第32話 呪われたものの願い

その時、陽射しのような金色の光は私の視野に入った。


チャラン!チャラン!


金属がぶつかったような音が二回響いた。


瞬く間に、黒刃の網は煙のように散った。


「ウィル……フリード……」


棒読みで、突如に私の前に現れた人の名前を呟いた。


いつからここにいたの?


「まだいるのか、好奇心は猫を殺しますよ、頑固なお嬢さん」


ウィルフリードは一度振り返って苦笑を見せたら、すぐにロードのほうに向けた。


ロードの足元、そして彼から少し離れた床に、二枚の細工のいいナイフが落ちてある。


ほんの少しか見えなかったが、先の一瞬、黒い網の真ん中とロードの正面に、金色の光が差し込んだようだ。


あの二つのナイフの光だったのか。


「どうやら、普通の武器は効かないようですね」


ため息をするようにウィルフリードは鼻で笑った。


「美人と秘宝、二つも揃えば素敵な旅になると思ったけど、美人は逃げて、秘宝のせいで悪魔が蘇え、両方も諦めた方が良さそうですね」


「それは正しい判断です」


藍は私の隣にきて、ウィルフリードの話に続けた。


「奴は海賊たちの命を喰らって、だんだん行動力を取り戻しています。わたしたちも餌にする気でしょう」


「貴様、知っているのか……?ケンの野郎、ロードにしたことは、何なんだ……!」


傷だらけのカンナは再び声を出した。


ロードが求めている青石について、私もウィルフリードもカンナも噂しか知らないが、藍は違う……


「わたしが知っている伝説が、ケンさんの話とちょっと違います」


案の定、藍はカンナの質問に答えられる。


「かつて、ある男は青石と契約して、永遠不滅な力を手に入れました。しかし、その力は人間の体が耐えられるものではありません。男は力に蝕まれて命を失って、永遠不滅な力だけがこの世に残っていました。おそらく、その力は男の執念に駆使されて、宿主を探していたのでしょう。そして、ケンさんはその力と執念をロードに宿させました」


「あの……野郎……!」


「ボ、ボスはどうした?!」


いつの間に、二人の下端海賊は部屋に入った。


「奴らは……姉貴!」


船長室の状況を見たら、二人は驚愕で取り乱した。


「邪魔、するな――!」


ロードの体から再び風の刃が飛ばされて、二人の海賊に襲いかかった。


「避けてっ!」


「アアァーー!!」


警告の声が終わる前に悲鳴は響いた……


二人の海賊の体から血が噴き出す。


一人は首を切られ、もう一人は胸を貫かれた……


でも、それが終わりではなかった。


ロードに纏っている黒い霧から長い腕のようなものが現れ、二人の海賊の体に巻いた。


たちまち、海賊たちの体から黒い霧が湧き出て、ロードに逆流し始めた。


まさか、命を、喰らっている……?!


血を見たのは初めてではないのに、心が千鈞の石に圧迫されるように、息ができない……


「永遠不滅な力」、あるいはその力が宿った執念は、一体何をしたい。


ただ命を求め、命を食らうだけなの……


「ロードー!まだやるのか!」


カンナは力の限り叫んだが、「ロード」はただ命を喰らい続けている。


「あなたの声はもう届かないです。彼の意思より死んだ男の執念が強い。力を制御しきれない人は狂う、執念に勝てない人は流される。それだけのことです」


ロードの代わりに、藍はやや冷たい声でカンナに返事をした。


「ふざけるな……ロードは、あのロードは、あたしが小さい頃からずっと見ていた馬鹿野郎なんだ……だらしない、女好き、食いしん坊……だけど、どの野郎よりも船のことを大事に思って、野郎どもから信頼されているクソ船長なんだ……!!」


カンナの顔が歪んでいる。


怒り、驚愕、失望、そして悲しみ、様々な感情が混ざている。


私には仲間と言えるよう人はいない。彼女の心境をよく理解できないかもしれない。


けど、その殺し方に反吐が出そう。


海賊を同情する気はないが、裁くなら公正な審判の下で行うべきだ。


化物の餌になるのではない。




「警備船はこっちに向かっています。その前に何とかしないと、海賊数人を殺す程度のことで済ませません」


ウィルフリードは藍を見て、催促するように言った。


「同意見です。解決方法は呪いとロード、両方とも、この世から消し去ることです」


藍は私に話した同じ内容を返した。そのうえに、追加説明も加えた。


「その力を操るには命のエネルギーが必要です。そのため彼は人を殺し、生命力を吸い取らなければなりません。命のエネルギーがなくなれば、力はただの力、なんにもなりません。なので、その宿主の命を消せば、両方も消えます」


