転生は女神の尻拭いから始まる

別状

第1話 : トラックと女神は基本セットで

「ノンアルビール……心を癒すライトノベル……もう、ここにはないんだね……」


 28歳一般OL、年齢イコール彼氏いない歴、ノンアルビールをこよなく愛し休日はノンアルビールを浴びるように呑んだ上でライトノベルを読み漁るという生活を繰り返している視力最悪メガネちゃんだった私。

 そんな私は今、異世界転生を経て「クリーン」という村にいる。自他ともに認める「冴えない私」は、異世界転生をしたことでスーパー美少女ちゃんになった……という訳でもなく、相変わらずメガネで冴えない残念ちゃんなのである。

 強いて言うなら、年齢が14歳になり肌や髪にツヤが戻ったことや異世界に合わせた容姿になっていることが挙げられるが、そも、なぜ私がこんな場所にいるのかということから話は始まる。


「あ〜〜!!今日も仕事終わり!先輩、先上がりますね!」

「了解です、乃衣さんお疲れ様でーす」

「はーい、お疲れ様です!お仕事頑張ってくださいね!」


 それは、普段と変わらない光景だった。定時まで働いて、近くのコンビニでノンアルビールを買って、すぐに車で家まで帰る。それがルーティンのようなものになっていて、無意識のうちにコンビニに寄るようになっていた。店員とも顔なじみになるほどで、今日もまた同じようにまずコンビニへと車を走らせる。ただ、その日は妙な胸騒ぎがあった。そして、その胸騒ぎがすぐに間違いではなかったということに気付く。


「あちゃあ……この道使えないのか〜、ちょっと遠回りしないといけないのが嫌なんだよなあ……」


 工事による通行止めで回り道を余儀なくされ、一本外れた道へとアクセルを踏んだ。そして、それが私の最期。前方からは居眠り運転のトラックが猛発進しており、私はその進路に巻き込まれて車ごとぺしゃんこになった……らしい。後から女神に聞いてみた所、それは見るも無惨な姿だったとのこと。画像を見せてもらうこともできたらしいのだが、グロテスクなものに耐性がないのでやめておいた。逆に、ここで「見せてください!気になります!」となる人は相当ヤバいと思う。そのうち死体解剖とか始めるんじゃないかな。

 ごめん、話がズレた。死んだはずの私は気付けば真っ暗な空間にいて、何度見渡したって明るくなる気配がない。歩いている感覚も、呼吸をしている感覚も、何もかもの感覚がない。そこで出会ったのが女神「ニンリア」だった。彼女、ニンリアは……端的に言うと、度の過ぎたポンコツだった。


転生者リングだ!やったあ、これでなんとかなるう!」

「え……リング?それに、あなたは……」

「私?私は女神だよ!転生を司る女神!」

「女神!?そんなの本当にいるの!?」

「目の前にいるよ!見えないの!?私が女神!すごい力があるんだよ!私が呼んだの!……手違いだけど」

「今手違いって言った!?私は死んだんだよ!?」

「えーっと……はい、説明します……私、転生を司る女神って言ったじゃないですか。ということはですね……呼び込むことも、ね……」


 目の前にいる「女神」と名乗る存在。美しい容姿を備え、私とは違う素晴らしい体つきをしている。なんとも憎たらしい白髪のその者が手をかざすと辺りに光が灯り、それはまるで来る者を歓迎するかのように明るくまたたいて、私の目をくらませた。いくつもの光はやがて形を作り、小さくいくつもの世界をかたちづくった。半透明に輝くそれは、美しく光を灯し続けている。


「そう、私が呼んだんです。でも、でも……」

「でも?」

「間違えて呼んじゃったんです〜〜!!!本当に選ばれるのはあなたじゃなくてあなたの上司だったんです!ああ〜、どうしましょう!このままだと私、上位神さまにまた怒られちゃいますよ〜〜!!!」

「やめて!そんなに掴んで首振ったってなんにもなんないわよ!……えっと、ちなみに何回目?」

「……既に99回です。……これで、100回目……」

「ドポンコツじゃない!」

「えぁ〜〜!!!今ポンコツって言った!私ポンコツじゃない!できる女神!最高の女神!ヨシ!自己肯定感バッチリあげ!」


 いったい、なんなんだろう……?この女神は……


「じゃあ、改めて……私が死んだのはあなたの手違いってこと……?」

「そう!私の手違い!あの居眠りトラックも私の差し金!ごめんね、てへ!」

「ふっざけんじゃないよ!!!こんなデカいもんぶら下げて!コイツに脳みそも栄養も全部吸われてるんだな!?私によこせよ!育つはずだった私によぉ!」

「あわわわ!ごめんなさ〜い!お願いだからそんなぶんぶん振らないでえ!いや、違うの!そうじゃないの!あなたがここに来たからには、やってもらわなくちゃいけないことがあるの!」

