第13話 交渉無用

「さっさと連れ出せ! なかなかのはこっち、まだまだのはそっち、ぜんぜんのはあっちだ!」

 海賊の言語力とマナーに期待できない。

 特に、弾よけとして使われる先鋒役のような連中。

 自分の価値の無さも知らずに、ボスに信頼されていると思い込んでいるものはほとんど。いつもためらいなく自分の醜さを晒す。

 私たちの目の前でほかの雑魚海賊にどんどん指示を出している若い男はまさにその生サンプルだ。

 その泥泥な髪はかなり特徴的なもの。

「シーマイル隊長!」

「なんだ?」

「シーマイル」? エリザ王国の言葉では海の泥の意味だ。だからそのような髪型なのか?

「起こせないやつがいるっす! 死んだ豚みてぇ寝込んでるっす」

「あいつ」のこと、かな……

 やはりウィルフリードは手を出したのか。

 振り向かえば、ウィルフリードの目線に合った。

 彼はまた緊張感なさそうにちらっと微笑みを見せた。

「起こせねぇだと?! いい度胸じゃねぇか! 連れて来い!」

 興奮する海泥シーマイル隊長の命令に従って、二人の海賊はぐっすり眠っている正義の少年を船室から運び出して、甲板に投げた。

「小僧、起きろ!」

「我が祖国の名の下に……」

 危険も知らず、少年はむにゃむにゃと寝言を喋っている。

「フラカス!」

 海泥は叫びならが少年の体を蹴った。

「くっそおぉぉ!ついてねぇ!」

 ――どうやら、この海泥男は、フランディール帝国と300年以上の腐れ縁を持つエリザ王国の人のようだ。領土、貿易、文化など大きな問題から、馬は毛色か早さか、牛乳は紅茶かコーヒーか、など細かいなことまで争い続けた両国だから、いつの間にか、「エリザコ」と「フラカス」、お互いへの蔑称ができた。両国の人にとって、呼ばれたらカッとなる侮辱的な呼称だけど、外部者から見れば、ちょっと可愛らしいあだ名かも知れない――


 何回も蹴られた少年は目を開けるがことなく、熟睡のまま。

 ウィルフリードの薬は一体……

「逮捕するぞ! 正義のために!」

「海に投げろ!」

 少年の寝言に刺激された海泥はさらに乱暴な命令を出した。

「いや、その……」

 雑魚海賊はためらった。

 捕虜の処置は海泥レベルのものが決められることではない。


「野郎ども、何をぐずぐずしてんの?」

 海泥の後ろに、鮮やかな姿が現れた。

 荒削りのワンピースに艶めかしい体を包まれて、全身緋色に染められた若い女海賊だ。

 大きいウェーブの長い髪が頭の後ろで高く巻き上げられ、吊り目から誘惑と危険の匂いが滲み出る。

「カ、カンナ姉貴……」

 海泥がたちまちへりくだった態度になった。

「捕虜の処置は貴様が決めることと思ってんの?」

「いいえ! とんでもねぇんだすっキャ!」

 海泥は噛んじゃったみたい。

「さっさと言われたことをやれ!」

「は、はい!」

 女の鶴の一声に、海泥とほかの雑魚海賊はピリッと腰を直した。

 このカンナという女は、かなり地位の高い海賊のようだ。

「さあ~てと、紳士淑女たちよ」

 陰険に笑いながら、海泥は一等船室の乗客たちに近づてきた。

「皆さんの自己紹介を聞かせてもらおうか~このボロ船に、あのスパンニア帝国出身のお姫様が乗ってると聞いたぜ~」

「!」

 目的はやはり姫様なの?! 

 それとも、彼女が持っている「青石」……?

「どうした? 返事ねぇのか? 貴族って随分無礼な奴らだな」

 人々は無言で意志を示している。誰も海賊と話す気がない。

「……わたくしです」

 しばらくの沈黙が経ったら、人込から返答の声があった。

 姫様は海泥に向かって緩く歩き出した。後ろに使用人の藍がついている。

「これはこれは、さすがお美しい~」

 海泥は一瞬目を張って、つるつるの舌でお世辞をした。

「わたくしに、なにか御用でもありますか?」

 姫様は表情を引き締めた。

 その澄んだ瞳から海賊に負けない強い意志が見える。

「ヘッヘッヘッ、そりゃ、俺の言うことに従えば……ケッケッケッ」

 ドンーー!