「なるほど。さすが、詳しいですね」


ウィルフリードは納得したように頷いた。


「けど、どうやらその黒い霧は防御壁にも兼ねています。普通の武器は役立たないようです」


「貴方ほどのお方なら、使えそうなものの一つや二つくらいお持ちではありませんか?」


藍は興味深そうな口調でウィルフリードに聞き返した。


「……」


ウィルフリードは一度私を見て、懐から人差し指の長さくらいの「針」を取り出した。


「一個だけなら」


彼は優雅な動きで、「針」を自分の指に刺した。


針は彼の血がつけられ、不思議に輝いた。


「これを彼に投げつけば、穴くらい開けられますが、どのくらい維持できるのかわかりません。問題はその後です」


「一瞬だけでも、穴を開けてくれれば十分です」


ウィルフリードは余裕そう、藍は自信満々。


お互いの「できること」を探っているようだ。


こんな状況で、よくもそんな悠長なことができる。


二人とも、ただものではない。


彼らに比べて、私はまるで知らない森に入った迷子のようだ。




「大丈夫、万が一失敗した場合、貴女は逃げることだけを考えればいい」


私の視線に気づいたのか、ウィルフリードは一瞬、柔らかい表情に戻った。


「逃げる?どこへ?」


鼻で軽く笑った。


「救命ボートは既に出されたはず。奴を解決しない限り、この船のどこに逃げても、早かれ遅かれ餌になるでしょ。逃げ道はないわ」


ここで何かがあると信じたから、ここにいた。


その何かを見つける前に、引き下がるわけにはいかない。


たとえ、悪魔を相手に回しても。




こちらの話がついたら、悪魔に取り憑かれたものもまた動き出した。


「よこせ、青石を……」


生命力を完全に吸い取ったのか、死んだ海賊に繋がる黒霧の腕が消えた。


その代わりに、ロードの身に纏っている霧の色は一層深くなって、燃え上がる炎のような形に変化した。


……「永遠不滅な力」を手に入れたのに、なぜまだ青石を求めるの? 


死んだ男の執念は一体何が欲しい……


そんな疑問をじっくり考える余裕はない。


いつ来るのか分からない攻撃に備えて、全身の神経で警戒しなければならない。


「わたしは囮になります。ウィルフリード様は機を見て、行動してください」


そう言ったら、藍はロードに歩み出した。


「オオォ、オオォ、来たのか、よこせ……もう一度……すべてを……」


ロードは棒のように揺れながら藍に向かった。


完全に藍に注意力を取られたようだ。


ウィルフリードはひっそりとロードの後ろに移動し始めた。


「その執念の深さは分かりました。でも、わたしから何もしてあげられませんよ」


ロードを部屋の真ん中に誘導するように、藍は逃げ場のない壁際まで下がった。




私は何もできない。


ただ見ているだけーー「あの時」と同じ……


どんなに意志が強くても、力がなければ何もならない。


もう一度自分の力無さを憎んで、唇を噛み締めた。   


ロードの背中がはっきり見えるところに着いたら、ウィルフリードは先ほどの「針」をロードの背に投げつける――


「どけ!!……あたしが、やる……!」


!!


その時、カンナは跳び上がった。


足元に落ちた長刀を拾い、ウィルフリードを押しのけてロードに走り出した。


ウィルフリードはただ軽く身を翻し、平穏な目でカンナの後ろ姿を見送る。


投げられた「針」はロードの背中の黒い霧に触れると、霧が爆発した。


「どうせなら、いっそうこの手で……!!」


カンナは叫びながら、信頼する船長、弟のロードに刃を突き出す――


「オォォ!!」


けど、「ロード」はいきなり振り向いて、両腕を強く振るい、カンナを飛ばした。


「!!」


ドン!


カンナの体は私の後ろの壁に強くぶつかった。


「よく、よくも……俺の邪魔を――」


先まで動きを惜しかったような「ロード」は突然にスピードをあげて、倒れたカンナに襲う。




(違う……俺が望んだのは――)


!!


ロードは私の隣を通る瞬間、不思議な声が頭中に響いた。


これは、まだ消えていないロードの意識なの……?


違う、別人の声だわ!


(俺に、自由を……!)


なぜか、左腕が燃えるように熱くなる。


迷いなく、近くに落ちてあるウィルフリードのナイフを拾った。


今この瞬間で、やっと私がここに残る意味が分かった。


私のやるべきことはーー


ロードは両手でカンナの頸を絞め上げる。


彼の背中を覆う黒霧がほとんど消えた。


体の要害は丸見え。


――!!


全身の力を絞って、ナイフをロードの背中に刺した。




その一撃が効いたのか、カンナの頸を絞める爪先はその主と共に動きが止まった。


ロードの体は糸が切られたマリオネットのように地に倒れこんだ。


そして、謎の黒霧は煙のように消えていく……




さっきの声は、恐らく、「永遠不滅な力」を手にした人のものだ。


青石を求める理由は、もう一度力を手に入れるのではなく、力から解放されたいのかも知れない……


私がここに残るのは、呪いに導かれたのかもしれない。


呪われたものを解放ために、呪われた手が必要だから。


解放できるといいけど……




「藍……」


「お見事です。お嬢様」


小さい声をこぼしたら、次の言葉が分かったように、藍はロードの隣に行った。


彼は左手をロードの背中に当てて、グィッと押しながら、右手でナイフを抜いた。


傷口から噴き出した血はほんのわずか。止血がうまくいったようだ。


「力と位置は少しでもずれたら、彼の命が完全に消滅します。」


藍は一度感心しそうに私に微笑んだ。


「魔女の呪い」を治療するために、狂ったように医術や魔術に没頭する時期があった。


そこで気づいたのは、人体の構造を覚えれば、強い敵と対面する時に非常に有利になることだ。


どこを攻撃すれば即死させる、どのくらいを刺せば命くらいを残せる……


「なるほど、瀕死状態になった以上、残った生命力はその永遠不滅の力を支えきれなくなりますね」


ウィルフリードの言葉を証明するように、ロードの体から薄い黒影が浮かびあがった。


藍は片手で影を受け止め、送り出すように手を上げた。


「言ったでしょう。わたしから何もしてあげられません。あの力は、あなたが求めているもの、わたしの必要なものではないから、受け取れません」


藍の言葉と共に、黒影はちらっと揺れていて、黒霧と同じように、血と海水の匂いが満ちた空気の中で静かに消えた。


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