「え、なに……なにかあるの?」

「そう、転生だよ!あなたには異世界に転生してもらわなくちゃいけない!だって私は転生を司る女神、ニンリアなのだから!業務を果たさないと私がボコボコにされちゃうから!」

「え、転生……?私が!?異世界に!?あの、ライトノベルの!?あんな感じの世界に入れるってこと!?」

「あと業務って言うのやめなよ」

「そう、そう……そうなの!あんな感じの世界!(ほんとはよく知らないけど……)あんな感じの世界!じゃあちょっと説明するね……?」


 転生を司る女神、ニンリア。彼女は様々な世界の者に「転生者として異界に送り出す」役目を請け負っているらしい。死にゆく者に新たな命を与え、第二の人生を歩ませるらしい……

 私は殺されてるんですけど?これ強制ですよね?死にゆくじゃなくない?そう思いはしたが、もう手遅れだった。


「今から私が連れていくのは……えーと、メモメモ……あったあった、そう、私が連れていくのは緑星世界グリーンコスモ!緑溢れる豊かな地に住む人間と森林から現れた魔物たちが住む世界だ!……って書いてますね、はい。剣と魔法と魔物ですって。」

「グリーンコスモ……え、魔物?」

「はい、魔物です。人を噛み殺すオオカミさんとか投石が大好きな鳥さんとかがいます!」

「ヤダヤダヤダ!私魔物なんて嫌だよ!戦いたくないもん!」


(文句言い出した!この人間さん、めんどくさいタイプだ!ええい、もう送っちゃおう!送ってから説明すればなんとかなるよね?うん、なんとかなる!)


「じゃあ人間さん!準備はできたからさっそく送っちゃうね〜!説明はおいおい!やるから!じゃ〜〜がんばってよ!」

「えっ、ちょっと……」

「よし!行くよ!さん!にぃ〜〜!」

「待ってよ!説明が……」

「いち!」

 急ぐようにニンリアは何かを唱え、その瞬間に乃衣の体が光り出す。奥に輝く小さな天球が勢いよく回転し、それに合わせて光の線が浮かび上がり……乃衣の体は暗闇から姿を消した。


(そうして私は、転生をしてきた。酒場のマスターには、遠い国から1人で来た、というふうに話している。どうやらリングと呼ばれる転生者のことはこの世界でも広まってはいないらしい。なら、変に大事にする理由はない。)


「なるほどねえ……あなたも大変なのね、国を出て1人で生きてるなんて。今日はおばさんがサービスしたげるからね!」


 転生先は女神が言っていた通り、緑星世界グリーンコスモで間違いないだろう。緑溢れる地なのは確かなのだが、この数日を過ごしたうちに違和感も多く感じていた。緑溢れる地であるにも関わらず、突然広大な砂漠が広がっていたり、この世界の人々の技術レベルでは到底生み出せない未来機関があったり……まるで、いくつもの世界がごった返しに融合しているような、そんなふうに感じた。

 しかし、今はそんなことを調査できる金がない。私は突然ニンリアによって放り込まれた無一文転生者であり、資金面や能力面では一切のケアがなかった。

 なぜか「他国言語の習得」だけは終わっているご都合主義によって異世界であってもコミュニケーションはとどこおりなく進み、今はいくつかある国と村の中でも辺境の村に流れ着いて、酒場のマスターに愚痴を聞いてもらいながら私はその場暮らしの仮冒険者生活を続けている。この世界に合わせた容姿や他言語習得がデフォルトになっているあたり、あの女神が手を加えているのだろうか?


(そうですよ!私は世界の転生サポートと知恵を授けることも行う素晴らしい神様……)

(いい雰囲気なんだからウィンドウ越しに話しかけてこないで!)

(星5評価しといてくださいね!)

(ポップアップもいらない!あとで選択!)


 ああ、驚いた。まさか動向を観察するタイプの女神だったとは。異世界に届けたあとは暇なんだろうか?