 海泥は不気味な笑い声をあげたら、後ろからカンナの杖に頭を強く打たれた。

「いつものあれで、頭を冷やしてやれ」

「イェスマム!!」

「あ、姉貴!!」

 カンナの命令を受けた雑魚二人は悲鳴をあげる海泥隊長の両足を引っ張って、海賊船に戻った。


 海泥の代わり、カンナは自ら姫様と対面して、話を再開する。

「百聞は一見にしかず、噂通り、世に珍しい美人ですね。サン・サイド島で世間離れの生活を十六年も送くられた天使と聞いた時、デタラメと思ったけど、ご本尊を見て初めて信じたわ。本当に汚れ一つもついていない、天使そのものですね」

「……」

 姫様は緊張しそうな目で社交辞令っぽい言葉を話す女海賊を見つめる。

 下品な海泥より、カンナの言葉が何倍も丁重だけど、危険さは変わらない。

 しかも、海泥みたいな頭のない雑魚より、ずっと厄介な相手だ。

「この度、敵国の船で帰国になるのは、さぞよほど重要な用件があるでしょう。こっちも姫様に困らせるつもりはない。手元にあるあの秘宝――『青石』を渡してもらえば、決して姫様に危害を加えない。その上、一番速い船で港まで送ってあげます」

「!」

 姫様の目は丸くなった。

 奴らの狙いは青石だったことは予想外でしょう。

 もし、青石を狙う人が海賊以外にもいるのを知ったら、きっともっと驚く。

「何を仰っていますか? 青石は、なんでしょうか?」

 姫様の声は小さく震えた。

「お嬢様……」

 藍は心配そうに主人に声をかけようとしたが、カンナは容赦なく追い詰めた。

「下手に隠しても意味ないわ、姫様はそれを持っているのはもう確認済みだ」

 確認済み……どうやって?

「別のものなら、金塊、宝石……お望みであれば、なんでも用意してあげます。青石だけはあきらめてください……」

 姫様は繊細な手を拳に握り、なにかを守ろうとするように見える。

 彼女にとって、青石はとても大事なものでしょう。

「この船の全員が、あなたのせいで羽目になる場面をご覧になりたいの?」

 交渉は脅迫で拒絶された。

「全員」の命か……確かに、有力な取引手段だ。

 優しい姫様なら、自分の身に危険があっても、他人が傷つけられるのを見たくないはず。

 奴らは姫様の優しさを知った上で、こんな脅迫をしたの?

「……青石を渡したら、全員を、助けてくれますか?」

 少し躊躇ったら、姫さは小さな声で返事をした。

 その苦しい表情からみれば、相当な決心をしたでしょう。

「しばらくね」

 カンナは顎をあげた。

「しばらくはどういう意味ですか?」

 姫様の代わりに藍は聞き返した。

「あたしたちは海賊だ。獲物を手放すなんてありえない。ほかの船の連中に知られたら笑い話になる。でも姫様のご機嫌を配慮するつもりだ。しばらく手を出さないことを保証する。解放を約束できるのは、姫様だけだ」

「でも、あなたたちは青石のためにこの船を襲ったのではないですか……」

 自分の「宝物」を犠牲にしても人々の安全を保証できないのを聴いて、姫様は焦ってきた。

「何のためにどの船を襲うのか全て船長の判断だ。姫様が関心を持つべきことではない」

「船長に会わせてください!」

「残念ながら、今の船長は誰にも会いたくない」

「あなたたち、どうしこんなひどいことを……」


「海賊に人間の心がないんだ! 話しても無駄だ!」

 いきなり人込から誰かが叫んだ。

「どうせ死ぬのなら、絶対奴らの思う通りにさせない!」

「海賊に負けるもんか!」

「皆さん……」

 抗えようとする人を見て、姫様は更に困った。

「へぇ、なかなか言うんじゃないか」

 カンナの口元に軽蔑な笑みが浮かんた。

「それじゃ、優しいお姫様、勇敢なる紳士淑女たちよ、この人間の心のない海賊どもに、もっと卑劣なことを披露しさせてもらおう」

 そう言うと、カンナは傍らに立っている筋肉男に合図をした。

 男は乗客の中に突き込んで、ある小さな女の子を捕まえた。

「お母さん! お母さん!」

「エミ! お願い、エミ、エミを……」

 本当に、言葉通り卑劣なことだ。

 いいえ、卑劣の中の卑劣……っ!

 目を子供に向けると、もう一人の背の高い海賊は私の前にダッシュした。

「!」

 両腕を掴まれて、女の子と同じように海賊の陣に拉致された。

 続いて、一人の老婦人も同じ目に遭った。

「さ~て、どっちから始めようかな?」

 カンナはゆっくりと私たち三人の捕虜を見回す。

 その目から危険な信号が放たれた。

 嫌な予感で心臓の鼓動が速くなっている。

 万が一に備えて、背後におさめられている両手の指を小さく動いた。

「姫様、どうしも渡してもらえないというのなら、こっちから――」

 カンナは手持ちの杖で老婦人の顎を指す。

「一人ずつ、この場で手足を切って、海に投げてサメの餌にしてみせるわ」


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