみの中、それでも正義の実現へ向けて諦めきってない組織だと」
佐々木は軽く涙ぐんだ。そう、そう信じて、左遷されてもまだここにいるのだ。
「でも、どうしたら」
「お願いがあります。悪いようにはしませんから」
*
海老名市の小学校近くにその焼肉屋があった。そこに佐々木は署の車で鷺沢を乗せてやってきた。
鷺沢は駐車場の位置をケータイにメモしている。
「え、そんなことするんですか」
「ええ。こうしないと忘れることがあって」
「忘れますか、こんなこと」
「ええ。家の鍵閉めたかどうかも、これにメモらないと忘れます」
佐々木は呆れた。
「子ども食堂やってるんですね、ここ」
明るい色合いのカーテンが風に揺れ、室内は柔らかな光に満たされている。地域の人々が愛情を込めて苦心して作ったのだというのはよくわかる。子供たちもそこで安心して遊んでいる。早速子供たちが佐々木にも親しくじゃれつこうとする。
「ええ。子供の福祉や教育の制度はつくられても取りこぼしが多い。それを補うために、地域の人々の寄付とこの焼肉屋さんのオーナーの努力でここが運営されてます」
子供たちがiPad miniと Apple Pencilで勉強の続きをしている。なぜそんな高価なものをこんなに揃えられたのか、それがちょっと佐々木には不審に思えた。
「子供の教育はきっと未来を良くする。それを信じてます。でも我々の相手はここではなく」
焼肉屋の裏の民家に鷺沢は佐々木を連れて行く。
「これ、どう読むんでしょう」
その民家の表札に佐々木が驚く。
「四十八願、よいなら、ですね」
「どうぞ」
音声合成が聞こえ、ドアのロックが解除された。呼び鈴を押さなくても反応しているのだ。
その民家は全ての部屋が子供部屋のような状態だった。散らかってはいるが、どの部屋にも鉄道模型がある。そしてその奥、間取りの中で子供部屋のあるべき2階の東南角部屋に彼女はいた。
「うちの鉄道模型サークルの天才、四十八願真理(よいなら まり)。仕事は在宅エンジニア、顧客は大手システムベンダーなど。このところ生成AIの仕事で大変だった」
「よろしくです」
いくつものモニタをつけたPCを前にするゲーミングチェアの真理は、いかにも子供っぽいお辞儀をした。年はそんな幼いようには見えないのだが。
「『身体は大人、頭脳は子供!』ってやつですよ。私もそうです。だから大人気なく鉄道模型やったりしてる。そのなかでも真理はガチの天才です。親との折り合いでこうして半分引きこもってるけど、仕事で手に入れた資金はさっきの子ども食堂を支えるのにも使ってます」
「で、何をすればいいの? 任意のオンラインシステムをバレないように数分間止めるとか?」
真理がそう言う。
「えっ、そんなことしたらサイバー犯罪課が」
驚く佐々木に真理は黙ってサイバー犯罪課のステッカーを見せた。
「真理、サイバー犯罪課の指定特別顧問エンジニアなんだ。この前のサミットの時に北朝鮮が仕掛けたサイバー攻撃をすべて阻止したのはこの真理の指揮する国の連合サイバー犯罪タスクフォースだった」
荒唐無稽だ。まるでSF小説みたいだ。
「真理、県警のオンラインシステムに隠蔽されてるリストを見たいんだけど」
「えーよー。報酬は?」
「うーん」
「このオークションに出てるロマンスカーEXEα10両セット、欲しいんだけど、それでどうかなー」
真理の仕草はいちいち子供っぽい。
「佐々木さん、買ってあげてよ」
「ええっ、なんで!」
佐々木はびっくりする。
「この理不尽への反撃と佐々木さんの将来のための投資と思って」
「うっ。……仕方ないけど、いくらなの?」
真理がぴっとウェブオークションの画面を見せる。
「ひいいい! 即決で5万4千円!? そんなするの!?」
「プレミア着いちゃったからね。発売してからしばらくになるし」
鷺沢はそう平然という。
「高いなー」
「県警で給与A区分でしょ、佐々木さんは。初任給ですら249000円なのに何にお金使うとそんな余裕なくなるの?」
「勝手に私の給料推測しないで!」
「でも、ここは払うのおすすめだよ」
佐々木は考えこんだ。
そして、ケータイを取り出し、同じオークションの画面を出すと、そのまま一気に入力した。すぐに画面が落札者画面に切り替わる。
「おー、一気に即決額を入れたのね」
「佐々木さん、男らしい!」
「何言ってるんですか」
佐々木が呆れる。
「じゃ、早速注文の案件、やりますねー」
真理がPCを操作する。
「ちょっと待って! なんで私のIDやパスも知らないのに県警の捜査データベースにスイスイとログインしちゃってるのよ!」
「ああ、言うの忘れてました。それ作ったの、私でした」
「えええっ」
すぐに当該の横須賀中央署のページが表示される。だが表示は佐々木が照会した時と違うところがある。アクセス権限が全く違うのだ。
「ほい。これ」
佐々木と鷺沢は揃って出てきたリストに食い入っている。
「そりゃ、隠蔽したくなるわけだわ」
「ややこしいことになるもの」
その遺留品リストの中に、『海上自衛隊隊員身分証』とあった。
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