 そして、剣と魔法のファンタジー世界らしくこの場所には仕事の斡旋をする場所があった。そう、ギルドだ。無双モノだと依頼をうまくこなし過ぎてトントン拍子にランクが上がり、もてはやされたり不信感を抱かれたりするアレだ。私はそのギルドで1番簡単そうな薬草つみの仕事で日銭を稼いでいる。


「にしてもノイちゃん、若いのによく頑張ってるわよねえ……今何歳なの?」

「に……いや、14です。」

「薬草つみで稼いでるんだって?精が出るわね!」

「はは……ありがとうございます。でも、住む家もまだありませんから。安定生活には程遠いですねえ……」

「まあ、薬草は安いからね……ほら、できたよ!」

「わあ!いただきますね!」


 異世界名物「現実の食材によく似た料理」。大抵は「よく似た食材・よく似た生物」を調理し、その結末に至る。今回もその流れであることは、やはりどの世界も変わらないのである。

 実際の所、私もそういった作品を書いてみようと奮起したことがあって、そうなった時に何が起こるのか。その地の生物は何が棲んでいるのか、可食部位はどこか、それがその世界の調理のレベルに基づいてどのような調理をされているのか。そんなことをイチから全部考える。ハイファンタジーを書ける人は天才だな。やはり私は凡才だ。


 目の前に並んでいる料理の数々は、殆どは野草を様々な調理法で作ったものだ。焼き、蒸し、ついては揚げまで。食事については現代より少し落ちるが、その程度だ。なぜ食事だけはここまで美味しいのか?いや、これも絶対に、絶対に絶対にあの女神の入れ知恵だ。そうに決まってる。そうなんだろう!?


(そうです!正解!えらい!天才!ラノベを読み漁って培った能力が溜まってますね、暇なんですか?)

(星1評価にしとくね)

(ああっ!?ごめんなさい!やめて!星1評価だけは!積み重なると堕とされちゃうんです!ダメです!)

(へえー。もう押したから取り返しはつかないんだけどね)

(あぁぁ……!?)


 結局、どれもこれも最高な品だった。商品名も見た目も一切の描写がなかったが、許せ。私にはこの美味しさと見た目の美しさを言い表す言葉が見つからない。私にものをレポートさせてみろ、小学生みたいな感想になるぞ。

 辺境の村でこれなら、きっと王宮とかそういう場所で出るものは……至極絶品のひと品なんだろうな……私の世界を巡る理由が食の旅になりそうな予感がしている、想像しただけで頬がとろける……

 へへっ……ダメダメ。ダメだよ。こういうことじゃないはずだよ。でもアイツ、料理できたんだなあ。意外。


 ……あれ、食いついてこない。


「ありがとうございます!いつもおいしいですけど、今日は格段に美味しかったです!最高です!」

「あらほんと?おばさん嬉しいわ!また食べに来てね?」

「はい!色々なところを回りたいと考えているので……お金しだいでいつか旅に出ますが、私は絶対この場所に帰ってきます!うまいメシ、食べに来ます!」

「ふふ、待ってるわ!」


「じゃあおばさん、ありがとうございましたー!」

 大変美味しい食事でした。たまりませんでした。さて、私はこれからどうするべきか。この場所に来てから今までは「生活基盤を整える」という目的があった。私がやるべきことは、なんなのだろうか?最強を名乗れるほどの身体能力も魔法の力もない。そんな私が出来ることは──……


「や〜〜っと繋がった!出来ること、お探しですか!?」

「出たわねポンコツ!」

「私は幽霊じゃないんですけど!?あとポンコツって言うな!」

「……あれ?今回は頭の中に話しに来ないのね?」

「人がいませんから。そもそも、本来はこうして誰の耳にも聞こえる天の声として話しかけるのが普通なのです。天啓ってあるでしょ?」

「そういうものなの?」

「そういうものです。では、ここから先は真面目なお話と行きましょう。今までは悪い面ばかりでしたが、今回は真面目な所をお見せしますね!」


 真面目?これが?本当に?いや、でもその力は本物で……ええい、さっさと話しなさい!


「ん、んッ!それでは説明します。本来、この場所はいくつもの世界が無数に点在し、私は本人が希望する世界へと送り届けるという役目を持っています。ですが、現在それが覆されつつあるんです。」

「どういうこと?もっとわかりやすく……」

「えーと、じゃあもっとわかりやすく言います。私の仕事がなくなってます!終わり!」

「なんもわかんないわよ!」

「あなたが言えって言ったのに!え〜〜っと……私が転生の女神であることは伝えましたよね?私の仕事は人々を転生させ、異世界に届けること。その異世界は星の数ほどに存在し、人々はそれを選択する権利があります。」

「え?私は?強制転生だったじゃん……」

「そう、そこなのです。今現在、この世界には異変が大量に発生しています。そしてそれを、あなたは既に目にしている。」

「目に……?」


 どういうことだ?既に目にしている?待て、今まであったことを思い出せ……この場所は緑の地だと言ったはず……その違和感を、私は知っている……


「砂漠……」

「そう、その通り。既にこの世界は緑星世界グリーンコスモなどではありません。いくつもの世界が融合し、莫大な世界をかたちづくっています。いびつに混ざりあったこの世界を、私は混沌世界カオスブランドと呼びました。この混沌世界の影響は大きく、我々神々にも影響が強く出ています。」

混沌世界カオスブランド……」

「本来ひとつの世界に1人遣わされるはずだった神たちが、世界が混ざりあったせいで大量に流れ込んでいます。その影響は非常に強く、神々の教えやその天啓からなる技術が大量に流れ込んでいるのです。」

「だから……料理も……これあんたが持ち込んだの!?」

「……はい!そういうことです。神々がもたらした恩恵はいずれ災厄となる可能性は大きい。」

「だから、これは私からの天啓です。この世界の歪みをあなたに解消してほしいのです!そのためなら私も手助けをいたします、元は私のミスですから……」


 そういうことなら、まあ……あれ?今、おかしな部分があったような……


「ちょっと、ちょっと待って……元は私のミスってどういうこと?」

「各世界のコアとなる制御装置を置く際、間違えて落としちゃって……へへ……壊れちゃったみたいです!連鎖して世界がどんどんバグを起こしちゃいました、あはは!」

「あんたのせいじゃないの!!!ふざけんじゃないわよ!管理どうなってるの!?」

「いや〜、なかなか大変……え?ちょっと待ってください!落としたのは確かに私ですけど!サポートって言ったって……ひえっ、待って落とさないでああぁ〜〜〜〜ッ!?」


 いったい、何が起こってるんだろう?あの世界の向こうで、いったい何が……?今もすごい物音が……


「ああぁ〜〜〜〜ッ!助けてぇええええ〜〜!!」


 え?


 そして、それは天から舞い降りた。耳を裂く風切り音、きりもみ回転する布、そして土煙と爆音を吹き上げながら、女神ニンリアは頭から地面へと突き刺さった。深く穴を開けた地面から響くうめき声と伸びる腕がゾンビのようにも見えて、ある種の不気味さを感じさせた。


「わたし……かみさまなのに……あはは……評価悪いからって堕とされました……なんでこんな評価なんだろ……」

「ミスするからだと思うけど」

「言うな!私のせいなのはわかってるけど認めなくないー!」

「えぇ……」

「でもこれで、道連れになりましたね!旅は道連れ、あなたの天啓に私も協力します!感謝しなさい!」

「…………」

「ごめんなさい!私の尻拭い、一緒に手伝ってえ〜!制御装置は世界のコア、直せばその世界は元に戻るから!私も手伝うから!!1人で野垂れ死には嫌だぁ〜〜!!!見捨てないでえ〜〜!!!!」


 ボロボロの格好、ぼさぼさの髪、傷だらけの体に涙で濡れた顔。ずいぶん到底女神とは思えないふざけたその姿に、本当に目の前にいる存在がニンリアなのかと目を疑った。

 転生時に見せたあの姿も高貴……ではなかったが、美しさは女神として相応しいものだったはず。なのに、今の髪に土をかぶせたあの女神の見た目はどうだ。しなびたワカメみたいな顔してる。潰れたトマトの可能性もある。


「私……落ちこぼれだけど……女神適性はあるから……回復、できるから……コアの修理もできるから……戦えるかはわかんないけど……へへ……このつちくれを捨てないでぇ……」

「ずいぶんと荒んでる……わかった、わかったよ!一緒に探す!そのかわり、ちゃんと手伝って!サポートもして!でも、私もコアを探すのを手伝う。今のあなたは、なんというか……見てられないから」

「……頑張ります。」

「目的は決まったね……」

「はい!」

「金を稼ぐこと!」

「えっ?」


「コア探しはーーーーーーーー!?!?」


 私の冒険の目的はようやっと定まった。私はこの混沌とした世界を旅し、世界のひずみを取り除く。この事を知っている者は私以外にはいないだろう。この2度目の人生、生き抜いて、生き抜いて!この世界を直してみせる!


「さあ、女神様の尻拭い──やりますか!」

「言い方!」


 混沌世界生活 進捗1 : 「クリーンの村」を見つけた

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